繰り返す奇跡が日常になる

繰り返す奇跡が日常になる


「14日の午後はこちらは編集業務だけ稼働の上、通常業務は十席以上の決裁が必要な業務は半日停止、どうしても急ぎのものは他隊、具体的には総隊長殿に直接ご判断いただくか六番隊、十番隊などにご協力いただくことになっていますがよろしいですね」

「……流石だな衛島」

「修兵くんのためですからね。それより隊長、しっかり体調管理してあげてくださいね。当日に元気じゃないと可哀想ですから」


もうじき8月14日。

 気まぐれと言い切るには多少の語弊はあるがやはり気まぐれ、というか成り行きで幼子を保護してから、1年になる。


この幼子というのが、これまで何例かあった、『保護施設ではなく隊長自らが後見、保護をした特例』の、歳に不相応なほど優秀な子供とは違い、内在霊圧の強さを抜きにすればあらゆる意味で流魂街基準でも『普通以下』の、非常に手のかかる子だったものだから、正直この1年の六車の勤務状況というのは冷静にそれだけ見たら惨澹たるものだ。

なにしろそもそも身体が弱くて六車が離れることすらできなかった時期が数ヶ月。少し体調が落ち着いてきたとは言え今でもまだまだ強いとは言えないし、体調が落ち着いてからも今度は精神的なメンデ結局離れることができずにしばらく六車は在宅勤務をしていたくらいだ。


それでも外野はともかく身内の九番隊から、最初期はともかく今ほとんど文句が出ていないのはその子供、修兵の素直な子供らしさにあるのだろうと思う。

 九番隊の影の支配者と名高い怜悧を画に描いたような衛島でさえすっかり修兵に合わせてスケジュールを組むことになれるくらいだ。

「それより隊長、ちゃんと贈り物用意できたんですか?幼い子に贈り物なんてしたことないでしょう」

「……ああ、なんとかな。何がいいかよくわからなかったが。」

「まあ隊長からのものなら修兵くんは喜ぶでしょうから何かはあえて訊かないでおきますが、大丈夫ですよね」


たぶんな…と拳西は応じた――。



*****


―――― 8月14日当日、午後。

 九番隊の席官室は、お昼休みの間に何人もの協力の元、『執務室』から『お祝い会場』に様変りした。

その様子を実際に室に居ながら眺めていた修兵は、周りがなぜそんなことをしているのか解らない。

「お祝い、おめでとうするためだよ」

「?」

 東仙にそう言われてもわからないのだろう。不思議そうにしたままだった。


そのうち平子たち、修兵がここ1年で『仲良くなった』皆が集合してきた。 


「よし、じゃあ始めるか。おいで修兵」


六車が修兵を抱き上げ、壁にかけてある暦を持ってきた。

「修兵、今日が何日かわかるか?」

「う?ん、と、ん…とね、」

「………わかんない」


まだ日付を数える生活に慣れていないのと、体調を崩すと数日寝込むこともあり、修兵の日付感覚は曖昧だ。

「そうか。大丈夫だ。謝らなくていいぞ。今日は8月14日だ。」

「8がつ、14…?」

「そうだ。覚えていないか?前にこの暦を見せた時にした話…」


「8、の、14……。あ、しゅうの、えっと、おたんじょうび?」

「そうだ、よく覚えてたな。今度は修兵がおめでとうされる番なんだぞ」


 修兵が『お誕生日』を憶えていたのは2週間前に六車の誕生日がありお前の誕生日は8月14日だなと六車が口にしたからだろう。

「そうやでー。皆修兵おめでとうしたいからここにおるしお部屋もこんなになったんやで」

「しんじにぃちゃ…」

「修ちゃんおめでとうー!あのねあのね、白とリサちゃんとひよりん達からプレゼントだよー!」

「ぷ?」

「『プレゼント』、あのね、お誕生日おめでとうの時に、大好きだよって気持ち込めて贈り物するの!」


 白は小さな修兵の手には余るくらいのふわふわの黒猫と白虎のぬいぐるみを抱かせた。

身体いっぱいで咄嗟に抱えるが、幼子特有の丸みのある頬がふわふわぬいぐるみに埋まるような形になりとても可愛らしく、リサなどはサッと写真撮影していた。


六車もそんな修兵の様子に穏やかに微笑み頭を撫でてやる。

「それじゃあ他のプレゼント受け取れないだろ」

 言って、修兵の手を空けるためにぬいぐるみを預かってくれた。

「女子からはぬいぐるみかぁ。ほな俺らも正解やったかもしれんな、半分ローズの趣味やけど」

「ローズの趣味?」

「俺らからは音楽の詰め合わせにしてん。安心しぃや拳西、中身はローズの趣味やなくて幼児向けの歌や」

「おうた?」

「そうだよ修兵くん、ほら、この機械のここを押すとね、音楽が流れてくるから。これなら身体が苦しくてお布団から出られずにねんねしてないといけない時でも聞けるだろう?」

ローズがそう説明をして。

その後も浦原、京楽や浮竹、そして九番隊の席官達からのプレゼントを半ば反射で受け取る。


「じゃあ最後は俺だな」

「けんせー?」

六車が誕生日プレゼントに選んだのは1〜3歳向けの、文字は最低限の飛び出す絵本や本当に短いお話の本だった。

「これなら字がわからなくても楽しめるかと思ってな。話は俺が読んでやるから、大丈夫だ」


「……………?」


 沢山の贈り物を見ても、修兵はまだそれが自分に贈られたという実感もなければ、生まれたことを祝われるということも経験がないのだろう。

満面の笑みというよりは、キョトンとしている。

「これ全部、修兵のなんだぞ」

「しゅうの?」

「そうだ、皆が、お誕生日おめでとうって言ってくれてる」

「………うん?」


 返事はしてみたものの、実感が無いのだろう。もちろん大人達は、修兵の事情など解っているから、とまどっていることやありがとうの言葉がないことも怒ったりはしない。

これは最初の一歩なのだから、来年は楽しいことを当たり前に思って誕生日を迎えられたらいいなと優しい気持ちで見守っていた。

「ねぇ修ちゃーんちょっとお腹空かない?拳西の作ったケーキ食べてあげてー。」


「なんや拳西、わざわざケーキ作ったんかよ」

「スポンジは昨日のうちに焼いといた。で、さっき仕上げた。」

「そのために隊長抜きで俺達で部屋の飾りつけしましたから」

藤堂が応える間に衛島が誕生日ケーキを持ってきた。

 見事な連携だな、と浮竹や京楽などは感心して眺めていた。


「ねこちゃん…」

「そのチョコレートは誕生日の奴が食べていいやつだから、修兵が食べていいぞ」


「この猫の誕生日プレートチョコは買ってきたん?」

「いや、作った。」

「そこまでやるとはなかなかじゃの六車。お主がこんなに親馬鹿になるとはのぉ」


「……否定はしねぇよ、俺自身意外だったからな……」

「けんせ?」

「ああなんでもない。お前が元気で俺も嬉しいって話だ」


「ん、と、えっと、ね、しゅうもね、…んと、」

「うん?どうした?」

「しゅうも、みんな、すき…」


 躊躇いながらも言葉にされた想いが、修兵からのお礼だ。

ここにいる皆はそれで充分幸せになれる。


 チョコレートの欠片を口の端につけた修兵の子供らしさに六車は深く微笑ってから、その欠片をそっと拭ってやって、誕生日おめでとうと膝の上の修兵の耳元で告げた―――。






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