続 妖しき砂漠の算術使い
「…それでは先生、良い夢を。」
先生を捕らえてから季節が二つほど変わった頃。
ユウカは静かに部屋の扉を閉める。
部屋から苦悶の声が小さく聞こえていたのは気のせいだろう。
「先生のお加減は如何ですか?」
背後から声を掛けられる。
そこには砂漠の魔女と名高い元トリニティの才女、浦和ハナコがいた。
「今日も元気だったわ。ノアが一週間持たなかったのを二か月も耐えてる。」
「計算外と言う他無いわね。」
「流石というべきでしょうか。私達が見込んだ方なだけはありますね♡」
「ええ、最高の先生だわ。だって───」
そう、彼女にとってこれは本当に計算外だった。
先生は砂漠の砂糖の誘惑にずっと耐え続けている。
何か処置に誤りがあったのかと思い検算までしたが、誤りは無かった。
「まだ色んな試したいことが試せるんだもの♪」
だからこそ彼女は悦びを覚える。
自分の計算を超えてくれる存在。新たなる未知。
それらを限界まで追求することが、この上無く愉しいのだ。
実に、元ミレニアムの生徒らしい在り方だった。
「…壊さないでくださいね?」
ハナコには少し理解が出来なかったようだ。
念の為に釘は刺しておく。
「ちゃんと加減はしてるから大丈夫。」
「それで本題は?」
ユウカはハナコが別な用件で訪ねて来ている事を見抜いていた。
いや、そうでなくては砂漠の算術使いは名乗れないだろう。
ハナコは笑みを浮かべるとその用件を伝える。
「ヒナさんが遠征からお戻りになりました。」
「あら、そうなの?四人も同時にここに集まれるのは久しぶりね。」
「ええ。積もる話もあるでしょうし、お茶会でも開きたいと思いまして。」
ユウカは片手を自らの頬に当て、考える様な素振りを見せる。
そして片目を開け、片方の口角を上げた茶目っ気のある笑顔でハナコに問う。
「…お茶を淹れてくださるのは、何処の魔女様かしら?」
「もちろん、私です♡」
「では、喜んで♪」
「丁度いい余興もあるのよ。」
楽し気に語らいながら二人はお茶会の会場へと足を運んだ。
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「それでね、マコトったら本当に面白かったのよ?」
「どうしたんです?」
「ッフゥ…。土下座して『自分の首一つでゲヘナ生を見逃せ』って言ってきたのよ。」
「うへ~。こっちをナメてるとしか思えないかな~。」
「算数も出来ないんですね、ふふふっ。」
「滑稽でしょ?だから私、無視してイブキを二、三発殴ったのよ。」
「そしたらふふっ、マコトったら、銃捨てて殴りかかってきたからあははっ」
「軽くいなして角をへし折ってあげたのよ!」
揺蕩う煙で充満した室内。
ホシノとヒナはジョイントを、ユウカは愛用のガラスパイプをくゆらせながら会話を弾ませる。
そこにハナコが紅茶を持って参加する。
「皆さん、お茶が入りましたよ。」
「お~、これこれ。これが合うんだよ~。」
そう言うとホシノは早速紅茶を一口飲み、ジョイントをふかす。
とろんとした瞳で脳に染み渡る快感に悦に入っていた。
その隣でヒナも同様に紅茶とジョイントを楽しみ、柔らかな表情で寛いでいる。
「あぁ…やっぱりこれ最高ね。ありがとう、ハナコ。」
「ッフゥー…。どういたしまして。こちらお返ししますね♡」
ハナコはユウカのガラスパイプを一口貰い、隣で同様にその顔を蕩けさせていた。
全員がリラックスした静寂に包まれた空間。しかしその終わりをノックの音が告げる。
「どうぞ~。」
「…失礼します。」
現れたのは緊張した面持ちでアビドスの制服をキッチリと着た生徒だった。
最近活躍が目覚ましく、配下の間でも幹部候補として名をあげている子だ。
その顔を見てユウカは用意していた余興を思い出す。
「戦況報告ですね、お願いします。」
「この報告が終わり次第、お愉しみの時間に移ります。」
そして始まる戦況報告。
少し退屈そうなホシノ。満足そうなヒナ。微笑みを崩さないハナコ。
三者三様でその報告を聞いていたがいよいよそれも終わり、余興へと差し掛かる。
「連邦生徒会は防衛室長が現在も粘っていますが、兵站は既に抑えているので陥落は時間の問題です。」
「…以上が現在の戦況となります。」
「ご苦労様でした。…では皆さん、余興の時間です。存分に愉しんでください。」
「資料を。」
「はい。」
そう告げるとユウカはホシノのすぐ傍に立つ。
配られた"封筒"を各々が開き、中にある一枚の紙を読む。
そして目を通すと皆がくつくつと"嗤い"だした。
「この分だと二分と言ったところかしら。ハナコはどう?」
「大体同じですが、全く同じというのも味気ないので三分にしておきます。」
「ホシノさんはどうされます?」
「そだね~。じゃあ私は二分半かな。」
「君はどうする?」
「な、何のことでしょうか…?」
急に自分が話相手になったことで驚く生徒。
時間のことを言っている様だが、何の話かはまるでわからなかった。
「そりゃあ何って───」
その答えをホシノが告げる。
「君<内通者>が正気の時間だよ。」
瞬間、生徒は懐からヘイロー破壊爆弾を───
「遅いわね。」
取り出す前にヒナにその腕を握り潰される。
そしてあっけなく解体されてしまった。
「が、あああああ!!!」
「よく訓練は積んでるみたいね、アリウス上がりというのも納得だわ。」
「な、何故バレた…!?私は何もしくじっていなかったはずだ!」
ユウカがその問いに前に進み出て答える。
「ええ、貴女は何もミスを犯していない。」
「それは砂漠の算術使いこと、私、早瀬ユウカが保証しましょう。」
「では何故!?」
「完璧すぎたんですよ。」
「…は?」
そう彼女は完璧すぎた。
まるで自分たちに取り入るために望まれる成果を出し、出しゃばらず、気に入られ続けていた。
だからこそ早瀬ユウカは訝しんでいたのだ。
今まで数々の人々を終わらせてきた彼女は、完璧な人間など存在しないことをよく分かっていた。
かつての上司である調月リオですら、そうだったのだから。
「じゃあハナコ、後はお願いね。」
「はぁい、任されました♡」
「や、やめ…!」
ハナコがその微笑みのまま注射器を取り出し近づく。
階下の部屋では何かがのたうち回るような音が上から二分半ほど響き、
その後静かになったという。