約束

約束


「なーにたそがれてんの?」

ぽん、とオリオがフリードの背中を叩く。

「ちょっとな。この写真を見てた」

マードックが淹れたコーヒーをすすりながら、金の目を細める。

ミーティングルームの壁に飾られているのは、ライジングボルテッカーズの記念写真だ。その中でも、フリードとキャップとリザードン、オリオとメタグロス、ランドウとヌオーの出航記念の写真に目を留めていると、「懐かしい」とオリオが笑う。

「あれから五年か」

「五年、五年か……」

「五年は大きいよねえ。特にあの子くらいの年齢にとっては」

「……別にリコの話をしてるわけじゃ」

そう言った瞬間、しまったとフリードは目元をてのひらで抑えた。それ以上は何も言わず、オリオがにんまり笑う。

「覚えてなくて残念?」

「まあ……まさか、不審者扱いされるとは思わなかった」

フリードは肩をすくめた。

――ふりーどさん、とたどたどしく名前を呼んでいた柔らかな黒髪に空色の瞳のちいさな女の子。

最初はルッカの後ろに隠れるようにして、ぴょこんと顔だけ出していたのを覚えている。

ルッカに着いてきていた幼いリコと顔を合わせたのはそう頻繁なことではなかった。さしてちいさな子どもは得意でなく、ましてや空飛ぶピカチュウの観察に夢中になっていたフリードは特にリコに構っていた覚えはない。

ただ、ちょこんとフリードの隣に座って、リザードンを眺めたり、フリードの真似をしてピカチュウを見つめるリコに手持無沙汰だろうと観察日記をつけることをすすめただけだ。

つたなくもしっかりと特徴をとらえたポケモンの絵と、『リザードンはころがってるのがすき』『ピカチュウははやい』なんてスケッチブックに書き込んでいた。

年の割にはよくできていたから褒めるとリコは空色の目をまんまるにしたあと、うれしそうに頬をそめてスケッチブックをぎゅっと抱きしめた。それから、ひとりでもフリードのところへ来るようになった。

アサギ号を飛行船への改造をオリオへ依頼するため、パルデアからホウエン地方のカイナシティへ出立する前、フリードを見送りに来たリコがもじもじとしていたので、膝をついて目を合わせると、ぎゅ、と目をつぶったのを覚えている。

「フリードさんも……ピカチュウとリザードンといっしょだから、こわくない、ですか?」

ぼうけんに出るの、とリコがワンピースの裾をちいさな手で握りしめていた。

「おばあちゃんが言ってたの。ポケモンといっしょならぼうけんに出るのもこわくないって」

「……そうだな。今はワクワクしてる」

気分が高揚している。

初めてリザードンの背に乗って空を飛んだときのように。

この世界の果てまでも、ピカチュウやリザードンたちと一緒ならば行ける気がする。

「きみのおばあさんとは気が合いそうだ」

リコはちいさな口を開けて、けれどもう一度引き結んでうつむく。

「リコ?」

どうした? とリコのちいさな手を包んで目を合わせると、「あのね」とぼそぼそと蚊の鳴くような声で言った。

「わたしも……いつか、ポケモンといっしょにぼうけんにでるときは、フリードさんの船にのせてくれますか?」

まろい頬を真っ赤にして、震える声で、引っ込み思案なリコからの申し出にフリードは目を瞬いたあと「わかった」と笑ってリコの頭を撫でたのだった。

「きみがポケモントレーナーになって、お父さんとお母さんがいいよって言ったらな」

なんて約束は、少なくとも、フリードにとってはその場かぎりのごまかしではなかった。ぱあっと顔を輝かせて笑うリコの顔を覚えているくらいには。

約束どころか、そもそもフリードの顔すら覚えられていないなんて思わなかった。

セキエイ学園内に迎えに行くとき、「知り合いだからリコのことは任せてくれ」と自信満々に言いきり、ライジングボルテッカーズの初期メンバーであるランドウとオリオはリコのことを話したことがあっただけに、何とも言い難い。

「いいじゃん、いいじゃん、これから思い出してもらえば」

「別に思い出さなくっても良いさ。約束は果たせたしな」

強がっちゃって、とオリオが笑ったとき、ミーティングルームのドアが開いた。

「リコか。どうした」

「ええと、マードックさんからおやつの時間だって教えてもらって。お邪魔してすみません」

「ああ、もうそんな時間か」

「邪魔なんかじゃないさ。きみも立派な船員だからな。好きなときに出入りしてくれ」

抱えたニャオハを落ち着かなさそうに抱えたまま、リコが「ありがとうございます」とこくりと頷いた。

緊張を隠しきれないリコの顔は、ルッカの陰に隠れておずおずと顔を出していたころそのままで、フリードはふっと金の目を細めた。

「好きなところに座ってくれ」

「マードックのおやつはおいしいよ」

「……はい」

おずおずと足を動かしたリコの背を支えるようにフリードは思わず手を伸ばし、それを見たオリオがわけ知り顔で笑っていた。


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