紙腔琴の鳴り止む日
【ウタワールドの展開、維持は激しい体力の消耗がある】
これはウタウタの実の能力における情報の一つである。間違いではないのだろう。
…だが、本当にそうだろうか?
この能力において、負担がかかるのは果たして本当に《身体》だろうか?
「っはっ…ハァ…!」
戦闘を終えたウタは乱れた呼吸を整える。まだ予断を許さない状況ですぐに動ける様に、歌える様にせねばならないから。
「ふぅ…他の皆はだいじょうぶかな?……今からでも手伝いに……!」
「ムー…」
クン…と彼女の身体を止めたのはもう一人の自分とも言える存在であり、そして今は静かな、もう一人の相棒の眷属とも言える存在であるムジカだった。今回の戦闘でも沢山サポートをしてくれた頼もしい存在だが、今回の激しい戦闘により《負》の感情を使い過ぎた為か、少しその身体は小さくなっていた。
「なあに?どうしたの?」
「ム、ムー…ムー!」
周りには何を言っているか分からない言葉だが、自身の感情を分けたといっていい関係の為かウタにはなんとなくムジカの言いたいことが分かる。どうやら、これ以上はやめろ。と言いたげだった。
「でも、ムジカ…皆が……」
【それ以上は我としてもやめろと忠告するぞ、小娘】
「?」
急に話しだした相棒…【魔王】に思わずウタはどういう事かと首を傾げる。が…
【擦り減らすのもいい加減にしろと、前にも話しただろう】
そう言った事で、ウタは彼が何を言いたいのか理解した。しかし納得はしにくい。
「まだそんな言うほどじゃ…」
【じゃあお前に質問だ、小娘。お前は今心の底から憎い相手に「靴を舐めろ」と言われたら…どうする?】
「……?」
【…これに「何言ってるんだ」とさえ即答が出来ない時点でダメだ。他の者らの戦闘に関しては諦めて此処にいろ。休め】
「ムー」
二人?の圧に気圧され…結局その後はその場で体力回復に努める事にした。そうしてその戦いが無事に終わり、皆で恒例の宴を開く。楽しそうに皆で飲んで食べて騒ぐ。
ウタもまた音楽家として同じく音楽家のブルックと共に歌と演奏で盛り上げた。…そして、この宴であの時の【魔王】達の制止が正しかったのだと反省していた。
「ウゥタちゅわぁああん!!今日の料理はどうだい?いつもだが腕によりかけてるからねぇえ!!」
「サンジ…うん!いつも通りサイコーに美味しいよ!!」
そう笑って返すとサンジが「料理人冥利に尽きるぜ」と笑い返し、そうして今度はナミやロビンの方へと向かって行った。内心サンジに対してある謝罪を行いながら、ウタは皆と同じ様に料理を《美味しそう》に食べて《楽しげ》に歌って騒いだ。
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「ムー」
「…ん……ねずばん。ありがとムジカ」
ぽむぽむとムジカに起こされ、むくりと身体を起こしたウタが外を見るとまだ夜だったが月も傾いていた。軽く上着を羽織るがそれでも寒いかと毛布を一枚手に取り…髪やヘッドホンはいいか、とそのままに甲板へと向かった。
そうして着いた甲板…の先、サニー号の船首に先に不寝番をしていたルフィがいた。
「ルフィ、お疲れ様…交代だよ」
「ん?おお、ウタ!おつかれ…なあ、ちょっと話そうぜ?」
「眠かったりしない?」
「大丈夫だ!だから、な?」
そう彼に笑って言われてしまうとウタは弱かったので、仕方ないかとルフィの隣に腰掛けた。
「ルフィは寒くない?」
「んー、ちょっとな」
「じゃあこの毛布使いな?私は大丈夫だからさ」
「お、ありがとう!…でも折角だし、一緒に使おう。ホイッと!」
「わ…もう」
そうしてウタを巻き込む様に二人で毛布に包まってルフィは悪戯っぽく笑う。そんな幼馴染の行動に驚きつつも確かに《あたたかい》と思えたのでそのままくっついている事にした。
「…それで、話したいことはなに?」
「んー、とよ…ウタ、お前大丈夫か?」
「…大、丈夫?なんで?」
「なんか元気なさそうだったからよ、宴の時も…今も」
つくづくこの幼馴染は勘がいいなとウタは改めて《驚く》。だが、もしかしたら自分が分かりやすすぎるだけかと思い返す。
そうだとしたら申し訳なかったなとウタは口を開いた…誤魔化すために。
「ちょっと戦闘で疲れてたの引きずっちゃってたみたい。休んだし、さっき程じゃないはずだよ」
「……そうか」
多分、納得はしなかった。でも恐らく私が話したくないことなのだと察してそれ以上は聞かないでくれた。その優しさに、ウタは救われている。
昔からずっと…
・・・ただ、それでもきっと…ウタが思ういつかが来てしまうのだろうなと《寂しく》て、少し《怖かった》。
ウタウタの実の能力は強力だが、強力故の反動はある…それもウタの様な今までの歴代能力者の中でも異例な使い方をしている場合は特に。
ある者はウタワールドという万能世界と辛い事実がそこら中に転がっている現実世界でのギャップにより《それ》が耐えきれなくなった。
ある者はウタワールドと現実世界それぞれの分割思考を続ける事で《それ》が焼き切れてしまった。
ある者は能力を恐れた者達の迫害により愛した音楽を奪われて《それ》を壊した。
そしてイレギュラー的な存在である筈なのに、例外に漏れずウタも、能力の使用で《それ》を擦り減らしていた。
《それ》とは…心。精神のことだ。
ウタウタの実の能力で、本来一番の負担がかかるのは《身体》ではなく《心》だ。
能力者が本来生きる世界よりもずっと万能であらゆる事が可能のウタワールドは、能力者の現実世界への関心を殺し
二つの世界を維持しようと往来の倍の思考をし続ける事は能力者の精神を狂わせ
自身の《感情》を形成、放出してぶつける様な戦い方。《負》感情の集合体である【魔王】トットムジカの異例ながらも幾度と無く使い、時にその身に纏う戦い方…
それらは確実に能力者であるウタの《心》を食い潰していく。
ある程度すれば回復するが、あまりに激しい戦闘で消費し続ければ擦り減る。
事実、今は回復したが、先程の宴でウタは《美味しい》や《楽しい》にどこかピンと来なくなっていた。
きっと先程の【魔王】の問いにも本来のウタなら「はあ!?何言ってんの急に!?」くらいのリアクションが…感情が正解だったのだろう。恐らく今ならそう答える。
この様な無茶な戦い方をし続ければ、いずれ《身体》よりも先に《心》の寿命が来てしまうだろう。そうなれば、廃人の様に生きてなお死んでいる様な…否、死んだ方がマシな結末を迎えかねない。
歌う事もなく、笑う事も、泣くことも、話す事もなく、愛する事もなく…いっそ正しく人形の様だといえる。
そんなウタとしても全く笑えない、結末。
「……ねえルフィ」
「お?なんだ?」
「…もし私がまた、人形みたいに喋ったり歌えなくなっても、側においてくれる?」
「急にどうしたんだ?」
「いいから、どうなの?」
「ンなの、関係ねえよ。おれはずっと、お前の側にいるし、いてもらう」
そんな回答に「そっか」と短く答え、ぽすっとウタはルフィの肩に頭を乗せる。昔の定位置、今も大事な場所。
あたたかくて、愛しい場所。
ウタはそんな場所を、仲間を、守りたいし支えたい…失いたくなんてない。
そう思ってしまうと、どうしても自分の《心》くらいその時はどうでもいいや、と思ってしまう。
ネジの切れたオルゴールの様に、糸が切れたマリオネットの様にいずれ歌う事も動く事も出来なくなる未来を回避しても、その時に後悔がある方が恐ろしかった。
「ルフィ」
「…おう」
「私ね、ルフィが、ルフィ達が大好き」
例えその《大好き》と思う気持ちが消えても《大好き》な人達を、助けたい。
「最後まで、私は悔いなく生きたいし、皆の為に歌いたいって思ってる」
「…おれも、皆の為に強くいたい」
「…長生きしたいね」
「しろよ、お前は」
「ルフィもしてよ。私はルフィがいない世界は寂しい」
「それは、おれもだ」
つまるところ、お互い譲らない。置いていかれる事に、耐えられる自信がないのだ。自分が相手を置いていくつもりでいるのも良くない。おかしい。とは思える。
だから、長く、ほんの少しでも長く…こんな時間を一緒に過ごしたい。
だが、世界は優しさだけで出来ていないから。気を抜けばあっという間に大切なものを奪われてしまうから。
故にルフィは《身体》のウタは《心》の…それぞれの寿命を削ってでも敵や壁を壊して、相手と共にいたい。
そんな矛盾を孕んで、抱えて…死に急ぐ自分達を知る者がいればどうなるだろう?
似た者同士と呆れるか…
そんな事をするなと泣くか、怒るか…
それでも自分はと共に歩む決意をするか…
気が付けば、空が白み始める。朝も近い。
いずれ、この時代を終わらせて、新時代を作ろうと約束した。彼の…そんな夢の果てを見たい。
だから、今はまだ少しだけ、自分も周りも大事に戦う。
ウタがルフィに、もう一度「大好き」と告げる。今度は「おれも」と返事が来たので少し驚きつつも、ゆるゆると目を細めて、また短く、しかし愛おしげに「そっか」と答えた。