緻密な修練の果てに彼女は最速へ至る
「貴女、私が主様の為に見栄を張っていたと言ったら、笑うかしら?」
「笑いませんよ。下らない見栄でも積み重ねてきたものが今の貴女を作ってるんですから」
強敵を前に、震えが止まらない。だけど、それは恐怖ではなく、昂る魂に肉体が応えているから。
「それじゃあ、始めましょうか。ベータ」
「足を引っ張らないで下さいよ、イプシロン」
拳をぶつけて、両者が共に歩き出す。その道の先に彼の方がいると知っているから。
オリアナ王国乱戦の終盤、その剣士は2人の女と対峙する。片方は銀髪の色気あるエルフ、片方はエメラルドグリーンの髪をした──
「ぷ、ははははっ! シャドウガーデンとやらも人手不足らしいな! 貴様のような小娘をこの私、『人越の魔剣』モードレッドに差し向けるとは!」
幼児体型をしたエルフのみ。しかし、煽られたエルフはそれこそ、御託を並べる男を冷ややかに笑った。
「ふっ、本当に人を超越しているのなら、魔力を放たぬまま遥か遠方を斬る」
「本当に人を超越しているのなら、振られた刃と明らかに異なる角度と個所が斬られますよ」
「アーティファクトによる見えない斬撃頼りで人越?笑わせないで欲しいわ。その程度、私にだってできるもの」
不可視の飛ぶ斬撃、それが戦いの合図となった。自分の強さを誇示するように魔剣を構える男にイプシロンは呟く。
「私達も………主様から見たら、同じように見えていたのかもしれないわね」
「だけど、私達は歩みを止めなかった。その成果、見せるんでしょ? シャドウ様に!」
ベータの慰めに似た激励に、イプシロンは薄く笑みを浮かべて、前に出た。
「おやおやお嬢ちゃんがお相手かい? 手を抜いた方がいいかな?」
「人は見た目によらない。我が主がそうであるように………貴方はもう、私に追いつけないわよ」
「何?」
「換装──解除」
剣がバラされ、作り上げられるのは命を刈り取る巨大な鎌。すかさず、魔剣を構えて、抜いて、女の体を………
「っ!? いない!?」
「驚いた、この魔剣。まさか手入れをほとんどしてないの? 武器が泣くわよ」
反射的に剣を背後に振り回す。だが、声の主はもういない。見回してもどこにもいない、そして彼は気付く。
「なるほど、私も知らないアーティファ──」
「その口、間抜けな言葉しか吐けないから閉じていてもらえる? 貴方、口が臭いのよ」
自分の腹と背中に同時に斬撃が叩き込まれていたことを!
(馬鹿な、別方向から同時に………なるほど! あの銀髪の女の仕業だな!)
当たりをつければ、銀髪のエルフは本を片手にペンを走らせている。それがアーティファクトに違いないと剣を向けようとして、その剣が地面に叩き落とされ、否。
「剣が真下に引き寄せられ──!」
「驚いた。ラウンズなだけはあるのね。でも、2度も死神の鎌から逃げられるほど、貴方は悪魔に愛されてるのかしら?」
瞬く間に首に減り込む刃、空いた片手で鎌を止めるが、
「馬鹿ね。私は斬撃を飛ばせると見せたでしょうに」
「ぐ、があああああっ!?!?」
加えて、斬撃がモードレッドの首へ叩き込まれる。半分ほど切れた首を支えたまま、剣すら拾わずに苦痛を漏らす彼に、彼女は鼻で笑った。
「流石はラウンズ。ずば抜けた耐久力だこと。それじゃあ、もう少し速度を上げていきましょうか──shall.we.dance?」
月夜の下で黒球を連れて幼い死神は踊り出す。
彼女の名前は緻密のイプシロン。
またの名を──七陰最速!