緊急招集
井上宅
カワキは一護と共に家主が不在となった井上の家へと招かれた。
部屋の中央にはいつかのモニターが設置され、奥から順に、松本、ルキア、恋次、一角、弓親が死覇装を着て佇んでいる。
ルキアが不安に満ちた表情で、部屋に足を踏み入れた一護を振り返る。
「……一護……」
「……ルキア」
只事では無いと悟った一護の背後から、カワキが部屋を覗き込んだ。
室内に居た死神達が、一斉に驚愕の表情でカワキを見る。
「!?」
ルキアが安堵と困惑が入り混じった声を上げた。
「カ、カワキ……!?」
『おはよう、朽木さん』
他人の視線などカワキには関心が無い。混乱した死神達を気に留める様子もなく、平然と挨拶をして部屋に入った。
一足先に驚きを味わっていた日番谷は、そのくだりはもうやったという様子で松本に問い掛けた。
「霊波障害除去は?」
「えっ、あ……完了した様です」
「繋いでくれ」
困惑で騒つく室内にザザザと砂嵐の音が響き、モニターに白い長髪の男――浮竹が映し出された。
日番谷は予想していた人物と違ったことに軽く瞠目して訊ねる。
「!? 浮竹……? 総隊長じゃねえのか……?」
《代わって頂いた》
「理由は?」
《井上織姫、志島カワキが現世(そちら)に向かう穿界門に入る時、最後に見届けたのが俺だからだ》
「!!!」
室内の空気が固まる中、部屋の後方で話を聞いていたカワキが前に歩み出る。
『そうだね。確かに、見送りに来て頂いた記憶がある』
《!? 無事だったのか……!? では、織姫ちゃんも……》
カワキの姿に驚愕した浮竹は希望の光が差し込んだ表情で、カワキに井上の安否を訊ねる。
しかし、カワキは冷水のような声で事実を述べた。
『彼女はここには居ない』
《――!》
蜘蛛の糸が切れたような顔で浮竹が息を呑んだ。
眉間にシワを刻んで冷や汗をかいていた一護が今回の招集の議題を察し、モニターに向かって声を上げた。
「……カワキから、井上が虚圏に連れ去られたって聞いたんだ! 尸魂界(そっち)で何か解ったことは無えのか……!?」
《……そうか。それは残念じゃ》
静かな声に部屋がしんと静まり返った。浮竹の背後から総隊長が歩み出る。
何を言っているのか理解できないという顔でルキアと一護が声を上げた。
「総隊長……殿……?」
「……残念……? どういう意味だよ……!?」
総隊長は好々爺の顔付きで、モニターの向こうから語りかける。
《こちらの見解では井上織姫、志島カワキの両名は破面側に拉致、若しくは――既に殺害されたものと認識しておった》
「……殺……っ」
「総隊長殿!!!」
総隊長が述べた推測に、一護とルキアが声を荒げる。
それを遮って、総隊長は言葉を続けた。
《だが、志島カワキはそこにおる》
『…………』
カワキは総隊長の言葉の意味を察して、底が見えない蒼い瞳を眇めた。
面倒なことになったと思いながら、最後まで話を聞こうと、黙ってモニターに映る総隊長を見詰める。
《――志島カワキよ。破面に襲われ、無傷で居られるものか? おぬし、今までどこで何をしておった?》
モニター越しにでもわかる総隊長の鋭い視線が、目立った負傷も無く、部屋で話を聞いていたカワキを貫いた。
『――成程。総隊長殿は私を疑っていらっしゃると。ご尤もな意見だ』
《質問に答えよ。よもや……我らを裏切り破面側についたわけではあるまいな?》
室内に緊張感が走る。
裏切りを疑われたカワキは、開き直った態度で表情を崩さない。
その隣で、拳を握りしめた一護が怒りのままに叫んだ。
「……ふ……っふざけんな!!! 証拠も無えのに裏切っただと!? 勝手なこと言ってんじゃねえ!!」
『……落ち着いて、一護』
「落ち着けるわけあるか! カワキが俺達を裏切った!? それならここに来るわけ無えだろうが!!」
一護はカワキの制止にも耳を貸さず、腕を振り上げてカワキの潔白を訴えた。
激昂した一護を横目に、カワキが総隊長へと語りかける。
『貴方の質問への答えはこうだ。――私は滅却師……破面に与してなどいない』
その言葉に嘘は無い。
――カワキは見えざる帝国の滅却師だ。
裏切るも何も、初めから死神の味方ではないし、破面もいずれ敵になる相手でしかない。
《では、これまでの空白は何とする?》
『脅された井上さんが黒腔へ消えていくのを見送っていた』
一切の隠し立てをせず、カワキは淡々と質問に答えていく。
《仲間を見捨てたということか?》
『好きな様に取るといい。私に言えるのは私はやるべき事をしたという事だけだ』
《弁明はせぬという事で良いのじゃな?》
『ああ。私に弁明することなんて無い。今ここで語ったことが事実だ』
カワキは堂々とした佇まいで、モニターを見据えて言い切った。
《――――》
その姿に、同じ部屋に居た死神達だけでなく、モニターの向こうで聞いていた浮竹も呆気に取られたような表情となった。
暫しの沈黙の後、抜き身の刃の如き空気を纏っていた総隊長が表情を和らげた。
《そうか。意地の悪い質問をしたのう……滅却師が虚に与する筈もなし、か。うむ、志島カワキよ。おぬしの言葉を信じよう》
総隊長の隣で、ほっと安堵の息を吐いた浮竹がカワキに謝罪と礼を述べた。
《疑って済まない。元より護衛達から話は聞いていた。君が彼らを庇いながら破面と戦ってくれた、と。……ありがとう》
『庇ったつもりはないよ』
カワキへの疑いが晴れた段階で、一護の顔に希望が戻り、井上の救出に向かいたいという話を切り出そうとする。
「じゃあ井上を助けに……」
しかし、総隊長は冷たく切り捨てた。
《それとこれとは話が別じゃ。志島カワキよ……おぬしはこう言ったの。井上織姫が黒腔へと消えた、と》
『ああ』
《それはつまり井上織姫は自らの足で破面の許へ向かったということじゃ》
「――! 井上は脅迫されてたんだぞ!? それを……」
声を荒げ、今にもモニターに飛び掛かる勢いの一護の肩を掴み、「止せ」と恋次が制止の言葉を掛けた。
「下手なことを喋っても、立場を悪くするだけだ。……お話はわかりました、山本総隊長」
一護の隣に立った恋次が、総隊長にこう言った。
「それではこれより、日番谷先遣隊が一、六番隊副隊長 阿散井恋次。反逆の徒 井上織姫の目を覚まさせる為、虚圏へ向かいます!」
「恋次……!」
光明が差したかと思われた提案に、冷水を浴びせるような一言が返された。
《ならぬ》
「!!!」
《破面側の戦闘準備が整っておると判明した以上、日番谷先遣隊は全名、即時帰還し尸魂界の守護についてもらう》
総隊長の命令に、ルキアが信じたくないという表情で意図を問い質す。
「それは井上を……見捨てろと言うことですか……」
《如何にも。一人の命と世界の全て、秤に掛ける迄も無い》
総隊長の言葉に、カワキは冷静に思考を巡らせる。
――尸魂界側の戦力は期待できないな。とはいえ組織の長としては当然の判断か。
一方、ルキアは総隊長の返答に眉を顰め怒りとも困惑とも取れぬ表情をしていた。
ルキアが絞り出すような声で反論する。
「……恐れながら総隊長殿……その命令には……従いかねます……」
《……やはりな。――手を打っておいて良かった》
その言葉と同時、部屋の後方に穿界門が開いた。
現れた者の姿に、室内が驚愕に包まれて静まり返る。
「――――!!」
「隊長……!!!」
それぞれ「六」と「十一」という文字が刻まれた隊長羽織を着た二人――朽木白哉と更木剣八だ。
溜息を吐いて顔を背けた剣八が、部屋に集った死神達に声を掛けた。
「……そういう訳だ。戻れ、お前ら」
「手向かうな。力尽くでも連れ戻せと命を受けている」
平時と変わらぬ表情の白哉も続く。
立ち尽くすルキアと恋次。俯いた一護が顔を上げて「……わかった」と呟いた。
「尸魂界に力を貸してくれとは言わねえ…せめて……虚圏への入り方を教えてくれ」
決意を宿した表情の一護が、強い眼差しでモニターを見据えて言った。
「井上は俺達の仲間だ。俺がカワキと二人で助けに行く」
《ならぬ》
「――――何……だと……?」
《おぬしらの力はこの戦いに必要じゃ。犬死にも許さぬ。命あるまで待機せよ――以上じゃ》
――私にまで命令しようと言うのか?
カワキが眉を顰めて首を傾げた。その隣で一護は拳を握りしめて俯いている。
「……一護……カワキ……。……済まぬ」
そう言い残して、一護とカワキの二人を部屋に残し、門は完全に閉じて消えた。
***
カワキ…「まあ確かにどっちの味方でも無いしな」と開き直った。あまりにも堂々とした振る舞いが逆に疑いを晴らしていく幸運EX。獅子身中のスーパーセル。
山爺…カワキの裏切りを疑ったけど、すぐに「志島の子、それも滅却師が破面側につくわけないか!」と疑いを晴らす痛恨のミス。
護衛達…カワキを光の滅却師と思い込んでいる。多分カワキが治療するフリをしたのを、本当に治療しようとしたんだと思っている。そして、カワキがウルキオラ相手に怪我人そっちのけで戦ってるのも、自分達を庇ってくれたと誤解している。