第六話「戦争前夜」(11)『絶滅計画』

第六話「戦争前夜」(11)『絶滅計画』

砂糖堕ちハナエちゃんの人


~特異現象捜査部の部室~



「ミネさんっっ!!!砂漠の砂糖中毒完治おめでとうございますっっ!!!」


「あ、ありがとうございます…ヒマリさん……」


「こんな奇蹟のような事が起こるなんて……今でも信じられませんっッ!!」



 顔を真っ赤にして鼻息荒く興奮状態で車椅子から今にも転げ落ちるのではと思うくらい身を乗り出して早口で捲し立てるヒマリにミネは思わず仰け反ってしまう。



 幻覚のハナエとの別れを経験した翌朝。ミネの身体に大きな奇蹟が起きていた。彼女の身体から砂漠の砂糖の因子が完全消滅し、中毒症状がすべて消え去っていたのであった。


 朝の定時の血液検査で信じられない数値を出し検査機器や注射器の故障を疑われ、ロットを変え、機種を変え、メーカーを変え、担当者を変え、何度血液検査を実施しても結果は同じ。


 早朝のミレニアムは一気にパニック状態になった。ミネは緊急の精密検査に駆り出され、長時間に渡り、何十何百と言う検査や調査を受ける羽目になってしまった。



 そして早朝から丸一日かかった検査の結果、蒼森ミネは世界で初めて砂漠の砂糖の呪縛からの生還者となったのだった。



「それから体内細胞の献体の申し出の快諾、本当にありがとうございました!!これでっ!やっとっ!やっとっ!砂漠の砂糖中毒の治療薬が完成しますっっ!!」



ヒマリの興奮は収まらない。



 ミネの身体にはもう一つ奇蹟が起きていた。彼女の体内に砂漠の砂糖の因子に対する強力な抗体が出来ていたのだ。

 これまでにも治験者の体内に抗体らしきものが出来る例はあったが、ミネの体内に出来た抗体はそれらとは一線を画すもので、まるで"砂漠の砂糖問題がすべて解決した未来から時と時空を超えてミネの体内へ特効薬が送られてきた"と言っても過言ではないくらいの強度と完成度をもっていたのであった。


「ミネさんの抗体には特効薬や予防薬すら生み出せる可能性があるのですっ!!これでもう私達は砂漠の砂糖を恐れる必要はなくなるんですっっ!!自分達の周囲に砂漠の砂糖が紛れ込み不可抗力で接触してしまう可能性に怯える日々も終わるんですっッ!!!」


 ミネの体内に出来た抗体に秘められた可能性は想像以上に高かった。現在中毒症状で苦しんでいる患者に対する治療薬だけではなく、予防薬すら生み出せる可能性があったのだ。これがあれば不意に砂糖を注射器などで撃たれたり、霧状の液体や気体状態の砂糖成分を吸い込んでも、食品に混入された砂糖を不可抗力で摂取してしまっても、中毒症状を防ぐことが出来るのだ。

 もはや無駄に甘ったるいだけの食品添加物になり下がった砂漠の砂糖は脅威でも何でもない。今の爆発的な広がりも止み、売れなくなればアビドスも製造や頒布も止めるはずである。

 不良在庫と負債と化した大量の砂漠の砂糖を抱えアビドスの経済を破綻に追い込めば、彼女ら(アビドスカルテル)は嫌でも救済を求め、和平交渉の場へと出て来るだろう。ミレニアム学内の反アビドス強硬派・過激派が掲げる対アビドス武力軍事侵攻などせずに平和にこの事件を解決するきっかけにすらなるのだ。


「ミネさんっっ!!あなたは私達の救世主です!!このミレニアムの超天才美少女の私ですらが無しえなかった事を――、っっうぐっっ!?ゲホッゴホッガハッゲホッ!!」


「ヒマリさん……どうか落ち着いてください」


 興奮のあまり激しく咳き込むヒマリにミネはすっかり慣れた手つきで彼女の車椅子に備え付けらた緊急用の酸素吸入器を取り出し、酸素マスクをヒマリに装着させ、ボンベ内の酸素を送る。

 先程から何度も同じことを繰り返してて、気が付けばもう3セット目の消費したところであった。


「フーッ、フーッ、フーッ………ありがとうございますミネさん。清楚で可憐な病弱美少女らしかぬお見苦しい所を何度もお見せしてしまい申し訳ございません」


「私は気にしてませんからご安心を」


「重ね重ねありがとうございます。ですがどうかご理解ください、この誰もが認めるミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカーである私が取り乱すほどの偉業をミネさんは成しえたのですよ」


さて、と軽く咳払いをしてヒマリは姿勢を正しミネに向き直る。


「早朝から夜深くまで長く厳しい精密検査にご協力ありがとうございました。無事完治と言う事でミネさんには明日で退院し通院生活に切り替わり、今後は経過観察をしつつ一般生徒と同じ生活をする事になると思います」

「なので入院以来、毎日この特異現象捜査部での私との問診面談は今日が最後になります。世界を照らす太陽のような私の顔と天使の歌声にも勝る世界一美しい私の声を独占できなくなりミネさんにはとても辛いでしょうがどうかお許しいただきたいのです」


「いえ、私は……」


「ああっ、言わなくてもミネさんのお気持ちは分かります。私と会えなくなるのがとても辛いのですよね!わかりますとも!ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてキヴォトスに咲く一輪の高嶺の花である「特異現象捜査部」部長、明星ヒマリの時間を独占し二人っきりでお話しできるなんてキヴォトス史上先にも後にもミネさんしかいませんからね!」


「あの……ヒマリさん?」


「ふふふふふ…ご安心ください。ミレニアムとキヴォトスを救ってくださった私の次に偉大なミネさんに、このミレニアムの清楚な高嶺の花であり、ミネさんの憧れである「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女である明星ヒマリより特別にプレゼントがありますっ!!」


「私との最後の問診に特別に何でも聞ける質問タイムを差し上げます。さすがに機密保持事項に関わる事はお教えできませんが、それ以外でしたらどんな事でもお話しますよ。キヴォトスのあらゆる情報を観測できるこの天才美少女ハッカーに不可能はありません!エイミの黒歴史ノート全文公開に、ちーちゃんの幼稚園時代のおねしょ秘話など何でも聞いてくださいっっ」


 上機嫌に鼻を伸ばし、むふ~とドヤ顔を決めるヒマリ。そんな微笑ましい姿の彼女に申しわけさを感じつつもミネは「特に何もありません」と断りをいれようとして――、



団長にっ!!私からプレゼントがありますっっ!!



突然ミネの脳内に声が響く。



オリジナルのハナエに、そしてこのキヴォトスに破滅を齎すものの正体の答えがありますっっ!!



あの幻覚の少女の声がミネの脳内に響き渡る。



明日、ヒマリさんに尋ねてください。



「あの……ヒマリさん。お聞きしたいことがあります」


脳内に響く幻覚の少女の声に合わせてミネの口が無意識に開き言葉を紡ぐ。


「はいっ!!何でしょうか!?ミネさんは何が知りたいですか?ちーちゃんのおねしょ話ですか!?エイミの黒歴史ノートですか!?」




作戦コードMSS-TSOCC-20210204



「作戦コードMSS-TSOCC-20210204、とは何でしょうか?」



「―――!!」


「っ!!」


 ハッとミネは正気に戻る。自分は何を言った?幻覚の少女の戯言を真に受けて何を呟いたんだ、と。


 慌ててヒマリに「今の質問は忘れてください」と言うとして――、ヒマリが見た事無い表情を浮かべているのに気が付いた。



「……それをどこで知ったのですか?」


「えっ?」


 聞いた事のない、底冷えするような声がヒマリの口から洩れる。



「その作戦コード、です。一体何処からどうやって知りえたんですか!!ミネさんっっ!!」


「っくっ!?」


 ヒマリが懐から愛銃「高嶺の花」を取り出し構えミネの眼前に突き付ける。


「ミネさん、今あなたが呟いたのはこのミレニアムの最高機密です。簡単に学外の者が口にし、触れてよいものではありません」


「ヒマリ…さん……」


「もう一度お尋ねします。ミネさん、先程の言葉…いつ、何処で、誰から、どうやって、知りえたんですか。包み隠さずすべて話してください。ただし、答えの内容によっては……私はここであなたを撃たねばならないかもしれません」


「…………」


 ミネは答えに窮してしまう。まさか、「砂漠の砂糖中毒による幻覚症状が作り出した後輩(朝顔ハナエ)が教えてくれました」なんて口が裂けても言えなかった。


 ミネは砂漠の砂糖の幻覚について詳細を誰にも話したことが無かった。


 砂漠の砂糖の中毒症状で、幻覚が見える……までは治療担当の生徒や医学部の生徒、ヒマリにも話していたがどんな幻覚が見えるのかまでは誰にも話してはいなかったのだ。

 だからあの幻覚のハナエの事は誰も知らない。唯一例外は幻覚症状に苦しめられ泣き言を吐いているところを偶然見てしまったセリナただ一人だけだ。

 そして、ミネは何故か今でも幻覚ハナエの事は誰にも話したくなかった。


 それが例え相手がヒマリであっても――。



「お願いですミネさん。正直に答えてください。私はあなたを撃ちたくありません」


 ヒマリが懇願する。


 それでも、それでも――。


「申し分けありません。それは……お答えできません」


「ミネさんっっ!!」


 ミネは深々と頭を下げた。頭部にヒマリの銃が触れるのが判った。



「……………………」


「……………………」



 どのくらいの沈黙が流れただろうか。ミネはヒマリやミレニアムからの信頼を今すべて失った、そう最悪を覚悟した。



「…………ミネさん」


「はい」


 最初に沈黙をやぶったのはヒマリだった。


「ひとつ……ひとつだけお聞かせください」


「はい…」


「あなたは、ソレを知って何をするつもりですか?私達に仇なすおつもりでしょうか?このミレニアムに、キヴォトスに厄災を齎すおつもりでしょうか?」


「いいえ――」


 ミネがゆっくりと顔を上げヒマリを見つめる。二人の強い視線が交差し激しくぶつかり合う。


「それは決してありません。この蒼森ミネ、トリニティはヨハネの名の下、救護騎士団団長としてそのような意思がない事を誓います。それでもヒマリさんが撃つと仰るなら……私は貴女に撃たれても構いません」




「……………………」


「……………………」




 再び沈黙があたりを支配する。どのくらい経っただろうか、不意にヒマリがその表情を緩める。


「……わかりました。ミネさんを信じましょう」


「ヒマリさん……」


「この「全知」の頭脳を持つ天才清楚系病弱美少女ハッカー明星ヒマリを軽々と超える奇蹟を起こしたミネさんです。きっとこれもあなた方の信仰する神からの思し召しなのかもしれません」

「良いでしょう。ミネさんのその質問にミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカーがお教えしましょう」


 そう言うと特異現象捜査部の部室のコンピューターが一斉に唸りを上げフル稼働状態になる。

 そして周囲を囲むように膨大の空間ホログラムモニターが現れてヒマリはそれらを目にも止まらない速さで処理していく。


「ミネさんがおっしゃった「作戦コードMSS-TSOCC-20210204」とは、このミレニアムが崩壊の危機に立たされた時に滅亡からこの学園と生徒達を救うために作られた特殊作戦指令を出せる命令コードなのです。

これが一度発動されてればミレニアムのすべての規則や校則、条約・契約が無効化されこの作戦コードのみ有効となります」

「そしてミレニアムのすべての人材・資金・資材・物資・兵器が無制限で使用可能となり、この作戦コードの障害となる物はすべて排除せねばなりません」

「それがミレニアム以外のすべての学園を敵に回すことになっても連邦生徒会やそれこそシャーレですら敵に回ればミレニアムを害する障害として完全除去しなければならない、それくらい危険な作戦コードなのです」

「もちろんその存在は秘匿とされ、最高機密扱いになります。セミナーですら知る者は無く、知っているのは歴代セミナー会長と現セミナー会長。そして特別にヴォトスのあらゆる情報を観測できるこの天才美少女ハッカーでミレニアムが誇る天才美少女であるこの私だけとなっています」


 目に見えない速さで次々と認証処理を済ませるとヒマリとミネの前に一つの大きな画面が現れる。ミレニアムサイエンススクールの校章を背景にコマンド画面が現れた。


「そんな危険極まりない作戦コードですがご安心ください。この作戦コードはミレニアムサイエンススクール創設以来、まだ一度も発令されたことが無いのです。天童アリスの事件はもちろん、あの虚妄のサンクトゥム事件の時ですら終ぞ発動しなかった代物です。皆この作戦コードの重さを十分理解しているのです」


 コマンド画面に作戦コード名を入力していくヒマリ。



「だからご覧ください。このように画面を開いても何も無い――」



 ヒマリの言葉は続かなかった。



 何も表示されないはずの画面。



 しかし、ひとつだけファイルが表示されていたのだ。



 存在しないはずの「作戦コードMSS-TSOCC-20210204」の実行ファイルが――。



「そんなバカなっっっ!!!!!」



 ヒマリが叫ぶ。



「あの子はッッ!!ノアはッッ!!一体何を考えているのッッ!!」



 それは悲鳴に近い叫びだった。ヒマリは震える手でその実行ファイルを開く



「作戦コード:MSS-TSOCC-20210204」


「作戦名:アビドス絶滅計画」



 それは身の毛のよだつ恐ろしい内容だった。


 アリウス分校が開発したヘイロー破壊爆弾、それを高威力広範囲型かつ"砂漠の砂糖の因子を持つヘイローにのみ"に効くように改良した物を巡航ミサイルに搭載してアビドスに撃ち込み、砂漠の砂糖中毒者を無差別に全員抹殺し、

 無人になった後のアビドス自治区へTNT火薬換算100Mtと言う途方もない破壊力を持つ重水素を使った熱核兵器で爆撃して文字通り跡形も無く消滅させると言った物であった。

 核爆発によりアビドス自治区は砂一粒残さず消し飛び、後には1000年以上生物はおろか草木も生えず人が立ち入れば数分で死に至る高濃度放射性物質汚染された呪われた死の大地が広がるのだ。



アビドスとその周囲の罪のない無関係の幾多の中小学園自治区を道連れにして――。



「ノア……あなたは悪魔にでもなるつもりなのですか……キヴォトスを滅ぼす災悪の存在にミレニアムをするつもりなのですか……」



 呻くようにヒマリが呟く。



 その横でミネは表情の消えた顔で静かに身体を震わせていた。




あははっ、残念ですねっ!!ハナエを救えたミネ団長!!これであとはハッピーエンドを待つばかり――だったその瞬間、無惨にもハナエの命は奪われてしまうのですっ!!



幻覚の少女が嗤う。泣きながら嗤う。




あなたの目の前でっ!!腕の中でっ!!ハナエは命を散らし惨たらしい最期を迎えますっっ!!あなたが一番信頼していた、味方だと思っていた者たちによってハナエの命は奪われてしまうんですっ!!



幻覚の少女の揺れる瞳は確かにミネに訴えかけていた。愚かな自分(ミネ)を嘲笑う言葉とは真逆の言葉を――。





「……………」



 画面を見つめていたミネがゆらりと立ち上がる。


「……ミネさん?」


 ヒマリの呼びかけにも反応は無く、ゆらり、ゆらりと幽鬼のようにゆっくりと特異現象捜査部の部室の出口へと向かって行く。


「ミネさんっっっ!!!!!」


 ヒマリの今出せる精一杯の叫び声に、ドアノブに手をかけドアを開きかけた所でようやくミネの動きが止まった。


「ミネさん、どこへ行く気ですか……?」


「……………」



 ヒマリの問いかけにミネは何も答えない。



「……何をなさるおつもりなんですか?」



 ドアに手を掛けたままこちらを振り向く事無くミネは呟く。



「ヒマリさん……私はヒマリさんやミレニアムサイエンススクールに怨みはありません。寧ろ感謝の気持ちしか無いのです」


「瀕死の重傷を負い生死の境をさまよっていた私やツルギ委員長の命を助けて頂きました」


「砂糖の中毒症状に苦しむ多くのトリニティの生徒を無償で治療して頂きました」


「ティーパーティーのセイア様、ナギサ様、そしてミカ様を、ただの一般患者ではなく一学園の元首として敬い特別(VIP)対応までしていただいたのは誇りに思います」


「砂漠の魔女(浦和ハナコ)の蹂躙により帰る家を、生きる拠り所の学び舎を失ったセリナたちトリニティの一般生徒達を温かく受け入れ、ミレニアムの生徒達と変わらぬ学習生活環境を与えくださり、高度な学問知識を惜しみなく授けて頂けました」


「これほどの御恩、一体どうやってお返しすれば良いのか見当もつきません」


「ですが……ですが……」


 ゆっくりとミネが振り返り、ヒマリに顔を向ける。







 思わず、ヒマリは息を飲んでしまった。

 怒りと失望と悲しみでミネの顔はまるで色彩に染まって(テラー化して)いるかのように見えたからだ。





「どうやら…ミレニアムセミナーにはかつてないほどの相当強度の高い『救護』が必要なようですね」





 そう呟くと、ドアを壊れんばかりの勢いで開け放ち、飛び出したミネは廊下へと一気に駆け出していく。


「まってっ!!待ってくださいっ!!ミネさんっ!!!あぐっ!?」


 ミネを追いかけようと車椅子を発進させかけたところで激しい発作に襲われてしまう。


「ガハッ…まって…ゴホッゴホッ!?ミネ…ゲホッ…さんっ!!ぎゃあっ!?」


 胸を押さえ、それでもミネを引き留めようと前のめりになった拍子にヒマリは車椅子から倒れ落ち、床に叩きつけられ身体を転がす。


「ゴホッゴホッ!ミネ…さん…ゴホッゴホッゴホッ!!」


 うつ伏せに倒れ息すら出来ずに苦しむヒマリ。不自由な体では車椅子に戻るのも、車椅子に備え付けられた酸素吸入器を手を取るのも出来ない。そして今この部屋にはヒマリ一人しかいないのである。


「ううっ…ゴホッゴホッ、はやまらないで……ゲホッゲホッ…ミネさん…ガハッガハッゲホッゴホッ……」


 歪む視界と遠退く意識の中、ヒマリはただひたすらミネの事を案じるのだった。



(つづく)


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