結婚するんです。

結婚するんです。

しり切れとんぼすぎて申し訳ない……着地点を見失いすぎました。

ラウダ、と名を呼ばれ漸く自分の手で口元を押えた。吐く、とか細い声で伝えれば「大丈夫か?」とグエルが己の背を撫でる。カテドラル所属、ドミニコス隊がプロントに停泊しているから挨拶に行きたいとグエル(妻)(予定)(ほぼ決定)に言われてから、ここ3週間ラウダの胃は既に穴が空く思いで過ごしてきた。いや多分空いてる。2~3個空いてる。吐血はまだしてない。多分そろそろ吐血する。

「みんないい人だから、ラウダもきっと好きになるよ」

ソウダトイイネ、ソウデアッテホシイ。デリング総裁(おとうさん)に挨拶しに行った時はこんなに緊張しなかったのに、何故ドミニコス隊に挨拶する時だけ緊張するんだ?理由は明白だ、捨てられたグエルを保護し、一時的だったとはいえ親代わりをしていた人達だからだ。デリング総帥はグエルの父とはいえ、ジェタークを取り締まってくれていた為接触も多く、どちらかと言えば師弟関係が強かった。だが今回は違う。グエルをお嬢と可愛がり、養子としてレンブラン家に行くまで共に暮らしていた、所謂もうひとつの家族だ。受け入れてもらえるか、死ぬほど不安である。持ってきたお菓子はこれで良かっただろうか、服はこんなのでよかっただろうか、下手な言葉や行動は慎まなければならない。あぁ、ほんとに胃が痛い。

「ラウダ」

きりきり、痛む胃を抑えながら名を呼ばれては顔を上げる。目の前には少し…いや大分ふくよかな軍服を着込んだ男性が立っている。にこやかな笑顔を見せながらも、どこかコチラを冷静に品定めする様な視線に目を逸らしたら負けだと本能が告げる。ギリ、と強く拳を握りしめながらラウダはごくりと息を飲んだ。

「ようこそ、御曹司殿」

生きて帰れるだろうか。ぎりりと傷んだ胃を誤魔化すように、ラウダは笑みを浮かべた。



「お嬢〜!おかえり!大きくなって!」

「お久しぶりです」

グエルの周りに集まってはワチャワチャと彼女を囲むドミニコスの隊員たちにラウダは呆気に取られた。自分のことなど眼中に無い彼らは、困ったように笑みを浮かべたままあわあわと汗をかいているグエルに構いっきりだ。…いや、正確には何人かはこっちをみている。ちらりとこちらを見ては触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに目を逸らしている。

「すいませんね、うちの者達が」

「いえ…」

ラウダもそちらに行きたいのだが、隣の男が動くことを許さない。是非ゆっくりとしてってくださいと言われ、いえ大丈夫です。と言えるほどラウダは強くなかった。精神は図太く強い方だと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。胃のあたりを抑えようとする手をそのままにしながら、ラウダはバレないように肺に溜まった息を吐く。挨拶が終わったのか、グエルが振り向いては輪から抜けるようにこちらに駆け寄ってくる。不安そうな顔と目が合い、ラウダは彼女に心配するなと言わんばかりに笑みを浮かべた。

「こんな所でもなんですし、談話室に行きましょうか」

準備が出来ましたので。笑顔でそう言いながらも男の目は笑っていなかった。胃に穴が空いた気がした。



通された部屋は一人の男が座っていた。ちらりとこちらを見ては直ぐに目を逸らした男に少し顔を顰めていれば「リドリック?」とグエルは名前を呼ぶ。聞いたことの無い名前にラウダはこてりと首を傾げる。名前を呼ばれた男は、のそりと体を椅子から立ち上がりこちらに足を向ける。目の前まで来た男に息を飲む。背の高さもあるが、やけに息の詰まる威圧感を纏った男から目を逸らせず、どうしようと固まったラウダを見下ろしながらリドリックと呼ばれた男はラウダに手を差し出した。

「リドリック・クルーヘルだ」

「あ…ら、ラウダ・ジェタークです」

差し出された手を握る。「あ」とグエルが声を漏らすのに一瞬気を取られたせいか、握ったと同時に強く握り締められ「ぎぃ゛!」と悲鳴をあげた。

「リドリック!」

グエルの怒号にリドリックはあっさりと手を離す。本気は出てない、という男にじとりとした目を向けながらため息を吐いたグエルは、ラウダを守るようにリドリックの前に立つ。男はお手上げだと言わんばかりに手を挙げ、そっと席に座るように2人を促した。

「ラウダ、手大丈夫か?」

促されるままソファに座れば、グエルが握られた方の手を取り、怪我がないかを確認する。大丈夫だよと笑みを浮かべれば、グエルもほっとしたように笑みを浮かべながらも直ぐにぎろりとリドリックを睨みつけた。睨まれたリドリックはただ目を細めながら同じように向かいのソファな座り自分達を見つめる。

「パイロットならあれぐらいどうって事ない」

「そんな事ないんだよ」

ぐるる、と威嚇をするグエルをすずしい顔でいなすリドリックに「お茶ですよー」とケナンジはコーヒーを渡していく。のんびりもした声が少しピリついた部屋に木霊すれば、リドリックは息を吐いてソファに背を預けていた。リドリックの横にどさりと座ったケナンジは呆れているような、なんとも言えない笑みを浮かべたままこちらを見ている。ラウダもなんとも言えない笑みをとりあえず浮かべ続ける。再び静かになった談話室で言葉を発したのはグエルだった。

「…何が気に食わないんだよ。俺ちゃんと言ったろ、大切な人と結婚するから挨拶に行くって」

ぱり、と何かがひび割れる音がする。

「気に食わないわけじゃない」

「嘘つけ、すっごい気に食わないって顔してるだろ」

「していない」

「してる!」

突然始まった言い合いにラウダはぽかんと口を開いたまま2人を眺める。ケナンジはあちゃーと片手で額を多いながらため息を吐いた。

「御曹司、これ長引きますよ?」

「は?」




「大体結婚なんてまだ早い」

「もういい歳なんだが?!」

「21なんて子供だ」

「はぁ?!」

「だから結婚は早い」

い゛ー!とグエルが毛を逆立てながらリドリックを睨む。それに応戦するように静かに目線を向けるリドリック。唐突に始まった言い合いにラウダとケナンジは端っこに避難し2人を眺めていた。もう既に2人の言い合いは1時間を経とうとしており、3杯目のコーヒーに入ったラウダはちびちびとコーヒーを飲みながら隣でなにか端末をいじってるケナンジに声を掛けた。

「あの、ケナンジさん」

「はい?」

「あの二人は、その、えっと…」

「あー…なんというか、まぁ、親子みたいなものですよ」

「親子」

「うちに来た時にね、大層お嬢が気に入ってしまって…グエルに操縦技術やらなんやらを叩き込んだの、アイツなんですよ」

グエルからドミニコスにいた時の話は聞いたことがあったが、操縦技術や諸々を仕込まれた話は聞いたことがなかった。本人自体も語ることもなかったし、聞く予定もなかった故に当たり前なのだが。

「お嬢が来た頃は、あいつも丁度妻と子供を亡くした時期でしてね」

「妻と、」

「お互いに何か惹かれ合うところがあったのでしょう」

ばちばちと睨み合う2人を眺めながら、ラウダは目線を下ろす。思い出すのは、義母の事だった。…彼女ももしかしたら、リドリックと同じ気持ちだったのかもしれない。生母に捨てられた己と、不本意で娘がいなくなった義母。お互いに、惹かれ合うところがあったのだ。それはきっと、代用なんて言葉じゃなくて。

「…グエルは、ドミニコス隊の人達は大切な人だと言っていました」

「ほう」

「家族が、ちゃんと居たんですね」

こぼれた言葉は本心だ。ラウダにはもう居ない、生みの親も、優しくしてくれた母も居ない、どこかに消えた父ももう会うことは無いラウダとは違い、グエルには会える人がいる。それは本当に、いいことだ。

では、己は?己は、グエルの帰れる場所になれるだろうか。グエルが心の底から、ただいまと言える場所になれるだろうか。

父と、同じことをしないと言えるだろうか。

過呼吸を起こしパニック状態になったグエルを思い出す、たすけて、ゆるして、と縋るグエルが、どれ程のストレスをあの時に抱え込んだのか。それをラウダが、同じように背負ってやれるのだろうか。このドミニスコ隊の彼らのように。


本当に、家族になれるだろうか。


強く掴んだマグカップの軋む音がする

ケナンジは少しだけため息を吐く。

「何を考えてるかは知りませんが」

「……」

「ここを家族というのなら、グエルの家族になるあなたも我が隊の家族ですよ」

家族と言うほど大層な部隊ではありませんが。と付け加えながらケナンジはきょとりとしたラウダに目を合わせる。

「血腥いこんな部隊が家族でいいのであれば、お2人を歓迎します。だからそんな不安そうな顔をしなさるな」

言ってる意味がわからない、そう言おうにもラウダの唇は戦慄くだけだ。何故か熱くなる目頭を誤魔化すようにコーヒーを口にする。ふと、目の前に影が出来る。上を見る前に硬い手が頭に置かれ、同時にぐしゃりと髪をかき混ぜられた。混乱する。なんだ急に。誰だ?

「握りつぶす気か、リドリック?」

けらりと笑ったケナンジに、ようやく手の主がグエルと言い合いをしていた男だと気づいた。顔を無理やりあげれば、何を考えているか分からないリドリックと目が合う。なんだ、その目。何を考えているんだ?

「あ、の…?」

「ついて来い」

「え?」

「ケナンジ模擬戦場の準備は」

「はいはい、出来てるよ。…俺一応上官なんだけどなぁ」

「「はぁ?!」」

グエルとラウダの悲鳴が被さる。ケナンジは呆れたように準備は出来ていると言い、リドリックは漸く口元を緩く釣り上げた。手首を掴まれたラウダはそのまま引き摺られるようにリドリックと共に談話室を出ていけば、慌てて着いてきたグエルがきゃんきゃんと吠える

「リドリック!なんで急に決闘なんて!」

「お前が言ったんだろう。夫は俺より強いと」

「言ったけどさぁ!それとこれとはまた話が違うだろ!?」

「何が違うんだ?俺は久々にモビルスーツで戦いたい気分だったんだ。そこに俺より強い男がいるとなれば手合わせ願いたいだろう?」

「本音は?」

「……」

「黙るなリドリック!」

グエルとリドリックの会話を聞きながら、ラウダはぽかりと口を開けたまま状況を何とか把握しようとする。つまり僕はなんだ?今からこの男と戦うのか?いやその前に、グエルは「ラウダは強い」と言ったのか?それは、それはとても、とても嬉しい事だ。あのグエルが、嘘もお世辞も言わないグエルが、ラウダを強いと言ったのだ。この男がどれほど強いかは知らないが、妻にそう言われて嬉しくない夫がいようか。

「ラウダ、断ってい」

「グエル」

ラウダを見ては慌てながらも止めようとするグエルの唇を指で塞ぐ。大丈夫だよと微笑みかければ掴まれてる方の腕がぎりっと傷んだ。痛い。

「僕は勝つよ」

「らうだ」

「僕の勝利を望んでくれ。いってらっしゃいって送り出して」

「……」

ぱちり、とグエルが大きな目を見開きながら瞬きをする。

「だから、帰ってきたら、おかえりって言って欲しい」

「…なんだよそれ」

ふは、と吹き出すように笑ったグエルはそっとラウダの頬にキスを落とす。いつの間にか離されていた腕をグエルに回し抱きしめる。どっかからヒューッと口笛が聞こえるが無視をして彼女を抱きしめ続けた。目一杯グエルを充電しながら、ラウダはこちらを腕を組んで見つめるリドリックに向き合う。はぁ、とため息を吐いたリドリックも同じようにラウダに向き合う。

「決闘ですお父さん、娘さんを僕にください」

「俺はこいつの親じゃない。が………受けて立ってやる」

ばちりと散った火花。その奥で「やりすぎるなよ〜」と追いかけてきたケナンジが声を掛けるが2人には聞こえてない無い。やったれ坊ちゃん!いけー!と言う野次を浴びながらラウダはよりグエルをぎゅぅっと抱き締めるのだった。




「ねぇグエル」

「なぁに?」

「今度は、僕の義母さんに挨拶に行きたいんだ。君が良ければ」

ひゅ、と息を飲む音がする。少しだけ揺れた青い瞳が静かに閉じられたあと、何かを決意したように開かれる。

「おれも、いきたい」

いこう、ラウダ。その言葉を聞いて、ラウダはグエル少し冷たくなった手を握った



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