箱キャス

箱キャス



・四肢切断口封印 レムキャスのセリフなし

・モブの一人称視点

・スケベというより虐



「『寛永寺の幽鬼』……?」

渡された書の表題をそのまま口にした己に、旧くからの友人は意味あり気な笑みを浮かべた。

「そうだ。慶安4年、寛永寺の辺りに、痩せた男の姿をして民草の命を貪り歩かんとする悪霊が出た。それをある陰陽師が退治し捕え、箱の中に封じ込めた。……その取扱書にはそう云う伝説が書いてある」

「随分な尾鰭だな。陰陽師が化け物を退治するだけならまだ分かるが、こんな箱に閉じ込めておけるものか?」

疑いの言葉を掛けながら、書をいくらか捲る。

――人間の生命力を喰らいて動く、形ある霊。

――現世に留め置くにあたり要石に人形を用いる。

――御触書、瓦版、噂話、あらゆる新たな報せを常に与えよ。

友人は、足下に置いた木箱をこつこつと指で叩く。木箱には物々しくもあちこちに札が貼られている。鍵が付いているが、今はもう開錠されている。万両の小判を収められるほど大きく、齢四つ五つの子供なら全身が入ると思われた。

「まあ、見れば分かる」

そう云い、友人の手が箱の蓋を仰々しい丁寧さで開く。仄かに、墨のような匂いが漂う。

「見ても分からんが」

箱の中は布まみれで、何かを厳重に包んでいるということだけが確かだった。よく観察してみれば、箱の内側は綿を詰めた布張りで、その中に赤子のお包みのような状態で幾重もの木綿の布で覆われた何かがある。

包まれた何かを、友人が持ち上げて支えろと云うのでその通りにする。ソレは全体に細長い黒布を巻き付けられており、また何枚か札を貼られている。持ち上げている方の端には布の隙間から青と赤の色合いが見える。

友人は巻かれている布を不器用な手つきで解いていく。次第にソレそのものの形が分かり始め、地の色が雪原の如き白だと分かった頃だった。

布の下に覗く、いやに瑞々しい眼球と目が合った。

「……生きている」

古い真鍮色の瞳が、じっと己を睨め付けている。鯰の髭ほどの細い眉が、険しい角度を取っている。隈か化粧か判ぜられぬ黒が目を縁取る。ここに来てようやく、布に包まれているソレが人の形だと理解した。ここに在るのは取扱書の伝説にある「痩せた男」の幽鬼なのだ。

知らずと唾を飲んでいたらしく、己の喉からごくりと音がした。

「生きた人間に真に似ているのは確かだが、幽鬼と云うからには生きてはいないだろうよ」

黒布が全て取り除かれ、幽鬼の姿が顕になる。毛先にかけて赤くなる青色の髪は、先程布を解いている時に見えたものだろう。やけに物静かだと思っていたら、口には猿轡が噛まされている。喉にぐるりと札が巻かれているのは、呪を音にせぬようにか。そして衣が無い。骨張った肩も、細腰も、男の証も、何処もかしこも血の気の無い白が露わだ。心の臓の辺りに、また札。

何より、手足が全て断たれている。残った部分には包帯のように赤い布が巻かれ、その上にも札が貼られて断面は見えない。木箱は大の大人を入れるには小さいが、この処置で丁度すっぽりと収まるようになっている。

「……へえ」

己から低い声が漏れる。友人はにやりと笑う。

札による封印が強力であるのか、幽鬼は身動ぎすら儘ならず、視線を己にくれるのが精々のようだった。人の命を喰らうというのだから、この己も喰らわんとしているのだろうか。危険とも思えたが、無性に揶揄ってやりたくなり、指を幽鬼の首に這わせる。喉仏を押し込むと、幽鬼の眉間に皺が刻まれた。皮膚の心地も咽喉の質感も人間そのもののように感ぜられる。

「変に人と似た化け物というのは、これほど人の形を壊されても動くのか。難儀なものだな」

「気に入ったか?」

「まあ……なかなか面白い。そういや、人の命を喰らって動くと云ったよな。今のコレは、誰かを喰ったからまだ動いているのか?」

己の問に、友人は少しばかり下品に口角を上げた。取扱書を手にし紙をしばらく捲ったあと、やがて目当ての文に辿り着き、その見開きを己に寄越した。

――糧なくば消える。人の生命に準じ、生体から出づるものを糧とし、現世での活動を長らえ得る。

――即ち、血、唾液、男の精。

友人が小声で、猿轡は外されたことがないらしい、と囁いてくる。つまり、糧とするならば入れ口は下しかない。力を削がれ、生者の劣情を腹の中で受け止めることでしか居続ける術のない幽鬼。

「……、へえ……」

情欲を抑えられず、声に乗せてしまう。尋常ならざる色を身に持つことを除けば、界隈で忽ち話題に昇りそうな整った容貌だ。そんな男がこのように身を落とすと云うのは、それだけでどうしようもなく昂るものだ。ただ、友人の嗜好とは異なるはずだ、と己は思い出す。

「なあ、どこでこいつを手に入れた? ただの酔狂者が拾ってこれはしないだろ」

「伝手があってな。先の地震でこいつを持ってた家が潰れて、当面の銭が要るってことで頼まれて、二束三文で買い叩いてきた色んな品の中の一つだ。こんな生々しい化け物なんぞ一生拝めないと思って引き取った」

友人が手を無造作に幽鬼の腹へ置く。ただ敵意を放っていた幽鬼の顔が、怯え混じりの嫌悪に変わる。首を横に振る仕草に構わず、友人は幽鬼の臍から下を優しく揉んだ。途端、幽鬼の身体が跳ね、手から逃れんとしているのか僅かに身を捩らせた。揉んでは暴れを数度繰り返した末、友人の手が腹を強く押すと、幽鬼はそこを中心に激しく身を震わせる。明らかに気をやっている。

「……引き取ったのはいいんだが、残念ながら好みじゃなくてな。こうして虐めるのが関の山だ。折角買ったものが消えるに任せるのは惜しい。だから、お前、こいつを買わないか?」

「ああ……成る程」

気に入ったかと訊いてきたのはそう云うことか。一も二もなく返事をする。

「いいだろう、存分に可愛がってやる。幾らだ?」

「助かる。持つべきものは友だな、全く」

友人は満足気に歯を見せ、算盤を取りに立った。

残された己は、友人がしたのと同じように幽鬼の下腹に触れる。皮膚より下を捏ねるように手を動かすと、幽鬼の喉が潰れた蟇に似た音を立てる。封を解かれた時よりも辛そうに顔を顰めているのは、先程の辱めで余程体力を失ったのだろうか。

下腹など揉まれた程度で自然に達する筈はない。だから、何時かは分からないが、コレはそうなるように躾けられたのだ。慶安の世から今の時まで、何人の色狂いに喰われてきたのやら。きっと身に刻まれた倒錯は一つ二つでは済むまい。

愉しみで仕方ない。淫乱と責めながら突き、欲しいだけ搾ってみろと放りたい。たっぷり掘り込んでから腹の上に精を出し、飢えの苦しみと恥辱で歪み果てる面を見たい。誰もそれを責めぬ。……当の幽鬼以外は。

「まあ、人を喰らおうとしたなら、何を報いに受けてもおかしくない。そうだよな?」

手に力を込めると、幽鬼の腹は容易く乱れ、真鍮の瞳が薄らと濡れた。


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