第六話「戦争前夜」(9)「勇者」

第六話「戦争前夜」(9)「勇者」

砂糖堕ちハナエちゃんの人



「ミネさん、お身体の具合はいかがですか?」


「ありがとうございますヒマリさん。おかげさまでここ数日は離脱症状もほとんど消え、幻覚にも魘されず心落ち着いて生活が出来ています」


「そうですか。それは良かったです」



 車椅子に座った少女――、ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女でミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である「特異現象捜査部」部長の明星ヒマリに尋ねられミネは答える。

 特異現象捜査部と呼ばれる一見医学部とは無縁の部署での問診と診察だがそれはミネを蝕み続けている砂漠の砂糖の特異な生来によるものであった。


「それにしてもミレニアムの科学力と医科学の先進さと高度さには驚かされてばかりです。この短い短期間、僅か7回の改良でここまで効果の高い治験薬を作れてしまうのですから」


 ミネは自分の座る椅子の横にあるイルリガードルスタンドを見上げる。そこには「蒼森ミネ様 治験薬(SP) Ver.7.00」と書かれた輸液バックがぶら下がり、そこから点滴の管がミネの腕に刺さっていた。

 戦闘での傷がほぼ癒え、砂漠の砂糖の禁断症状がセリナの懸命な支えと看護により峠を越した頃から蒼森ミネはミレニアムサイエンススクールが全力で開発を進め、砂漠の砂糖中毒の特効薬開発の為の治験に参加していた。


「ふふっ、何といってもこのキヴォトス一の頭脳、「全知」の学位を持つ天才清楚系病弱美少女ハッカーの明星ヒマリを擁する学園なのですから」


 胸を張り自信たっぷりに答えるヒマリにミネも笑みがこぼれる。


「何よりも問題解決に向けてあらゆる部署や派閥が垣根を超えて手を取り合い、全校生徒一致団結して問題解決に全力を注いでいる。お恥ずかしながら我がトリニティでは考えられません」


 ミネが何より驚いたのはミレニアムの生徒が全員が砂漠の砂糖を食い止めると言う共通の目標を抱え組織集団の壁を越えて協力し合っている姿だった。

 ミレニアムでは早い段階から砂漠の砂糖の被害とその原因と正体の解明に努めていた。砂糖が流入し、爆発的に広がってもまずは対処と再拡散防止のための処置を行い、そのあとはお互いに連絡や情報公開や意見交換を積極的におこなってきたのである。

 けっして砂糖を持ち込んだり広めてしまった生徒や所属団体を執拗に責め立て責任追及ややり玉にあげたりなんてしていなかったのである。

 そのため、砂糖の被害はある程度広まったものの、すぐに鎮静化出来き、それがキヴォトス三大校で最小の被害者数と中毒者数、そして不幸にもアビドス堕ちしまったた生徒の数の圧倒的少なさへとつながっているのである。

 パニックやデマといった風説や流布を抑え冷静に対応した結果、砂漠の砂糖がアビドスの一生徒が偶然発見した麻薬と言ったものではなく、あのデカグラマトン、もしくはそれに近い超常現象特異異能体に類すの物ではないかといった結論に達し、全校全ての個人・組織が惜しみなく自分達の得意分野知識や技能を持ち寄り事態解決に向けて邁進している最中なのである。


 それに引き替え我が母校はどうだったか?

 くだらない噂やデマに踊らされ冷静さを失い、砂糖を持ち込んでしまった・広めてしまった生徒や組織を全校上げて吊し上げ徹底的に紛糾し、己の身の保身や所属派閥を護る為だけに奔走し、情報共有はおろか協力体制も気づけず、騙し合い、足の引っ張り合い、責任や罪の擦り付け合いに発展し、砂漠の魔女こと浦和ハナコに付け込まれ見事に学園崩壊へと相成ってしまったのであった。


 もしも、トリニティにミレニアムのような冷静さがあれば、目先の事や自陣営の利益だけを考えるのではない広い視野があればまだ違ったのではないのか……そうすれば……ハナエもきっと――。


「ミネさん」


 思考の泥沼と自己嫌悪に入りかけたミネの手にそっとヒマリが自分の手を重ねる。


「あまり、自分や母校(トリニティ)を責めないでください」


「……申し訳ありませんヒマリさん」


「いえ、それに私達も一枚岩では決してありませんから――」


「反アビドス強硬派……でしたか」


「はい……」


 ほぼ砂漠の砂糖問題に解決の目途が立ち始めたミレニアム、今度は今回の事件の首謀者であるアビドス高校及び主犯格のサンドシュガーカルテルに対しての対処を巡り意見対立が勃発していた。

 連邦生徒会の名で再三、薬物製造及び頒布を即刻停止するよう通達をだしても反応はなく、対外資産凍結や経済制裁や物流網封鎖などを行い警告と締め付けをしているものの未だ効果は薄く、もはや武力侵攻は避けられない見方が出てきている。

 その武力侵攻の規模ややり方を巡ってミレニアムでは意見が対立するようなっていた。



 武力侵攻はできるだけ最小限に抑え、カルテルメンバーを捕らえ処罰するのを連邦生徒会や捜査部やヴァルキューレに任せ、法に乗っ取り厳正かつ平等に裁くべきであると主張するヒマリ率いる対アビドス穏健派


 徹底的な武力侵攻を行い、アビドスを完全に破壊し、カルテルメンバーらを極刑を含め厳しく処罰すべきだ、と唱える現セミナー生塩ノアら率いる反アビドス強硬派



 さらには「アビドス人は全員皆殺しにしろ」と叫ぶ過激派なる秘密地下派閥も居ると言う噂も流れており、学内は少しずつ不穏な空気が漂っていたのである。


 学内では穏健派・強硬派それぞれのビラやポスターが張られ、学内敷地を叫びながら練り歩くデモ行進や集会が頻繁に開かれ、両派閥の生徒が出合い頭に衝突して小競り合いになるなど一触即発の事態が頻発するようになっていた。


「このミレニアム随一の天才美少女ハッカーとしたことがミネさんには学内のお見苦しい所をお見せしてしまい本当に恥ずかしいくらいです」


「いえ気にしないでください。これくらいの意見対立でしたらどの学校でも見られる事です。私には健全な意見のぶつかり合い程度にしか見えませんから」


 しかし、権謀術数が渦巻く底の見えぬ地獄の泥沼模様溢れるトニリティで過ごしてきたミネにとってはこれくらいの小競り合いは取るに足りない、健全な物にしか見えなかったのである。

 放っておけばやがて妥協し合い、平和に着地するだろうと楽観視していたのであった。







「あっ!団長お疲れ様ですっ!ヒマリさんとの診察問診と面談、今終わったところですか?」


「お疲れ様セリナ。貴方も医療ボランティア活動終わったところですか?」


 ヒマリとの会合が済み、特異現象捜査部の部室を出た所でミネは"二人"の少女と出会った。一人は同じトリニティの救護騎士団の鷲見セリナ。

 そしてもう一人が――。



「師匠っ!お疲れ様ですっっ!!!」



 セリナの隣には元気な掛け声とともに勢いよく頭を下げるミレニアムの制服に身を包んだ床まで付きそうな長い黒髪を湛えた小柄の少女が居たのだった。



「お疲れ様アリス。初めての医療ボランティア実習どうでした?セリナの言いつけと私の教えを守り、ちゃんと任務を遂行出来ましたか?」


「はいっ!!アリス、師匠とセリナ先輩のご指導のおかげで無事任務完遂しましたっ!!パンパカパ~ン!!初実践クエスト完了!!ヒーラー勇者への道へまた大きく前進しましたっッ!!!」



 彼女の名前は天童アリス。ミレニアムサイエンススクールの1年生だ。彼女のまた砂漠の砂糖の被害者でもある。



 彼女の所属する部活動部「ゲーム開発部」も砂漠の砂糖に侵され飲み込まれてしまい、その特殊な生まれの為奇蹟的に無症状で済んだアリス以外のメンバーは全員重篤昏睡状態へと陥り今でも懸命な治療が続けられている。

 砂漠の砂糖に侵されなかったとはいえ、救う手段を持たないアリスは、時折意識を取り戻しては発狂して泣き叫び暴れる仲間達の前ではただ無力であり、何もできず打ちひしがれている時、ミネとセリナに出会ったのだった。


 ミネとセリナに何度も支えられ助けられようやく前を向けるようになったアリスは二人に頭を下げて必死に頼み込んだのであった。



 アリスはお二人に救われ前を向いて歩めるようになりました。

 今度はアリスがみんなを救う番です。今度こそ皆を救える救護騎士(ヒーラー系勇者)になりたいです!

 アリスをお二人のような立派な救護騎士(ヒーラー系勇者)に成れるよう鍛えてくれませんか?




 真剣なアリスの頼みに二人は快諾し、アリスに救護騎士団員としての知識やノウハウを授ける事にしたのだ。


 トリニティの救護騎士団詰め所は同時多発テロ事件で焼け落ちており、棟内資料室にあった膨大な新入団員向けの教育資料やマニュアルの大半は焼失してしまっていたが、僅かに焼け残った教本とミネとセリナがそれぞれ1年生の時に書き溜めたノートなど教育資料が多くありそれらを元にカリキュラムを作りアリスへと徹底的に指導教育し知識と技能を叩き込んだ。


 真剣に講義を聞き、ミネやセリナの教え一つ一つに目を輝かせて聞き入るアリスの姿。


 1年生と言う学年に小柄で真面目な姿はどこか入団直後の朝顔ハナエを彷彿としていて――、ふと気をゆるせばアリスがハナエに見えてしまい――、ミネもセリナもつい指導に力が入ってしまう。


 それは、彼女をハナエの二の舞にさせないために――、どこかハナエに対して贖罪しているようにも見えたのだった。



閑話休題



「アリスちゃん、自分から率先して動いてくれて、とっても力持ちで、私達が持ち上げれないような資材も軽々持って運んでくれたんです。消毒や包帯捌きも上達しててもう心配いらない感じなんです」


 セリナがアリスをベタ褒めしている。決してお世辞でも何でもない恐らく本当なのだろう。


 アリスの習熟度の高さに驚きながらミネはふとある考えが浮かんだ。


「アリス、あなた、救護騎士団2年次教育を受けてみる気はありますか?」


「2年次教育…ですか?」


 今、アリスはもう1年次の初等教育はほぼ大半を叩き込んでいて残りの応用編を教育しているのだが今の調子では次の2年次教育を受けさせても問題ないとミネは判断した。幸い2年次教育用の資料はセリナの復習用に元々持ってきており二人で共有させれば問題無いはずである。


「アリス、あなたの講義への真面目な態度、積極的な質疑応答態度、高い習熟度を鑑みて私はあなたに2年次教育を受けても良いと思っています」


「アリスちゃん!凄いね!飛び級だよっ!私と一緒になるんだよ?」


「っ!!!アリスやりますっ!!師匠っ!アリス次のTierへ進化したいですっっ!!!」


 セリナの説明にアリスは一層目を輝かせると喜んで参加表表明するのであった。







「~~~~と言うのがこの論理の解説です。アリス、セリナ分かりましたか?」


「はいっ!!アリス完全に理解しましたっ!!!」


「うううっ…意外と忘れてるところあった……」



 ミネの病室、ホワイトボードを前にミネの解説講義が終わったり一段段落したところで3人は手を止めた。


 一年次教育の応用編が終わり、小テストを行ったところまさかの満点を出したアリス。

 これは問題ないと判断したミネは2年次教育に入ることにした。

 セリナには復習を兼ねてアリスの勉強に合わせて同じカリキュラムを受けさせて見たのだった。

 ミレニアムの医学部の教育用BDも取り入れての比較的ハイレベルな授業にさすがのアリスも詰まる部分があったが横からセリナが助け舟を出すと言った感じで順調に進んだ。

 後半はセリナも忘れていたり勘違いしてる部分もありそのではミネの手振り身振りをつかった補足説明が生きたのであった。



コンコン♪


「失礼します。消灯時間を過ぎています。お二人は急ぎ退出してください」


 ドアがノックされ当番の看護学生が消灯時間を告げる。

 講義に熱が入り過ぎたみたいで気が付けばすっかり深夜と呼べる時間帯になっていたのである。


「二人とも今日はここまでとしましょう。授業内容はまた自室で復習を、まぁその前に今日はもう遅いですから早く帰って寝ましょう」


「「はい」」


 二人が元気よく挨拶をして本日の講座はお開きとなった。



「あの……ミネ団長。私残っても良いですか?」


 帰り際、不安そうにセリナが振り返る。


「セリナ……私はもう大丈夫だから」


「でも……またあの悪魔が……」


「大丈夫、治験薬がしっかり効いてるからもう苦しめられることはありませんよ。実際ここ数日、"あの娘"には会って無いですから」


「でも………」


どうやら心配性のセリナは帰らずここで寝ずの番がしたいようだ。しかし、ミネは知っている。

 セリナが自分に隠れて無理をし続けていることを。


「セリナ……あなた最近また睡眠時間削っているそうですね。通常の授業に放課後の医療ボランティア活動に私とアリスの講義。さらには戦闘職(ストライカー)向けの実技講習まで受けてるとか……あなたいったいいつ寝てるの?」


「ううっ……」


 どうやら図星のようである。よくよく見ればあれから上達したメイクでも隠し切れない隈がうっすら見えている。

 ミネは思わずため息をつくとアリスを呼ぶことにした。


「アリス、ちょっと良いですか?」


「はいっっ!師匠っ!!何でしょうか?」


 トテトテと駆け寄って来る小柄の少女に微笑むと、


「勇者アリスに"任務(クエスト)"を依頼します」


「っっ!!!!」


 アリスが大きく目を見開いた。アリスは大のゲーム好きで会話に良くゲームの用語を出して来るらしい。らしいと言うのはミネはもちろん全くテレビゲームをやらないのとセリナもあまり詳しくないからだ。

 それでもアリスとの会話で何個か覚えたテレビゲーム関連用語らしき単語を並べれば彼女は面白いくらいわかりやすい反応を示す。


「もう夜も遅いのでセリナを寄宿舎の自室まで警護して連れて行ってもらえますか、そして彼女が眠るまで傍で見張っててもらえますか?何ならセリナと一緒に寝ても構いません。勇者なら出来ますよね?」


「はいっ!!勇者アリス、師匠からの任務(クエスト)受付しましたっ!勇者の名に恥じぬよう必ず完遂して見せますっっ!!さぁセリナ先輩参りましょうっ!!道中はアリスがお守りしますっっ!!」


「えええっ!?待って、待ってアリスちゃん待ってっ、何てパワーなのっ!?びくともしないっっ!待ってアリスちゃん待ってっぇぇ~~団長!ミネ団長っ!!お疲れさまでした、お休みなさいませぇぇぇぇぇ~~」


 そう言うとアリスはセリナをしっかりつかむと引き摺るように出て行きセリナの声が小さく遠ざかって行ったのであった。




「さて、これで寝る準備は良しっと……あら?」


 アリスとセリナの声と気配がしなくなり、病室の片づけを済ましたミネ。

ふと見上げれば、治験薬の輸液バックは空になっており、最後の一滴がシリンダーへ落ちたのが目に入った。


(予定よりもずいぶん早く済みましたね?確か終了予定は朝のはず……)


 珍しい事があるのか、講義に熱が入り過ぎて点滴の管が何処かに当たり、滴下調整が狂ってしまったのか?


(体調の変化注意して明日朝、医学部生徒に相談しましょう)



 針と管は抜かずにエア噛みだけはしないように処置をするとミネは就寝するのであった。



(つづく)

Report Page