第四幕〜となりまち〜その④

第四幕〜となりまち〜その④


ヴォルフの手術から2ヶ月が経過した。もう以前と同じ状態まで回復した彼は今日も元気に発明に励んでいる。

季節は貴重な雪解けの時期を通り過ぎ、長い冬の入り口に差し掛かっていた。

日中はまだ陽射しが暖かく、体を動かしていたらあっという間に肌着が湿ってしまうくらいだが、日が沈むとぐっと気温が下がり早朝には薄らと霜が張り始める。この時期にほんの少し早起きして外の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込めば、肺の奥底まで清廉な気持ちで満たされる気がして、ローは気に入っていた。


「そういや、ローさんの能力ってどんなことが出来るんだ?」

その日は珍しく四人とも仕事が休みだったので、森の人気のない場所で体術や剣術、狙撃の訓練を行っていた。

今は焚き火にあたりながら休憩中だ。

いつもなら話題を提供するのは美容院務めのシャチなのだが、この日はローの能力についてだった。

「そうだな……」

ヴォルフ同様に、彼らにもオペオペの実についてを『不老手術』を含めて説明している。彼らは永遠の命を得る手段を聞いても驚きこそすれど特に興味を示すことはなかった。

ローが欲しくないのかと訊いても、「みんなに置いてかれるから嫌だ」や「ローさんが死んじゃうなら意味がない!」と酷く怒りを見せていた。

ローを強大な力を手に入れる手段としてではなく、ロー個人として見てくれるからこそ、安心して打ち明けられたのだ。ローはそのことがとても嬉しかった。

「まず、ROOMで能力を使用できる空間を作るんだ」

「あの青っぽい膜だよね! 能力って不思議だな〜」

「ああ、他にも出来ることはいくつかあるぞ」

ローが指を三本立てる。

「一つはROOM内の物を入れ替えるシャンブルズ。これはお前らと初めて会った時に使ったやつだな」

あの時の痛みを思い出したのか、ひえぇとシャチとペンギンが首を竦めた。それに構わず話を続ける。

「二つ目は物を動かすタクト。まだあまり重い物は動かせねぇから練習中ではある。そして…」

ほへ〜と口を空けているシャチたちの前でローは徐に服を捲り上げ、腹に手を宛がった。

「取れろ!」

掛け声と共にすぽん!とその手に収まったのは赤く脈打つ臓器、肝臓だった。

「は…? え、あ、は?」

「えっえっえっ……………、……え?」

「???、??……、???」

突然目の前に現れた臓物に目を白黒させてフリーズしてしまっている三人に説明する。

「これはな、任意の臓器を抜き取ることが出来る技だ。まだ名前は決めてねぇけどな」

スゲェだろ、と手に持った肝臓を差し出せば固まっていた三人が一斉にローに詰め寄ってきた。

「大丈夫なのローさん!?!? えっ死んだりしないよね!?!? 大丈夫だよね?!??」

「痛くないんすか!?!? おれなら絶対耐えられねぇ!!!!」

「ローさん!! 早く戻してぇ!!」

三者三様の心配の仕方に思わず笑みが溢れてしまう。

「落ち着けよ。能力で取り出したから生きてるし痛みもねぇ。またこうして嵌めれば…ほら、戻っただろ?」

ローの手の中で元の位置に戻った肝臓を見てようやく安堵する三人だったが、次の瞬間にはハッとした表情になり、みるみる内に青ざめていった。

「も、もしかしてその技って他人に使えるんすか……?」

恐る恐るといった様子でシャチが尋ねる。その問いにローはニヤリと口角を吊り上げた。

「試してみようか?」

「「「遠慮しますッッッ!!!」」」

「おい! なんだその反応は! 人がせっかく貴重な体験させてやろうってのに!」

「「「いいです! いらないです!!!」」」

その後何度か「遠慮すんな」「いやいやいいです」のやり取りを繰り返し森を何周かしたところでローは諦めることにした。

まぁこの技に関しては今すぐ使うつもりはないし人体実験なんてするつもりも今はない。いずれ機会があれば使ってみたいとは思うが……。

「それで、この技の名前を決めてェんだがいいのが浮かばなくてな。何か案はねェか?」

「うーん……」

「ローさんの好きな言葉でいいんじゃないですか?」

「それじゃ面白くねェだろ。なんかこう、言いやすくて、あとカッコいいのがいいんだが……」

一応候補として取れろの他に「もげろ」も考えてたと腎臓を取り出しながら言うローにシャチ達は揃って「いやいやいやいや」と首を振った。

「じゃあなんだよ。何か良いのあんのか」

「う〜ん……。スクエアはどう?それかキューブとか」

「スクエア、スクエア…キューブ、キューブ…。しっくりこねえな」

にべもなく却下されてベポは膝を抱えてずーんと暗い空気を纏ってしまった。

まーた落ち込んでやがる。

そんなベポを慰めるようにペンギンが頭を撫でながら、「サイコロは?」と呟いた。お前昨日のトカゲ肉のサイコロステーキから持ってきただろ。

「サイコロ! っつったら臓器が出てくるのか」

確認するように口に出すとシャチがうげぇと顔を顰めて舌を出した。

「そもそもなんすけど。オペオペって言うなら医療用語とかどうですか?……まあ、メスとか」

シャチの提案を舌に乗せ、何度も口の中で転がしてみる。メス、メスか……。メスは切るための道具だし付けるなら斬撃技の名前にしようかと思っていたが。…意外としっくりくるな。

「シャチ…いいなそれ。じゃ、メスにしようかな」

「おっしゃ!」

シャチがガッツポーズをし、ベポとペンギンがずっりぃ〜と声を上げる。

「ローさん! おれも名前つけたい!」

「おれもいいですか!」

「また新しい技思い付いたらな」

「「「アイア〜イ!!」」」

拳を突き上げる子分兼友達に、ローの唇は弧を描いていた。


本日の夕食当番はペンギンだった。職場のレストランで出される賄いで美味かったメニューを教えてもらい、作ってみたところロー達に大好評だ。

特に汁物が美味しかった。ぶつ切りにされた魚はよく身が締まり、魚介の出汁と味噌を存分に吸った根菜たちは舌で噛み切れる程柔らかくなっていた。

汁をひと口啜れば味噌の甘みが口一杯に広がり、早く米を寄越せと急かしてくる。その欲求に逆らわずしっかり炊けて粒が立った白米を掻き込んでやれば、野菜と魚の旨みが米と混ざりあって、思わず声を出してしまうほどに美味かった。

「うっま……」

感嘆の声が漏れてしまうローにペンギンが嬉しそうに鼻の下を擦る。

ベポとシャチはおかわりしすぎてヴォルフに小突かれていた。

食事が終わると夜はぐっと冷え込んでくるためみんなで暖炉の傍に集まり、日中の出来事や仕入れてきた面白い話に花を咲かせた。

話が盛り上がると止まらなくなるロー達に機を見て風呂に入れとヴォルフが促し、入浴後は寝室で枕投げをしたり再びお喋りで盛り上がる。そして夜が更けてくるとヴォルフの「早よ寝んかぁ!」の声に慌てて布団の中に潜り込んで就寝する。

そんな騒がしくも楽しい毎日をローは気に入っていた。ずっとこんな日が続けばいいのにと思う程に。



「お疲れ様でした」

風邪で診察に来てたじいさんを見送って、今日の診察は終了だ。朗らかに笑う先生と看護師に挨拶をして白衣を脱ぎ、退勤する。

空を見上げれば陽はだいぶ傾いて反対側から濃紺がじわじわと迫ってきている。最近は暗くなるのが早くなってきたな。

暦は10月に入った。このスワロー島は冬島らしく11月の少し前には本格的な冬がやってくるのだ。

ビュウ、と首元を撫でる風はすっかり冷たくて、ローは首を竦めながら自転車を押していつもの集合場所へと向かった。

「今日はおれが一番乗りか?……ん? なんか書いてある」

集合場所には誰もいなかった。それはいいのだが、いつもと違って地面に書き置きのように文字が彫られていた。覗き込んでみると『ローさんへ』と書かれていた。

『先に帰ってます。ゆっくり帰ってきていいからね! ベポ・ペンギン・シャチ』

メッセージの側には動物のシロクマとペンギン、シャチが描かれていた。

「あいつら……」

どうやら先に帰ったらしい。せっかく一番乗りだと思ったのに…。少し残念だがまあいいかと思い直して、ローは自転車に跨った。

帰り道は下り坂が多くペダルを踏む足に力が入る。ぐんぐんスピードを上げて進み、あっという間にヴォルフ達の待つ家に着いた。

「ただいま」

ドアを開けた瞬間、パァン! と破裂音がいくつも響いて咄嗟にローは腕で頭を庇った。

「「「ローさんお誕生日おめでとう〜〜〜!!!」」」

しかし聴こえてきた声に恐る恐る顔を上げるとそこにはクラッカーを持ったベポ達がいた。

「え……?」

何が起こったのか理解出来ず呆然としているローにベポ達が照れ臭そうに笑いかけてくる。

「今日ローさんの誕生日だって聞いたんだ」

「だからお祝いしようと思って」

「じいさんも一緒に飾り付けしてくれたんだ。見てくれよ!」

指差す方向を見ると、部屋中に折り紙で作られた輪っかがぶら下げられていて、テーブルの上には沢山のご馳走が並べられていた。どれもこれもローの好物ばかりだ。

ローは胸がいっぱいになって鼻の奥がツンと痛くなった。泣きそうになるのを必死に堪える。

「ねえねえローさん! 早くこっちに来てよ! 座って座って!!」

急かすように手招きをするベポ達に手を引かれ席に着くと、目の前にケーキが置かれた。少しばかり不格好な形のケーキだったが、一目でそれが一生懸命に作られたものだと分かった。たくさんの愛が込められたローのためのケーキだった。

「おれ達が作ったんだよ!」

「ペンギンとこのレストランで作り方教わって、飾り付けまでみんなでやったんすよー!上手く出来てるでしょ?」

「お前ら……」

「ほら早くロウソク消してください」

促されて火を吹き消すと拍手が起こり口々におめでとうの言葉が浴びせられる。

「ロー、誕生日おめでとう。……まぁなんじゃ。友達の生まれた日だからの。ワシらも祝ってやりたいと思ってな」

照れくさそうに視線を外しながらぽりぽりと頬を掻くヴォルフがこちらに向き直って微笑んだ。

「じいさん……」

その言葉を聞いた途端、とうとう我慢していた涙腺が崩壊してしまった。ポロリと一粒の雫が零れるともう駄目だった。次から次に溢れてきて止まらない。

「……な、なんじゃ。泣くほど嬉しかったんか。…おいロー?」

「えっどうしたのローさん!? もしかしてこういうの嫌だった…?」

「マジかよ!? おれらはなんてことを…」

慌てふためく彼らにローは涙を拭いながら必死で首を振る。

「違う、ちがうんだ。……おれ、14歳になれるって思ってなくて…」

ローは生まれた時から寿命が決まっていたのだ。故郷が滅ぶ要因となった忌まわしい白い病気。父の解析データではローは13歳までしか生きられないことになっていた。だから、定められた命の期限を乗り越えた証を実感できることがとても嬉しかった。

そんなローの様子にベポ達は貰い泣きしてえぐえぐとしゃくりあげながらローにしがみついてきた。

あっという間にもみくちゃにされるローをヴォルフがとても優しい顔で見つめる。

「……さあ食うかの。冷めたら勿体ないからな」

「そうだね! おれ達も食べよう!」

「いっただきまーす!」

こうして賑やかな夕飯が始まった。ローは彼らが作った美味しい料理に舌鼓を打ちながら、心の底から幸せを感じていた。


食事を終え、後片付けも終わってひと段落するとベポ達はローにプレゼントを渡してきた。

「はいこれ! もうすぐ冬だからマフラー作ったんだ!」

「ベポだけじゃ心配だったんでおれらも手伝いました。おれとシャチからは手袋をどーぞ!」

渡された手編みのマフラーと手袋は保温性に優れたふわふわの糸で編まれていた。手触りはずっと触っていたいくらい気持ちいいし、デザインもシンプルだがロー好みだった。

「ありがとな。…大切するよ」

「よかった!喜んでもらえて嬉しい!」

ローは早速貰ったばかりのマフラーを巻いて、ベポ達のくれた手袋を嵌めてみる。

「わ、すっげぇあったけぇ」

マフラーと手袋を頬にあてて顔をほころばせるローに、ベポ達もニコニコしていた。

ちなみにヴォルフからは最新版の医学書を貰った。入手方法とか金とか気になることはあったが訊いてもはぐらかされてしまった。

その後は少し渋るじいさんも巻き込んで夜遅くまでゲーム大会をやって、四人で風呂に入り、リビングに布団を持ってきて五人並んで眠った。

「父様、母様。おれ、14歳になったよ」

ベポ達を起こさないように小声で囁いて、布団をそっと口元へ引き上げてふふ、と笑う。

じわじわ、ぽかぽかと胸に広がっていく喜びを噛み締めながら天国の両親へ語りかけた。

こんな風に歳を重ねていって、いつかおれも大人になれるのだろうか。

大人になった自分は、何をしているのだろう。コラさんの恩に報いることは出来たのだろうか。彼の最期の願いの通り、自由になれたのだろうか。

なぁコラさん。あんたのお陰でおれは14歳になれたんだ。

だから、この命は彼のために使おうと決めた。まだどうやるかは何も決まっていない。彼の愛にどうやって報いることができるのか、分からない。けれど。

『愛してるぜ!!』

あの人の愛が耳の奥で響く。あの日返せなかった言葉を、愛を返すために生きていこうと思った。ローがこれから行うこと全てで、コラさんへ「愛してる」と返せるように生きようと決意した。

「……コラさん、ありがとう」

ローはそっと呟いて、瞼を閉じた。


***


スワロー島に長い冬がやってきた。

今年は例年より積雪量が多いらしいが、一晩であっという間に雪景色に変わってしまったのには驚いた。フレバンスでもここまでは降らないから物珍しくて、ベポと一緒に外に飛び出してはしゃいでしまった。

「ベポはわかるけど、ローさんも子供だな〜」

「まあ仕方ねえよ。まだちっこいし」

シャチとペンギンの脛を蹴っておいた。割と強めに。二人が悶絶し雪の上を転げ回っているが知ったことか。おれの成長期はこれからなんだ。すぐお前らなんか抜かしてぐんぐんでっかくなってやる! 目指すはコラさんだ!

「さてガキ共! バギーに乗り込め。今日は町へ行くぞ!」

「えーなんでだよー。今日せっかく休みなのにー」

「早う乗れ! 人手は多いに越したことはない。それにちんちくりんのガキでも若手がいれば少しは助かるからな!」

目的も告げられないままロー達はヴォルフのバギーに乗ってプレジャータウンにやってきた。

町では住民たちがスコップやら大きな木のヘラを持って中央部に集まっていた。

「おう! ヴォルフんとこも来てくれたか!助かるよ!」

駐在のラッドが手を振ってこちらにやってくる。頭に大量の? を浮かべるローとベポの隣で、シャチとペンギンが「もうそんな季節かぁ〜」と呟いていた。

「ねー今から何するの?」

尋ねるベポに、シャチが答える。

「除雪作業だな。毎年この時期になると住人総出で雪かきをするんだよ。今年は積雪量も多いみたいだし、屋根から落ちてきた雪で怪我人も出るから、早めに手を打っておかないと大変なことになるんだ」

「ああ、それで人手がいるって言ってたのか……」

「へ〜。おれ雪かき初めてだから楽しみ!!」

話しながら歩いていると、前方の方で歓声が上がった。そちらを見ると、20そこそこの青年たちが大きなスコップで屋根から豪快に雪を落として、住民達に指示を出しながらどんどん雪を片付けていく。

「すっげぇ!! みんなすごい力持ちだね!?」

「いやぁ、それほどでも。普段は使わない筋肉使うから腕がパンパンになるんだよ。……よし、じゃあおれらも頑張りますか! 道具とかはあそこの人達に聞けばいいからね」

ベポが目を輝かせて興奮気味に言うと、大人たちは照れたように笑う。

彼らに促されてロー達もスコップを持って雪かきに参加することになった。

屋根に登り、滑らないように足元に気をつけながら固まった雪をザクザクと掬い上げて下へ落としていく。

思ったより重労働だ。早くも腕が少し痛い。

「おーい! そっち終わったならこっち手伝ってくれー!」

「了解っす! ほら、ローさんとベポも行くよー」

「うんっ」

「わかった」

シャチに呼ばれてローとベポも反対側の屋根へ移動して、同じように雪を落とす。そうやって町中の屋根を渡り歩いて落としきった頃には太陽が傾き始めていた。

「はい、お疲れ様! いやぁ助かったよ! ありがとうな!」

ラッドに声をかけられてロー達も「いえ、おれたちも楽しかったです」と笑う。

「そうだ、これから炊き出しがあるんだが、どうだい一緒に食べないか? もちろんお前たちの分もちゃんとあるから」

でも、とシャチとベポがヴォルフを振り仰ぐと、彼はやれやれ仕方ないわいと言いたげに肩を竦めて頷いてくれた。

「じいさん〜ありがと〜!!」

感極まった三人がヴォルフに抱きついてガルチューするのに「ええい離さんかっ」と顔を真っ赤にして抵抗している。

「ローも遠慮せず食っていいからな!」

「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げてローは炊き出しの場へ向かった。

町の中心にある広場には、大勢の人たちが集まっていた。

「あら〜〜来てくれたのね〜!!」

「ローくん、ペンギンくん、シャチくん、ベポちゃん! さあさこっちにいらっしゃい!」

「たくさん食べてね!!」

町のおばちゃんたちが次々に声をかけてきてロー達は囲まれてしまった。口々に褒められてペンギンとシャチは照れ臭そうに頭をかいている。ベポはいつものようにかわいいかわいいと撫で回されていた。

「はい、これはローの分ね」

「…どうも」

おばさんが目の前にドンッと大きな器を置いた。中には野菜と肉たっぷりのシチューが入っていて、ほかほかと立ち上がる湯気の香ばしい匂いが食欲を刺激して口内にじゅうと唾液があふれた。

「いただきます」

帽子を膝に置きスプーンを手に取ってローは早速一口食べる。口の中でほろっととろけた猪肉は全く臭みがなくていくらでも食べられる気がした。ごろごろと入っている野菜たちもシチューの甘みや猪肉の脂を吸ってとても美味しい。

「うめぇ…」

思わず顔を上げて素直な感想が漏れ出ていた。それを聞いた周りの人達は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「そりゃあよかった!」

「いっぱいあるからじゃんじゃん食べてね〜!」

周囲を見るとペンギンとシャチはシチューにがっつきながら大人達と歓談している。ベポは獣の肉が食べられないので鮭が入ったシチューをおばちゃんたちにふわふわされながら食べていた。

あ、そっちのシチューも美味そうだな。次のおかわりはそっちにしようっと。

ローは二杯目のシチューを堪能しつつそんなことを考えた。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様。おいしかった?」

「うまかったっす!」

「良かったわ〜〜また今度も参加してちょうだいな! 次はおにぎりも用意しようかしらねぇ」

好物の名前にパッとローの顔が輝いた。それを目敏く見逃さなかったおばさんたちに「あら〜〜」と微笑まれて頭を撫でられまくってしまった。ちょっと恥ずかしい。

「今日はありがとなー! また来てくれよなー!!」

住民たちに手を振られながらロー達はヴォルフのバギーに乗りこんで町を後にした。豪快に雪を踏みつけながら進むバギーの中、

「いやぁ、みんな喜んでくれて良かったな」

「うん!!おれ、こんなにたくさんの人と話したの初めてだった!」

「……まぁ、たまにはこういうのもいいんじゃねえのか」

「次はおにぎり食べれますもんね」

「うっせ」

「えへへ! おれ、すっごく楽しかった!!」

「この町は助け合いを大事にしているからな。困ったことがあればお互いさまじゃ。どうだ、今日は楽しかったか?」

ヴォルフの問いかけにロー達は顔を合わせて大きく頷いた。

こうして初めての雪かきは楽しく終了した。



季節は冬真っ只中。外は吹雪くことが多くなり、仕事場へはヴォルフに送迎してもらうようになった。

朝は特に冷え込みがひどいのでベポの布団に潜り込んでぬくぬくさせてもらっている。ベポもいっぱいガルチューできるしおれもあったまれるからWin-Winだ。

そんなローには最近困り事があった。それは町に来た時のことだ。

「あらローくん! 今日もかわいいわねぇ〜」

「あらローじゃないか! お前はちっこいんだからもっと食べなさい! おばちゃんサービスしとくから!」

「ローくんはちんちくりんでかわいいねぇ〜」

「……」

少し前に雪かきを手伝ってから町の人から話しかけられることが増えたのだ。特に女性から(大体がおばちゃん)。しかもローのことを子供扱いしてくる。

ローはもう14歳だ。小さな子供って年じゃない。そりゃ、まだ身長は伸びないがきっと成長期はこれからなのだ。

それに正直気にしていることなのであまり小さい小さいと連呼しないで欲しい。あと可愛いは嬉しくない。男として。ローはむぅと唇を尖らせた。

「ローさんモテモテっすね」

「……うるせぇ」

ニヤつくペンギンに肘鉄を食らわせてやった。お前もシャチも陰で可愛い可愛いって言われてるんだからな。ベポが可愛いのは事実なので何も言わない。本人も嬉しそうだし。まだ10歳だし。

「早くでっかくなりてぇな…」

ポツリ、と切実な願いが口から零れた。それを聞いていたペンギンがまたニヤニヤしている。お前後で心臓メスな。

ただでさえ成長期に入ったペンギンとシャチは最近さらに背が伸びてきていて、ベポはまだ成長期に入ってはいないが元々ローより大きいので一番小さいのはローだ。

隣のペンギンとは頭二つ分くらい差があるから並んで歩いているとおばちゃん共から「あらあら〜」と微笑ましく笑われて居た堪れない気持ちになってしまうのだ。

そんなわけで。ローは大きくなるために毎日牛乳を飲むようになった。

日中はしっかり体を動かして朝と風呂上がりのストレッチも欠かせない。食事もあまり好き嫌いしないで食べるよう努力した。梅干しとパンはどうしても無理だが、苦手な酸っぱいものも我慢して食べるように頑張った。

努力の成果はなかなか現れない。食べるようになったからか筋肉は付くようになってきたが、相変わらずローはちんちくりんなままだ。

「そこまで焦ることはないと思うがなぁ…少しずつ大きくなればいい」

廊下の柱に傷を付けながらヴォルフが話しかけてきた。パッと見て分かるように柱にロー達の成長記録を刻み込むよう、ロー達から頼んだのだ。

新しく刻まれた記録の近くに薄らと別の線が刻み込まれていた。随分昔に入れられたものなのだろう。もう薄くなって消えかかっていた。

「でも、他の奴らはどんどんでかくなってるし」

「あいつらもまだまだ成長期だからの」

「そうだけどよぉ……」

項垂れるローを励ますように肩をぽんと叩いてヴォルフが立ち上がる。

「ほれ、そろそろ夕飯じゃ。今日の当番はお前じゃろう?」

「…もうおれよりシャチたちの方が料理上手いし。……おれが作ったやつは普通って言われるし…」

いじけ虫になったローにヴォルフはやれやれとため息をついて肩を竦めた。そして腰を曲げてローの耳元に口を寄せこっそりと囁いた。

「ワシはな。どっちかと言うとお前さんの作ったものの方が気に入っとる」

「え」

驚いて顔を上げるローに、ヴォルフはニイっと口角を吊り上げてみせた。

「ほれほれ、早うせんとみんな腹を空かせて待っておるぞ」

そのままさっさとリビングに行ってしまうヴォルフに背中を押されたローは、呆然と立ち尽くしてしまった。

「……ガラクタ屋のクセに」

ボソッと呟いた言葉は誰に聞かれることなく静かに溶けていった。


***


そうして努力を続けた結果、ローが16歳になる頃には190cm近くまで背が伸びていた。急激に身長が伸びたせいか尋常じゃない成長痛に苦しめられたが、その成果は確実に身を結んでいた。

散々ちっこいちっこいと揶揄っていたシャチ達を追い越した時の二人の顔はなかなか爽快だった。

ベポはおめでとー!と素直に祝福してくれて、本当に可愛い子分を持ったものだと心底喜ばしい。ヴォルフも満足気に頷いていた。

柱に刻まれた数々の記録を見下ろして、ローは口元を緩ませた。

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