終端の楽園

 終端の楽園


"ごめんね、ショウコ"

"私がいなくなっても、みんなを手伝ってあげて"

 最期に告げられたのは、それだけだった。手の中で冷たくなっていく体をいくら抱き締めても熱を分け与えることなんて出来ない。知っている。分かっている。それでも願ってしまう。こうして抱き締めて胸を叩いていたら息を吹き返すんじゃないかって。らしくないことを言ったって照れくさそうに元気になるんじゃないかって!そんな奇跡に縋ってしまう

 

 そして奇跡は起こらなかった


 「どうしました、ワカモさん」

 シャーレの仕事部屋でペンを走らせながら、視線を寄せず声だけを投げる

「先生の葬儀にも出ず、何をしてるかと思えば……こんなときまで仕事ですか」

「先生との約束なので」

「チッ。今外がどうなっているかも知らない癖に」

「ゲヘナがトリニティと一触即発、ですよね?ゲヘナとしては未だ残るアリウスにお礼参りをしたい。トリニティもアリウスに逆襲をかけたいがゲヘナが信用出来ないから実行に移せない。アリウスはまた引き籠もっている。見なくても分かります」

すらすらと言葉を紡ぎながらカリカリとペンの音を響かせる。……二人しかいない部屋では嫌に大きく聞こえる

「どうしてそこまでそこまで分かっているのに何もしないのですか?能見ショウコ。いまあそこに火をつけにいけば盛大な送り火が出来るというのに。それともそこまで牙を抜かれてしまいましたか?」

 声がイライラしているのがわかる。それでも動かないのは単に踏ん切りがつかないから、というのも分かる。今は亡き先生に嫌われるかもしれないと思っているから、というのも

「責任から誰も逃さないためです。今あそこに火をつければ、誰かが先生の弔い合戦だなんだと嘯いて責任から逃れます」


「そんなものは許さない」


「責任を負ってくれる大人は死んだ。私達子供は、願いと行動には責任が伴うことを自覚しなければいけない。永遠に子供ではいられないのだから」

 今日初めて視線を動かす。ワカモと目が合う。どちらも逸らさない

 「私は先生からみんなを手伝ってあげて、と仕事を託されました。それを完璧にこなします。本気で、皆さんのやりたいことをやりたいようにやってもらいます。そして責任を問います」

 「手伝ってくれますよね?狐坂ワカモ」

「チッ」

 悔しげな舌打ちを了承と受け取って、動き始めた


 ───

 私は宣言通り、本気でやりたいことをサポートした

 悪い大人のように言葉を曲げず

 良い大人のように導かず

 ただ、手伝い続けた

 ───

『連邦』は『主柱』が戻らず折れた

『企業』は使うものが誰もいない商品を未だ売り続けている

『三位一体』は『魔女』が生まれ崩壊した

『混沌』は『無』に帰した

『科学』は『魔王』と相討った

『警察』は『軍隊』と衝突し、どちらも機能を失った

『自然』は痴れた『夢』の中に閉じた

『妖怪』は『風流』の中に溶け、解すものはいなくなった

『砂漠』は……

「どうしてアビドスだけ残したのですか?」

「あの人たちは最初から責任から逃げていなかった。どころか自分たちのものではない責任も背負っていた。後からあそこに加わった人たちも同じように、自分たちの責任を受け止めそれを果たそうとしている」

「あそこは楽園〈エデン〉です」

「善き人たちが善く生きられる、楽園です」

「そして私達は楽園には入れない。入ってはいけない」

 ワカモは知っていた、という顔をしている。そして私もそういう顔をされることをわかっていた。ガシャンと銃弾を薬室に送り込む。自分のARではない、飾り気のないHGに

「その銃は?」

「先生の銃です。一度も使われていませんが」

「あなたも……いえ、あなただからこそ、でしょうか」

 ワカモに狙いを付ける。場所は、先生と同じ

「私が初めてを貰っていいのですか?」

「私は最後が欲しいので」

 軽い銃声が鳴る。狙いは過たず、ワカモの体を貫き、たたらを踏ませた

 そして、ワカモに銃を渡し、撃たれ、私は仰向けに倒れた

「この程度で倒れてしまう相手に私は一度負けたのですか……」

「人を動かすのは得意ですが、動くのはそれほどでもないので」

 同じ場所に空いた穴から血を溢しながら、意味のない会話を続けていく

「何故、手伝いに私を選んだのですか?」

「貴方が先生のために変わろうとしていたからです。破壊にしか興味がなかった貴方が。それに酷く共感しまして」

「どの口が……」

しばらくそうして、やがてどちらも口数が減り、会話は無くなった

 後に残ったのは外からの観測が無くなった、一つの楽園だけだった

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