第六話『戦争前夜』その4「District of Utnapishtim」
砂糖堕ちハナエちゃんの人キヴォトスの中心地、D.U。数多くの学園自治区を纏め上げる連邦生徒会のお膝元。
キヴォトスの政治の中心地であり、すべての権力が集まる場所。
そんな都市も表通りから数本奥に入れば、光の届かない暴力が支配する闇の世界が広がっている。
「おらっ!!さっさと持ってる物出しやがれっ!!!」
ドカッ!バキッ!!
「……っぐっ……何も……持って…ない…」
「嘘つくなよっ!!そんな甘い砂糖の香り纏いやがって!!砂漠の砂糖か金目の物さっさと出すんだよこのグズがっ!!」
ガスッ!!ドンッ!!ゴシャッ!!
「ううっ…あがっ……いぎっ……」
「アハハ!武器も持たずに丸腰で歩きやがって!!全裸不審者以下のイカれたお前にはお似合いの姿だよ。オラッさっさとくたばりやがれっ」
ドスッ!!ゴスッ!!グシャッ!!
「イギッ……ぎゃぁっ…うぐっ……」
昼間ですら薄暗い裏道、ましては深夜と呼べる時間帯。漆黒の闇に包まれ僅かな街灯の下で一人の少女が三人のスケバンから暴行を受けていた。
身体中に銃弾を浴び、血と泥でくすんだ銀髪の頭と狼耳を両手で庇うようにして覆いボロボロになった制服を纏った背中を丸くして蹲り、ひたすら暴虐に耐え続けていた。
しばらく続いたスケバン達の容赦ない集団リンチは少女のヘイローが消え、固く丸まっていた身体が脱力して横たわったところでようやく止んだ。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、やっとくたばりやがったぜ。何てしぶといんだコイツは……」
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ……でもこれでやっと砂漠の砂糖にありつけますぜリーダー」
「フゥッ、フゥッ、フゥッ……最近はどこも取り締まりが厳しくなって砂漠の砂糖が全然出回らなくなってますからね。アビドス行きの手段もすべて封鎖されちまってアタシらもう干上がりそうですぜ」
「ヘヘッ、さて早速"手荷物検査"でもやるかなっ……オラッ!!」
倒れた少女を蹴り上げ仰向けにすると制服の中に手を入れてまさぐるスケバン達。しかし……。
「げぇ…マジかよ……コイツ……何にも持ってねぇーじゃねーか」
「くそ…あんなに砂漠の砂糖の匂いさせてたくせに1パケすら持ってないのかよ」
「せめて金目の物って思ったら、財布も何も持ってないぞコイツ」
「ちぇー、ハズレかよ。しけてんな……おっ?」
殴り損かよ、と諦めて少女をどこかへ捨てようとした時、スケバンの一人が少女の制服の内側に何か固いカードの様な物が入ってる小さな隠しポケットを見つけた。
「なーんだ、持ってるじゃないかカードを」
「ヘヘッ、早く出せば痛い目に遭わずに済んだのに」
「ウヘヘ…さて、いくら残高残ってるかなぁ~限度額はどのくらいかな~」
ナイフで隠しポケットを切り裂いて、少し覗いていたネックストラップを引っ張ると……スケバン達が期待していた物とは違うプラスチックのカード――学生証らしきものが出てきた。
「何だ…カードはカードでも学生証かよ……」
「ちぇーっ、マジでウゼー。マジで殴り損じゃん」
「まぁ待てって。どこの学校の奴か分かれば良いんじゃね。コイツの学校へ行って因縁つけて金巻き上げようぜ」
「いいっすねぇ~!!丸腰で裏通り歩く能天気な奴の学校なら脅し上げればビビッてたんまりとれそうですぜ」
「さて……馬鹿なカモの学校はどこかな~ミレニアムかなぁ~潰れたトリニティかなぁ~~」
下衆笑いを浮かべながらスケバン達はどこの学校か確認するために汚れた学生証の表面――、学校名と校章の入ってる部分を見て、――凍り付いた。
「…………ヒッ」
太古の帝国のシンボルを現す三角形の図形の中心部に燦然と輝く砂漠の神、太陽神を模した紋章。
「…………ヒエッ」
持ち主の少女の血で汚れてもなお読み取れる「ABYDOS OFFICIAL」の文字。
「ぎゃああああああああ!!!!コイツ!アビドスの奴かよぉっ!!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!何でアビドスの奴が丸腰でこんなところで行き倒れてるんだよぉっ!!」
悲鳴と絶叫を上げてスケバン達は尻餅をついてそのまま後ずさりをする。彼女らに先程までの威勢は無くまるで生まれたての小鹿のようにガクガクと手足を震わせて怯えるのみ。
「ま、待て!!落ち付け!!おちけつ!!おおおおおおおおおおおおお前ら騒ぐんじゃねぇよ。アビドスの連中に聞こえたらどうすんだよ。そそそそそうだ!ここれは…ににににに偽物かもしれねぇーだろぉぉぉぉ」
「そそそそそそそうだよな……こんなところで丸腰で行き倒れる奴がアビドスの生徒なわけないだろろろろろろろ。偽物っすよね。あああアタシら脅すための偽物……」
「そそそそそそうすっよね。裏面の生徒証みればばばばばばば…こんなもの偽物だといいいっぱつですぜっ」
恐る恐るスケバン達は放り投げた少女の学生証を拾う。持ち主の個人情報が書かれた裏面は汚れて見えないので服の裾で拭き取ると浮かび上がった生徒の顔写真と目の前の倒れている少女の顔を見比べる。
少女たちの暴行で腫れ上がった瞼や激しい殴打による内出血により紫色に変色した頬は――それでもどう言いつくろってもこの少女がこの学生証の持ち主だと100人中100人は答えるぐらい同一人物だった。そうでなくてもヴァルキューレ警察学校の鑑識にかかれば一発でわかる。
「ぎゃあああああああああああやっぱりコイツアビドスの奴じゃねーか―」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!リーダーっ!!!どうしよおっ!!!」
「嫌だぁあああああ死にたくなぁい!!!死にたくなぁぁぁああい~~~!!!」
スケバン達は抱き合って震え泣き叫ぶ。それにはある理由があったからだ。
彼女ら裏社会に生きる者たちにはある不文律がある。
"決してアビドス関係者に手を出してはいけない"
砂漠の砂糖がブラックマーケットや裏社会を席巻して以来、多くの者たちが砂漠の砂糖を奪おうと、その利益を抑えようと、胴元を倒し乗っ取ろうと画策した。
彼らはけっして大人しく上から降って来る砂糖を言われるままにお金を払い相手の条件を呑んでこちらが何か払うと言う事をする性格ではない。
少しでも相手が隙を見せれば付け込み乗っ取り奪い去る。まさに弱肉強食の世界で生きる人種である。
大人しくアビドスサンドシュガーカルテルに従う者など最初から居なかった。しかし……事態は一変する。
アビドスサンドシュガーカルテルに手を出した者。砂漠の砂糖を独占する者。利ザヤを稼ぐべく砂漠の砂糖に混ぜ物を入れて粗悪品や類似品を作ろうとした者。カルテルに上納金を納めず、勝手に砂漠の砂糖で商売し利益を独占しようとした者。
そのすべてが倒され消されて行った。跡形も無く、何の一遍も欠片も痕跡も残さずに……。
やがて、裏社会の間ではある共通認識が広がってゆく。
"アビドス関係者に手を出すな。逆らうな。逆らえば必ず消される。"
ドラム缶でコンクリ漬けにされてシラトリ区の海に沈められる。殺され遺体は粉末にされて砂糖の原料にされる。
色々な都市伝説な噂が流れていた。
アビドスの奴らは何処にでもいてどこからでも監視している。どんなに隠れていても必ず見つけ出されて処刑される。ある時はゲヘナの制服を纏い、ある時はトリニティの制服を纏い、ある時はミレニアムの、ある時は百鬼夜行の――。
キヴォトスのあらゆる学園の生徒の姿をしてどこにでも現れ反逆者を必ず処分する。
中にはもう潰れて廃校になったはずのSRT特殊学園の制服を着たアビドス関係者が無断で砂漠の砂糖を売りさばいていたスイーツ店を小隊規模で襲撃してあえてその惨劇を残して見せしめにすると言う事件まで起きていたのだ。
スケバン達はその禁忌、なかでも重大なアビドス高校関係者――つまりはアビドスシュガーカルテル上位幹部クラスを襲い殺したことになる。もはや死すら生温いほどの大罪であった。
「ああああああアタシは知らないからなっっ!!!アタシは何もしてないっ!!!アタシは何もやって無いからぁあああああ!!」
一番にスケバンのリーダーが逃げ出す。
「あああリーダーずるいっ!!!アタシらリーダーの命令でやったんですよぉぉぉぉ!!!良いカモが居るって襲ったんですよぉぉぉぉ」
「逃げるなっリーダーっ!!!アタシらを見捨てないでぇぇぇぇぇぇx!!!!」
「来るな来るな来るなぁぁぁぁぁ!!!!お前らついて来るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「リーダーぁぁぁぁぁぁあああ!!アタシら一蓮托生ですからねっぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「死ねばもろともよぉぉぉ!!!リーダーぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーー!!!!」」」
悲鳴を上げて何度も転びながら逃げ去って行くスケバン達。やがて薄暗い裏路地に元の静寂が戻り、消えかけの古い街灯が横たわる少女の身体を静かに照らし続けていた――。
「………んっ……たす……かっ……た……?」
まるで死体の様に横たわる少女の身体が僅かに震え、ヘイローが再び灯る。奇跡的に少女は生きていたのだった。
「……んっ……行かなきゃ……あぐっ……ううっ……」
起き上がろうとする少女。しかしもう少女の身体は限界をとうに迎えていた。今や生きているのが奇跡のレベルと言ってもいいだろう。
何度も起きあがろうと続けるが遂に力尽き、汚水塗れの水溜りに少女は顔面から倒れ込む。
「ゴホッ、ガハッ…うぐっ…オエッ…」
汚水の飲んでしまい激しく嘔吐する少女。しかし、胃が空の為もはや胃液すら出ない有様でした。
「行かなきゃ……こんな……ところで……倒れちゃ……だめだ……」
少女は水溜りの中で惨めに藻掻き続ける。懸命に前へ進もうと……。
「お願いっ……動いて……みんなが……まってる……から……」
必死の少女の想いに彼女の頭上のヘイローが強く輝きを放つ。少女の奥底に眠る神秘の力が少女に力を与える。それでも立ち上がる事は叶わず、芋虫のように這いつくばりながら少女は少しずつ前へと進む。
僅か数百メートル、漆黒の闇の向こうに見える。まばゆい光を放つ華やかな表通りを目指して。
「せ……ん……せ……い……」
少女はボロボロの腕を必死に伸ばし、眩い表通りの光の先、小さく見える一棟のビルへと手を伸ばす。
右目は潰れ、僅かに開く左目を開き、その建物を見据える。
最後の希望はそこにある。
「たす……けて……せ……ん…せい……」
(つづく)