紅SS
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調査からコトブキムラの宿舎へと帰ってきたとき、セキがイチョウ商会のギンナンと話しているのが見え、ショウはついそちらへと足を向けていた。
「セキさん! こんにちは、お買い物ですか?」
おう、と頷いたセキはふっと笑う。ごく自然にショウのまろい頬を指先を伸ばし、くいっと拭った。
「お疲れさん。大変だったみてえだな」
ショウの頬から離れたセキの親指には、泥がついていた。
やだ、と頬をそめてショウはあわててポーチから手拭いを取り出そうとした。
「大丈夫だ、もう付いてねえよ」
だとしても、とショウはまだ使っていない手拭いを引っぱり出して、セキの指の汚れを拭った。
「……ありがとうございます。恥ずかしいところを見せてしまって……」
「礼なんざ言われるほどのことじゃねえさ。それに恥ずかしがることじゃねえだろ、あんたが立派に調査をこなしてきた証だ」
含みもなくそんなことを言われると、胸がくすぐったい。
しかし、年ごろの少女として――特にセキの前では身だしなみが気になるショウとしては複雑だった。
顔をうつむけるショウに、「ちょうどよかった」とセキ笑う。
「これもディアルガさまの導きかね。あんたに見せたいと思ってたんだ」
そう言ってセキが示したのは、ギンナンが今日の目玉商品として広げる紅だった。
ちいさな貝殻にていねいに塗り重ねられた紅。それぞれ色合いが少しずつ違っていて、中にはふわりと花のにおいがするものもあった。
「え……これって……」
「西の方から来た紅だとよ」
「ヒスイ地方ではなかなか手に入らないものですよ」
特にこの色が人気で、とギンナンがてのひらで示す。
へえ、とショウはじっと見つめた。彼女の知識にあるものとは少し違う気がしたけれど、よくわからない。
かたちの整った、けれどひとつひとつ違うかたちの並んでいるちいさな貝殻たち。
「唇だけじゃなく、頬紅や爪紅にもどうぞ」
頬、と聞けば先ほどセキに拭われた泥を思い出す。
泥ではなく、紅で装えば。
少しは、セキさんも意識してくれるかな?
ちらっとセキを見やれば、涼やかな目とかち合った。きりっとつり上がった目が笑い、ショウは恥ずかしくなって視線を戻した。
「やっぱりあんたもこういうのが好きなんだな」
「はい。見てるだけで楽しいです」
「見てるだけなんてもったいねえ。気に入ったのはねえのか?」
「うーん……」
ショウは眉を八の字にした。
正直言ってすごくほしい。欲しいが、先日シュウゾウにポーチの拡張の教えを請うたばかりで、はっきり言って懐がさみしい。
ギンナンが示した値段は決して支払えない額ではないけれど、買ってしまえばしばらく大変になることは間違いない。
でもかわいいな、と目を離せずにいると、横から伸びてきた腕がひょいっと紅の塗られた貝をつまみ上げた。ショウが見つめていた色だった。
「じゃあ、これを一つ」
「毎度」
「セキさんが使うんですか? あ、もしかして贈り物?」
そういえばセキの目じりにも何か塗っているが、買ったものとは色が違う。ショウがヨネやヒナツの顔を思い浮かべながら尋ねると、「おう」と笑って差し出してきた。
「え?」
「受け取ってくれるか?」
え、え、とまさかのことに目を丸くするショウは、反射のように両手を差し出していた。やわく作ったくぼみに落とされる貝紅とセキと見比べてハッとした。
――もしかして、年ごろなのに化粧もろくにしていないのを見かねて?
どこか兄貴分のようにショウに接するセキのことだ。あるいは迷っていたショウを見かねてかもしれない。
恥ずかしい。いたたまれない。でも、嬉しい。
「ありがとうございます。でも、自分で――」
「オレがあんたに贈りたかったんだ。気になるってんなら、そうだな、少しずつ返してくれりゃいい」
少しずつ返す? お金を?
しかし、セキはそんなことを言い出すような性格ではないはずだ。
はてと首をかしげるショウの唇を、セキの親指がすいと掠めた。
にやっと笑うセキはヒスイ一の色男を自称するにふさわしいほど滴るような色気があって、ぼっとショウは頬を赤く染めた。
「男が女に紅を贈る意味は知ってるよな?」
まあ知らなくったって構わねえが、と笑うセキに、ショウは口をぱくぱくさせた。