第二ボタン
三月。卒業シーズンでござるね。拙者たちも在校生として卒業式に参加したりでなんだかんだ忙しかったでござる。もうすぐ後輩ができると思うと嬉しいような、先輩がいなくなると思うと寂しいような。複雑な心境でござるね。雰囲気に流されてるのか少しセンチメンタルでござる。
三年生の先輩方は皆、進路関係のピリつきが落ち着いてちょっと雰囲気が浮ついてたでござる。あと、人気のある人は第二ボタンねだられたりしてるでござる。斯く言う拙者も乙夜殿に、卒業する時は第二ボタンください、なんてねだって約束してたりするでござるが、別れたので無効でござろうか。
うーん。これで乙夜殿を見に行ってとっくに第二ボタン無いなんてことがあったらショック受けちゃうでござる。まあ拙者たち、今は彼氏彼女でも何でも無いでござるから、ショック受けるのもおかしな話でござるが。でもやっぱり見ないで帰るでござる。
「ちょーっと待った。帰ろうとするとか酷くね?」
「乙夜殿?」
教室に現れたのは乙夜殿でござった。見る限り制服のボタンは全部あるように見えるでござるが。これでボタンをくれたら嬉しいでござるが、もし彼女にあげるからお前にはやれないとか言われたら立ち直れないかもしれないでござる。
「何か用でもあったでござる? あ、第二ボタンくれるでござる?」
「……そう。約束してたし」
妙な間を空けられると緊張でドキドキするのでやめて欲しいでござる。でもくれるのは嬉しいでござる。
「ありがたいでござる。拙者ハサミ持ってるでござるよ。これで切ってくだされ」
プチッとボタンが制服から切り離されて、差し出した手のひらの上に乗せられる。ハサミも受け取って、拙者はボタンを握り締めた。
「乙夜殿、わざわざここまで来てくださってありがとうでござる。ボタンは大事にするでござるよ」
「うん。……な、俺も一個お願いしていい?」
「拙者にできることであれば」
乙夜殿のお願いとか初めてな気がするでござる。こうして会うのももう最後かもしれないでござるし、可能な限り叶えてあげたいでござる。
「お前の第二ボタンちょうだい」
「拙者のでござるか? 構わないでござるが、本当にそれで良いでござる?」
「それが良い」
そうでござるか……まあ乙夜殿にとったら拙者は見事に籠絡したターゲットでござるし、戦利品的なやつかもしれないでござるね。ボタンは予備も一応あるでござるし、あげても大丈夫でござる。ハサミで糸を切ってボタンを渡す。乙夜殿の手の上だと、ボタンが小さく見えるでござるね。
「ありがとな」
「いえいえ、拙者の方こそお世話になったでござるから。乙夜殿の活躍を応援してるでござるよ。さ、そろそろ帰るでござる」
「家まで送る?」
今日の乙夜殿はちょっと変わってるでござるね。一応高校生活最後の彼女だったからか、感慨深くなったりしてるんでござろうか。
「今日はサービス精神旺盛でござるな。今日の主役にそんなことさせられないでござるよ」
「そっか。じゃあまた」
「ええ。さようなら、でござる」
やっぱり別れとなると寂しいものでござるな。でも最後に見せるのは笑顔がいいでござる。手の内の第二ボタンを握りしめて、拙者は笑った。これが乙夜殿の記憶に少しでも残ればいいなと思って。