第1節 風雲急を告げる
結界師消失異聞帯の人2023年
「ん、なんやこれ…」
早朝。いつも通り調教に向かう為、お気に入りの上着に袖を通した池添ケンイチは、違和感を覚えた。何も入っていなかったはずのポケットを探ると、くしゃりと丸まった紙が1枚出てきた。
「あれ?こんなん入れた覚え無いんやけどな……」ペラリ
「……っ!?はよ皆に見せんと……!」
---
和田リュージは、嫌な予感がしていた。
「う〜〜〜〜ん」
リュウセイ「どうしたんですか和田さん、さっきからそんなウンウン唸って」
「いや…なんか何も無さすぎて変やねん」
最近、”何も起こらない”のだ。あの同期の技術調教師でさえも、ここ1週間程は何も起こしていない。
リュウセイ「それは…いいことじゃないですか?特異点がないなら平和ですし…」
後輩の言うことももちろんそうだ、と感じる。だが、この得体の知れない、気味の悪い嫌な予感は…
「いや、そうなんやけど…なんか嫌な予感がするんよなぁ」
「なーんか、大変なことが起きそうな──」
ケンイチ「和田さん!ちょっと頼みたいことが」バタン!!!
──当たった。
「…ほらな」
リュウセイ「あぁ……でも、今はそんな雰囲気じゃなさそうですよ」
後輩が指摘したように、現れた後輩はジョークを挟む暇もないほど慌てているようだった。
ケンイチ「リュウセイもおったんか、とりあえず二人共に頼みたいことがあって」
一呼吸置いて、彼は続けた。
ケンイチ「出来る限り、皆さんを集めてください」
奇妙な不安感を抱きつつも、切羽詰まった様子の後輩の頼みを了承した。
だが、この時和田リュージが抱いていた“嫌な予感”がもっと大きな事件への予感だとは──ある××と1頭以外、知る由もなかった。
----
数時間後。集まったのは川田ユーガ、福永ユーイチ、武ユタカ。そして和田リュージと坂井リュウセイ、池添ケンイチといういつもの面々だった。
「集まったで」と声をかける。
ケンイチ「ありがとうございます、まずはこれを読んでもらいたいんですけど」ペラッ
そう仕切り、彼は1枚のしわくちゃな紙を取り出す。
ユーイチ「えーっと、何々───」
そう言い覗き込んだ同期の目が、大きく見開かれた。
*
どこかの世界の、皆さんへ
こんにちは。状況が状況なため、複雑な文になることをお許しください。
早速ですが、本題に入りたいと思います。唐突すぎて驚かれるかもしれませんが、これを書いている今、この世界(読んでいる皆さんとはきっと別の世界だと思います)における競馬史は、終了しようとしています。
あの人の持つ圧倒的な力に、僕達は対抗する手段を持たず運命を受け入れるしかありません。
このような状況になった時にはもう、大切だったはずのあの人の名前も、顔も、モヤがかかったように思い出せなくなっています。──と言うより、「あの人」が誰を指しているのか、人であったのかさえも今はおぼろげです。
僕は、後悔をしています。
気づけなかったから。あの人の変化に。あの人の背負っている重責に。あの人の、孤独に。あの人の、██に
僕は、気づけなかった。止められなかった。だから、この世界から競馬は無くなります。
何かひとつでも僕達が気づくことが出来ていれば今が変わっていたかもしれません。
──だから、この手紙を読んでいる皆さんは。
どうか、止めてください。
止めることの出来なかった、終焉を。
どうか、救ってあげてください。
僕達が救えなかった『あの人』を。
どうか、どうか、よろしくお願いします。
████より
*
重い空気が流れた。
ケンイチ「…これが、今朝、ポケットに」
「…なるほどなあ」
ユーイチ「手紙の内容やと、これは別世界の誰かから送られてきたもの…ってことか?手紙の送り主誰なんやろ」
リュウセイ「そうっぽい…ですね、まあ別世界とか昔はともかく今はもう信じるしかないですよね」
ユーガ「“あの人”って誰なんですかね、手紙の中で何回もでてきますけど」
ケンイチ「競馬史を終わらせる程の力なんて、いくらなんでも強すぎません?流石のユタカさんでも無理でしょうし。ね、ユタカさん?」
結界師「………」
ユーガ「…ユタカさん?」
そう聞かれた男の表情は、あまりにも普段の飄々としたものからかけ離れている──恐怖や焦りに満ちたものだった。
結界師「……強大な、魔力」
そう言った瞬間、その身体がぐらりとバランスを崩す。
あっ、と駆け寄ろうとした瞬間。
直後、辺りに強大な魔力の高まりを感じ──
武ユタカの身体が、ふわり、と浮かんだ。