続 記憶喪失レオパルド(仮)
目が覚めるとすっかり夜になっていた。
照明は一つも点いておらず、窓はカーテンでぴったりと閉ざされ、月明かりも入ってこない。そんな真っ暗闇の部屋で、それでも何となく物の場所がわかるのは昼間のうちに部屋を見ていたからだろうか。時刻はわからないが、周りからは全く物音がしない。頭痛はほとんどなくなっているものの、昼間に痛みのあったところは瘤のようになっていて触るとまだ痛む。記憶は戻らないままで自分のこともあの男のこともさっぱりわからない。
あの男が出入りしていた扉をそっと開く。廊下に出るものと思っていたら扉の先にも部屋があった。しかも部屋の中央辺りにあるのは寝台のようで、そうするとここはあの男の寝室か。この部屋にも明かりはなかったが、やはり物の配置はわかる。前に来たことがあるのかもしれない……。意を決してベッドに近づいた。葉巻の匂いだろうか、甘い香りが鼻を掠めた気がした。
男はベッドで眠っていた。怪我人であるおれにソファーで寝ることを強いておいて、自分は柔らかな羽布団の中におさまっている。そんなつもりじゃなかったが、文句の一つも言ってやりたくなった。布団を剥ぎ取って襟首を掴み上げてやろうとして……できなかった。触れた瞬間、指先はズブリと布団の中に埋もれ、掴んだものは次々に手からこぼれ落ちていく。ぎょっとしてベッドから離れると、男が起き上がる気配がした。
「……何時だと思ってる? 殺されてェのか?」
寝ているところを起こされてかなり機嫌が悪そうだ。とはいえこちらも予想外のことにそれを気にする余裕もない。
「なんだ? 砂……? どうなってる……?」
わずかに手に残る細かい砂粒は一体どこから現れたのか。理解が追いつかず警戒するおれに男はかえって落ち着いた口調で言う。
「……お前、悪魔の実のことも忘れたのか? その様子じゃ六式も使えそうにねェな」
悪魔の実……聞き覚えのある言葉だが、頭に靄がかかったようでわからない。
「おれもお前も悪魔の実を食った特殊能力者だ。おれはこの通り砂人間、お前はヒョウ、獣の豹になれる豹人間だ」
そんな話が信じられるかと言いたいところだが、事実目の前で砂になるのを見ているし、おれが豹なら夜目がきくのも猫と呼んでいたのも合点がいく。……なんだ、この部屋に入ったことがあるからじゃなかったのか。まだ半信半疑だが、お互い奇妙な能力が扱える仲間同士だと思っていいんだろうか。
「わかったら戻って寝ろ。思い出すまで静かに身体を休めていたほうがお前のためだ」
たぶん眠さで説明が面倒なんだろうが、言いたいことはわかる。わかるがまたソファーで寝ろとはなんだ。豹になれるのかもしれんが今は人間だ。身体を休めろというならベッドを提供したっていいだろう。大体、医者を呼んだ様子もない。おれの猫だと言っていたくせに……!
気持ちがイライラするのに合わせて身体がザワザワしてきた。むず痒さを感じて袖をめくってみると、長い毛がびっしりと生えている。慌ててシャツをむしるように脱げば、既に全身がふさふさとした毛で覆われている。暗くて毛皮の模様までは見えないが、やはりおれは豹人間ということか。しかし、豹になったからとベッドを諦める道理はない。というか、豹になった今のほうがベッドで寝たい気持ちが強くなっている……。
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