第二章「儚い少女たちの祝宴」序幕
※第二章の書きたいところを書いたものです。
※登場人物の関係性や出来事などは私の想像に基づいて書いています。
閉ざされた城。花弁は雨に揺れ、少女達が軽やかに手を取って踊る。
振り下ろされる刃は雨に溶け、夢の様に消え去る。項をさらけ出した罪人を遺して。
「私の未来はこれじゃない」
スポットライトが照らすのは、紅きドレスを纏ったプリマドンナ。主演たる彼女が微笑むのは虚構か、あるいは、真実か——。
三人のクギ男事件をユーマが解決してから、しばらくの時が流れた。
元の世界において絆を結び共に事件を解決したハララとヴィヴィア、そしてヤコウの保安部としての悪辣な振る舞いに胸を痛めていたユーマだったが、カナイ区の人々は善人のみを殺害する第三のクギ男が逮捕、処刑されたことで不安が少し和らいだようだった。
ヘルスマイル探偵事務所の所長であるヨミーはユーマを労わってくれた。元の世界との大きすぎる差異に初めは戸惑っていたユーマも、徐々にヨミーに心を開き始めていた。
『全く、ご主人様は本当に甘ちゃんなんだから。オレ様ちゃんが代わりにしっかりしておかなきゃだね!』
死に神ちゃんの言葉に苦笑いを浮かべながら、ユーマは事務所の片付けを行なっていた。
現在事務所に居るのはヨミーと彼の補佐を行なっているスワロ、ユーマ(と死に神ちゃん)のみだ。他の超探偵たちは各々捜査に向かっている。
「ヨミー所長、終わりましたよ」
「ありがとな」
ユーマに頷いたヨミーは「スワロ、ユーマ。オメーらに調査してほしい事件がある」と口を開き、机の引き出しから数枚の紙——事件資料だろう——を取り出した。
「これって……!」
ユーマは思わず目を見開いた。
輝く花が揺れる花壇。眠っているかの様に倒れ伏す少女。しかし、彼女の頭には蛍光ピンクの血がベッタリとついている。
ユーマは彼女を知っている。元の世界でクルミ=ウェンディと知り合うきっかけになった事件の被害者であるアイコだ。
元の世界で見た写真とそっくり同じものをじっと見つめる。
(彼女はこっちの世界でも……)
『殺されちゃってるみたいだね』
そっと目を伏せるユーマとは対象的にスワロはじっと写真を見つめる。
「……これは、半年前エーテルア女学園の生徒が自殺したという事件の——?」
「あぁ。保安部が撮った写真だ。あるツテから手に入れた」
ヨミーは鼻を鳴らし頬杖をつく。
「探偵未満の素人でも飛び降り自殺なんかじゃねー、これは殺人だとわかる写真を撮っておくなんて、保安部の奴らは相当自信があるらしい。こんなもん知ってしまったからには……黙っておけねーよな?」
「ヨミー様の仰る通りです」
スワロがヨミーに首肯する。
「だろ? 愛する右腕スワロ。
……オレ達の使命は事件に真実と言う名の光を当て、全てを詳らかにする事だ。
スワロ。ユーマ。彼女の死の真相を明らかにしてやってくれ」
「「はい!」」
ユーマもスワロも当然頷く。探偵として、決して見逃すことは出来ないことだから。
「……頼むぜ。死んでしまったからとはいえ——いや、死んでしまったからこそ、彼女の意思を塗りつぶすなんてあっちゃならねーことだからな」
……かくして二人はエーテルア女学院に向かい歩みを進めた——はずだったが。
「ええっと、スワロさん。どうしてギヨームさんのところへ……?」
スワロはユーマをホテル・サンアンドムーンへと連れて行っていた。
『ご主人様と眼鏡ビッチが並んでると親子みたいだね! キャッキャッキャ!』
死に神ちゃんの揶揄いを黙殺して——決して、反論できないとかではない——スワロの言葉を待った。スワロはユーマへと視線を向け口を開く。
「これから私たちが調査するのは女学院よ?」
「は、はい」
「ユーマ。あなたはどうやって侵入するつもりなの?」
「え? ええっと……へ、変装とか?」
元の世界ではデスヒコの探偵特殊能力『変装』を使い女装して侵入した。
この世界のデスヒコ=サンダーボルトは保安部の幹部だとヨミーから聞いた。そのため、ヨミーに送り出された直後からどうやってエーテルア女学院に侵入するか内心で悩んでいたユーマだったが、ヨミーが当然のように送り出し、スワロも全く意を唱えなかったため言い出せなかったのだ。
「わかっているじゃない。変装するためにギヨームの力を借りるのよ」
「な、なんでギヨームさんの力を借りるんですか? 変装って……用務員さんとかですよね? それなら、わざわざギヨームさんの所じゃなくても……」
一縷の希望に縋って、ユーマは声を絞り出す。しかしすぐにその希望は打ち砕かれる。
「いえ。女生徒の変装よ。女学院では万が一が無い様に教師や用務員も全て女性を雇っているそうだから」
『ジャンジャジャーン! 今明かされる衝撃の真実ぅ〜! まさかまた女装することになるなんてね、ご主人様!』
(それっておかしくないかな!? デスヒコくんの探偵特殊能力で女装したからこそ侵入できただけで、ただの女装で侵入できるとは思えないんだけど!)
『同情するよ!』
全く同情していなさそうな死に神ちゃんのきゃらきゃらとした笑い声にユーマは頭を抱えたくなる。
元の世界で女装して侵入した時に羞恥心で死にそうになったこと、死に神ちゃんに変態だの貶されたこと、いつバレるかヒヤヒヤしたこと——その全てを思い出し底知れぬ絶望の中に沈むような気分になる。
……しかし。真実を明らかにする為ならば、仕方が無い。
いや、そうかな? そんなことないと思うけどな……?
納得いかないユーマを置き去りに自体はどんどん進んでいく。
そして十分後にはユーマ=ココヘッドの姿は美しい少女の姿へと様変わりしていた。
「や、やっぱり無理ですって女装で侵入なんて!」
頬を染め叫ぶユーマ。しかしどう見ても美少女が瞳を潤ませ恥じらいながら懇願しているようにしか見えない。謎の色気もある。
スワロとギヨームは無表情でユーマを見つめる。
「似合いすぎてムカつく」
『キャッキャッキャッキャ!』
放たれたギヨームの言葉に、死に神ちゃんは大笑いしながら周囲をふわふわと漂っている。
「そ、そんな理由でムカつかれても!」
叫ぶユーマ。しかし悲しいかな男性にしては高い声である彼の叫びは低めの少女の声に聞こえてしまう。
悲壮なユーマの様子に、心優しき巨躯の男ドミニクは労わるような視線を送っている。
「軽くメイクしただけで何その睫毛! これを含めた世の中の女の子がバチバチ睫毛を手に入れるためにどんだけ苦労してるのか分かってんのかー!」
「わ、わかんないですよ!」
『ご主人様の女装がどうしてこんなに似合うのかって理由で謎迷宮できちゃうかもね!』
(嫌だよそんな謎でできる謎迷宮!)
「何はともあれ——」
収集がつかなくなってきたギヨームとユーマの喧嘩未満の言い争いを収めるため、スワロが口を開いた。
「ユーマ。その格好なら侵入しても決してバレないわ。変にオドオドせず、堂々とするように」
「オドオドしない方が無理じゃないですか……?」
ユーマの切実な意見はしかしスルーされる。
「私はユーマの付き添いで来たという設定で行くわね」
念の為、スワロも世界探偵機構の制服を脱ぎパンツスーツに着替える。スワロの理知的な相貌にパンツスーツは良く似合う。
『大変だ、ご主人様。どっからどう見ても母娘だよ今の状態』
死に神ちゃんの揶揄いを再び黙殺した。しつこいようだが、反論できないから黙殺しているわけではないのだ。決して。
スワロと一緒にバスに乗り、エーテルア女学院に向かう。街の人々はユーマの女装を見破ることが出来なかった。誰も。
(ギヨームさんのメイク術は凄いなぁ!)
『ご主人様……もしかして開き直ってる?』
「着いたわよ。ここがエーテルア女学院ね」
スワロの声に窓の外へと目を向ける。
まるでお城のような雰囲気を纏う、雨の中の学院。少女たちの学び舎。
授業中なのか、校庭に人の気配は無い。一見無人のように見えるエーテルア女学院が重々しくユーマとスワロを待ち構えている。
——ユーマには、アイコの事件を解決するだけではなく、もう一つの目標を胸にここまで来た。
(カレン殺害をなんとしてでも食い止める……!)
保安部の面々が探偵に、探偵の面々が保安部になったような違いは見られるが、この世界でもユーマが元々居た世界と共通する出来事が起きている。
アイコの死はその一つだ。彼女が死んでいる以上、そしてその死が自殺として処理されている以上……彼女のための殺人が起きるかもしれない可能性は存在している。
——確かに、許せないかもしれない。人を殺しておいてのうのうと生きるだなんて。
——それでも、殺人だけはダメだ。絶対に……。
眠るように倒れた三人の少女。
血に塗れて伏せるヤコウ所長。
ユーマの脳裏に彼らの姿が過ぎる。
あんな悲しい事件は、もう起こさせない。
決意を抱いて、固く拳を握る。
バスから降りて校門へ行こうと歩き出すと、「あのっ!」と可憐な声が響く。
……ユーマはその声を知っていた。
振り返ると、そこには。
元の世界と変わらない笑顔を浮かべた、クルミ=ウェンディーの姿があった。
クルミこそ、ヨミーに写真を提供しアイコの死の真相を解き明かしてほしいと依頼した張本人だったのだ。
授業を抜け出してまで超探偵を迎えに行ったそうだが、まさかこんなに早く来てくれるなんて驚いた、と言い笑顔を浮かべた。
「保安部達を撒くのがなかなか大変で、最近まで依頼ができなかったんです。ヨミー探偵は有名ですよ、保安部を解体してくれるとしたら、彼だろうって!」
輝く瞳でヨミーを褒めるクルミ。スワロも愛する人が称賛され、悪い気分ではない様だ。
ユーマはクルミがヨミーを称賛していると言う状況に内心複雑になりつつも頷いた(スワロの「尋問」に引っかからないように、言葉で返答するのは控えておいた)。
そんなスワロやユーマに対し死に神ちゃんは『ゲーッ! ここでもしゃしゃり出るかーッ!』と威嚇していた。当然、ユーマにしか見えないが。
ユーマはエーテルア女学院の生徒の一人として、スワロはその姉として拍子抜けするほどあっさり侵入は成功してしまう。
クルミの案内で使われていない教室の一つに案内される。
(クルミちゃんはこの世界でも変わらないね)
『ふん、ご主人様ってばデレデレしちゃってさ! そんなにペタンコと一緒に居られるのが嬉しいんだ〜』
(……そりゃあ、やっぱり嬉しいよ。ハララさんやヴィヴィアさん……ヤコウ部長は、あんな感じだったし……)
『……もう。ご主人様。オレ様ちゃんが憑いてるでしょ。そんな顔しないの』
死に神ちゃんは怒っているような、けれど慰めるようにそっと声をかける。
——一方、ユーマと死に神ちゃんの会話が聞こえないクルミとスワロは朗らかな会話を続ける。
「わたし、昔から探偵に憧れてて、世界探偵機構の大ファンなんです!」
クルミは弾んだ声で続ける。
「ギヨームさんの動画も鎖国前は全部見てました! 鎖国が解除されたら見れなかった分も全部見ますって伝えてください!」
「私たちから伝えずとも、貴女から伝えると良いわ。きっと喜ぶわよ」
「え、えええ! どどどどうしよう、ギヨームさんに直接会えるなんて……」
頰を朱に染め、クルミが歓声を上げる。
『ペタンコ、浮かれきってるね』
死に神ちゃんは呆れた声でやれやれと首(?)を振る。
クルミはユーマの方にパッと振り向くと、両手を握った。
「それに、私と同じぐらいの歳の女の子が探偵をやっているなんて、知りませんでした! ユーマちゃん、凄いんだね!」
「あ、いや……ごめん、実は僕、男なんだ。今はこんな格好してるけど……」
苦々しい笑みを浮かべる。と、クルミは大きく目を見開き、手を握ったままずいっと顔を寄せる。
「え、えええええっ!? お、男の子!?」
『ゴルァァーーーーッ!!! ご主人様の手を握った挙句に顔を寄せるなーーーーッ!!!』
やきもち焼きの死に神ちゃんがクルミに怒声を浴びせるが、意味は無い。
『ちょっと! ご主人様もそんなデレーッとした顔しないでよ!』
「あ、ああっ、すみません、すみません!」
「きっ、気にしないで!」
ぱっと手を放すクルミ。顔を赤くしたユーマは頰をかき、照れ笑いを浮かべる。
『カーッ! 卑しか女たい!』
どこから取り出したのか、ハンカチを噛む死に神ちゃん。
クルミは謝りつつもじっとユーマを見つめている。
「ほ、本当に男の子なんですか? その……なんというか、自信を失うというか……うわぁ、肌白い……綺麗……」
マジマジと見つめられ、ユーマは俯く。
(こんなところで褒められてもなぁ)
『ふん、ギザ歯ちゃんにデカ男を嗾けられちゃえば良いんだ!』
「あ、あの、ユーマさん! 事件を解決したら、ユーマさんが世界探偵機構の制服を着ているところ、見せてくれませんか?」
「う、うん。もちろん。正直、今の格好は不本意な格好だから……」
「やった! ユーマさんの制服姿、格好良いだろうなぁ!」
嬉しそうに笑みを浮かべるクルミに目を細めていると、冷たい目をした死に神ちゃんに『んで? いつまで脳みそに蜂蜜をぶちまけたみたいなスカスカの会話してるの?』とボヤかれる。そんな死に神ちゃんに合わせたわけではないが、ユーマは口を開いた。
「……それで、クルミちゃんがボクたちに伝えたい情報って何かな?」
「あっ、はい! これです!」
クルミがポケットから封筒を取り出しユーマに手渡す。
「アイコの日記です。アイコの両親から渡されたんです」
その時のことを思い出したのか、クルミはうっすらと瞳に涙を浮かべ俯いた。
「……アイコの両親は、二人とも、気を落としてて。でも、自殺なんて信じてなくて……」
「……お気持ち、察するわ」
スワロの優しい声が響いた。
「安心して頂戴。超探偵として彼女の死に関する謎を明らかにしてみせるわ」
言い切ったスワロがユーマに瞳を向ける。
「クルミちゃん。必ずアイコさんの真実を見つけ出すよ」
今度は、スワロの「尋問」を心配する必要などなかった。
スワロが頷き、クルミはぱっと表情を明るくさせる。
「わたしも、手伝います! これでもカナイ区の情報屋ですから! ……だから一緒に、アイコの死の真相を突き止めましょう……!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
空白の一週間事件から三年。
ヤコウ=フーリオの豹変に伴い、彼の部下である四人もその言動を変えていた。
デスヒコ=サンダーボルトは変化が謙虚に見られる一人だ。
保安部の幹部が持つ特権である捜査権を濫用しエーテルア女学院に入り浸っているんだだとか。強引に女性を連れて行っただとか。そう言う噂が「公然の秘密」として囁かれていた。囁かれて、眉を顰められ、嫌悪されていた。
……それこそ、デスヒコの思惑だった。
変装をした上でわざとデスヒコ本人だとわかる様な言動を繰り返し「変装の技術は本物だが演技はできない」と誤認させること。
嫌悪されて然るべしな悪行を為すことで、少しでもヘイトをヤコウから自分へと向けること。
元来心優しい青年であるデスヒコ自身の心を削るような言動を、あの時から——ヤコウ=フーリオから笑顔が消えた日からずっと繰り返して、繰り返して。
不実の果実は確かに実り、デスヒコ=サンダーボルトはアマテラス社保安部副部長として恐れられているのである。
今や彼を恐れていないのはデスヒコの上司であるヤコウ、最高責任者のマコト=カグツチ、……そして同じ保安部幹部であるハララ、ヴィヴィア、フブキだけだ。
デスヒコはハララと合流しエーテルア女学院の正門前に立っていた。
デスヒコの所轄であるエーテルア女学院で事件が発生した際、人数で処理の方法が異なる。
一人で行われた犯行ならば、自殺で処理。
複数名——三名以上で行われた犯行ならば、連行。然るべき処置をして、処刑。
デスヒコに指示を下したヤコウは、昔と似ても似つかない笑みを浮かべて、溜め息のように言葉を漏らしていた。
「女子校なんて閉鎖的な空間じゃ、メンタル崩れちゃって衝動的に自殺……よくある話だろ? ま、難しい年齢だもんな。仕方がないよ。……雨も止まないし。ハハハ、死にたくなる気持ちもわかるさ。ヴィヴィアじゃないけど」
二年と少し前に下されたその命令に従い、今日の事件も……クルミ=ウェンディの死亡も処理することにした。
「……そろそろ行くぞ」
時計を確認したハララがデスヒコに声をかける。
「おう。さっさと片付けて戻ろうぜ」
デスヒコも頷いて応えるとハララの後に続く。
エーテルア女学院に入り校舎裏へと向かうと、赤い制服を着た少女達が花壇の周囲に群がっている。
「退いて貰おう。アマテラス社保安部だ」
鋭いハララの声に少女たちが素早く道を開ける。顔色が悪いのは、学舎で死人が出たからだけではないだろう。
「……あーあ、可愛い女の子が死んじゃうなんてオイラにゃ耐えられねーぜ!」
わざとらしい程声を出しながら、人だかりの中央へ向かう。
——倒れ伏す少女と彼女に寄り添うようにしている二人の女性。片方はエーテルア女学院の生徒、もう一人は彼女の保護者だろうか、パンツスーツを着た理知的な美人。確か、教諭の中には居なかったはずだ。
「クルミちゃん! クルミちゃん!」
「……」
生徒は倒れた少女の友人なのだろうか、大きな瞳に涙を浮かべ声をかけていた。
デスヒコはその様子を見つめることしかできない。間違っても、友人を亡くした彼女に寄り添って悼んだり、涙を拭うためのハンカチを差し出すことなんて、できやしない。
……止まない雨が降る前は呼吸のようにできていたことが、何もできなくなっていた。
女性は泣きじゃくる生徒の肩に手を置いて、視線だけでこちらを見た。
生徒の目線がこちらに向く。
デスヒコと目線が合った瞬間、ギョッと目を見開かれる。
(オイラの噂を知ってたのかな?)
「あぁ……泣かないで、お嬢さん。オイラ、貴女みたいな可憐な女の子の涙には弱いんだ……」
気取った声を出して、そっと彼女の隣にしゃがみこむ。
(コイツ……体格から見て女装した男じゃねーか! オイラの変装術無しでこのクォリティ……普通に似合うんだな……)
少女——少年の姿を観察していたデスヒコにハララが口を開く。
「デスヒコ。コイツ、探偵だぞ。ユーマ=ココヘッドだ。何故エーテルア女学院に居るかは分からないが……」
ハララはチラリとスーツ姿の女性へと目を向ける。
「それに、スワロ=エレクトロか」
ハララの目が座る。ヤコウの手足として動いているハララは保安部幹部の中でも特に探偵との因縁が強い。スワロもハララを警戒しているのか、じっと睨み合っている。
「ユーマ……ヴィヴィアのヤローをギャフンって言わせたっていうあの!?」
嬉しがっているように明るい声を出す。内心ではもちろん警戒している。
死神と契約した探偵。
推理で犯人を殺す——とヴィヴィアは言っていた。他の人間であれば信じるに値しない戯言だと切り捨てていただろうが、彼の言うことなら信じるに値する。
同じ保安部の仲間で、同じように特殊な能力によって誤解され爪弾きにされ、孤独を味わった者同士なのだから。
「こんなに可愛い子とは思わなかったぜ! 良ければお茶でも」
「ふ、ふざけてるのか!」
ユーマが怒声を上げる。キッとデスヒコを睨み立ち上がる。
「クルミちゃんが死んだんだぞ! こんな時に何を——!」
「ああ、うん。彼女ね」
デスヒコも立ち上がり、倒れる少女——クルミを見下ろす。
すっと息を吸って。
憎悪と嫌悪と怒りと侮蔑とありとあらゆる負の感情に属する全ての感情と——遠い遠い、誰かへと向けた哀れみを滲ませるヤコウの瞳を思い出して。それを真似て、言う。
「自殺だろ? 可哀想に。そんなに思い詰めてたんなら相談でもすればよかったんだ。オイラ相談に乗ったのによ〜」
「じ……じさ、つ……」
「ヨミー様が昔の保安部は真実を見つけ出す能力を持っていたと仰っていたけれど……」
力無く呻くユーマを庇うように前に出たスワロがゴミを見る目でデスヒコを見下ろす。
「今は違うようね。愚鈍な部下を持つ飼い主の質も知れるというもの」
「……今のは保安部の……部長への侮辱と受け取るぞ」
ハララの瞳がナイフのように鋭く細められる。
「ただでさえエーテルア女学院に変装して不法侵入。現行犯逮捕をしてもいいが……」
言葉の途中でハララは悔しげにユーマを睨む。
死神探偵の何がヤコウの琴線に触れたのか、ボソリと「一度ユーマくんの推理を見てみたいな」と呟いていたことを保安部幹部四人は知っている。故に、ユーマに手出しをできない。
「調査させた所で、自殺って結論しか出ねーんだし……別に良いんじゃねーか?」
デスヒコはあくまで軽薄に振るまう。
「つーかハララ。別にユーマちゃんがここに居たってなんの問題もないだろ。わざわざそんな目くじら立てなくってもさ〜」
「はぁ? 何を巫山戯た事を言っている。そいつは男だ」
「ま、マジで!? でもぜんぜん……アリだな!」
ハララは呆れたように首を振り、ユーマに凍てつく視線を向ける。
「事件のためとあらば女装して女学院に侵入するとは、探偵殿は大層な理念をお持ちの様だ。
……良いだろう。捜査をしてみるといい」
「なんでお前が仕切ってんだよハララ……」
「せいぜい友人の死体が腐る前に、真実とやらを見つけてみせろ」
「だから仕切るんじゃねーよ!」
側から見ればなんて滑稽なやり取り。
けれど、探偵たちにとってはそうではないようで、射殺すかのように鋭い視線が緩まることは決して無かった。
◆続く◆