第四章
双殛の丘に到着双殛の丘
共謀した浮竹と京楽の手によって、双殛の矛が破壊された。炎の鳥が花火のように弾けて消えていく。
⦅何だ? 矛が壊れた…? あれは――……なるほど、部下を救う為に裏切ったのか。確か…あの隊長二人は同期だったな……⦆
丘に辿り着いたカワキの目にも同じ光景が映る。見据えた視線の先、矛を破壊した浮竹と京楽の姿が見えた。
⦅朽木さん救出という目的は一護と同じ……つまりはこれで隊長格が二人脱落か。とはいえ――⦆
残った者達も強敵だ。全員を相手には出来ない。一護を死なせず、どうにかこの場を切り抜けないと。カワキは冷静に戦力を分析する。
降り注ぐ火の粉に、双殛の下では集まった者達が頭を庇っててんやわんやしている。その間に一護が磔架へ斬魄刀を突き立てた。
⦅ちょうどいい。これに紛れて近付こう⦆
地響きと共に土煙が舞い上がって、丘に大きな穴が開く。煙が晴れた磔架の先には、ルキアを小脇に抱えた一護が立っていた。
「そ…双殛の磔架を…」
「ブッ壊しやがった…!!」
「…な……何なんだあいつは!?」
集まった死神達は皆 驚愕に目を見開いていた。ルキアが不安げな色を滲ませて一護に訊ねる。
「い…一護…。訊くが…これからどうする気だ…? これ程の目の前で上手く姿を眩ませる方法など…」
「逃げる」
「! む…無理だ 相手は隊長だぞ…!! 逃げ切れる訳が…」
「じゃあ全員倒して逃げるさ」
一護は希望に満ちた顔で笑って言った。
「オマエだけじゃねえよ。井上も、カワキも、石田も、チャドだって来てるんだ。ガンジュも花太郎も、手伝ってくれた連中はみんな助け出して連れて行く」
ルキアが一護の声や眼差しに安心感を覚える。
「ぐあッ!?」
束の間、磔架の下からガシャアッと大きな音と悲鳴が聞こえた。ルキアが何事かと下を覗く。
「ぅわあ!?」「うっ!」「ぉぐッ!?」「ぐッ」
次々に雑兵が倒れていく。現れた人影にルキアが目を見張った。
「…お前は…恋次!!! カワキも!!」
「ルキア!!!」
『一護、こっちはあらかた片付いたよ』
土埃に紛れて近付いていたカワキが手を上げる。ルキアの救出に駆けつけた恋次と共に、集まった雑兵を片付けた。
「良かった! 生きておったのだな恋次!! 良かっ…」
「恋次! 受け取れっ!!!」
一護はルキアの言葉を遮ってその身体を持ち上げる。嫌な予感に汗する恋次とルキア。
予感は的中し、一護がルキアを放り投げた。カワキは飛んでくるルキアを何を見るともない目で見つめている。
「馬鹿野郎ーーーー!!!!」
何とか恋次がルキアを受け止めた。一護に怒鳴り散らす二人。一護は気にせず叫び返した。
「連れてけ!!! ボーッとしてんな!! さっさと連れてけよ!! てめーの仕事だ! 死んでも放すなよ!!」
その言葉を受け、決意と覚悟が漲る面持ちで恋次がルキアをグッと抱えて走り出す。カワキは遠ざかる背中を好奇の目で見つめていた。
⦅自分で捕らえに来ておいて、傷だらけになってまで彼女を助ける――理解し難い行動だ。一護も…よく彼に朽木さんを任せたな……⦆
皆が状況の変化に唖然とする中、真っ先に我に返った砕蜂が指示を出す。その声に、カワキも意識を戦場に戻した。
「何を呆けておるのだうつけ共!! 追え!!! 副隊長全員でだ!!」
雀部、大前田、勇音が刀を構えて走る。一護がその前に立ち塞がった。一斉に始解するも、瞬く間に伸されていく副隊長達。
カワキが感心したように『へえ』と呟く。夜一の宣言通り、短期間で腕を上げた一護の成長速度はカワキが目を瞠るものだった。
一護の背に白哉の刀が迫る。
「…見えてるって言ったろ。朽木白哉!」
「…何故だ。何故貴様は…何度もルキアを助けようとする…!」
チリチリと競り合う刀が音を立てる。抑えきれない感情が言葉に滲む白哉に、非難の色を視線に乗せて一護が訊き返す。
「…こっちが訊きてえよ。あんたはルキアの兄貴だろ。なんであんたはルキアを助けねえんだ!」
「…下らぬ問いだ。その答えを貴様如きが知ったところで、到底 理解などできまい。…どうやら問答は無益な様だ」
白哉の常ならぬ様子にカワキの目が剣呑な光を宿す。いくら強くなったからと言って、一護と白哉が戦うのは看過し難い無謀な行動に思えた。
「行くぞ」
激しく気迫を放ち刀がぶつかり合う。どちらともなく刀が弾かれ、お互いに飛び退って距離を取った。
「…最早私のとる道は一つ。黒崎一護。貴様を斬る。そしてルキアをもう一度、次は私の手で処刑する」
「…させねえさ。その為に来た」
『……はぁ……』
カワキが物憂げにため息をついた。どうも朽木白哉は一護を己の敵と定めたらしい。一護も同様だった。
⦅これじゃ私が割り込んだところで解決しないだろうな……。リスクは大きいが――…ここは一護の好きにさせるしかない⦆
外套を脱ぎ捨てる一護。向かい合う白哉。カワキは二人の戦いが始まるのを見ながら、思案するように呟いた。
『さて、私はどうしようかな――』