笑い声、それは産声

笑い声、それは産声



「小僧」

「せいぜい噛み締めろ」


そう言って微笑を浮かべた宿儺の身体からその特徴的な模様は消えていき、肉体の制御権は元の持ち主へと戻る。


瞬間、虎杖は焦燥に駆られた。

あたり一体に広がる惨状を目の当たりにしたからでも、自分が気を失っている間に宿儺がしてきたことの記憶が一気に脳を駆け巡るからでもない。

その光景に怒りや悲しみを覚えることはないし、むしろ愉悦すら感じる。

それは自分にとって当然であると、虎杖は分かっている。

虎杖の感じる焦りの理由、それは____


戻らない


宿儺の作った嘲笑を、どうしてか自分で変えることが出来ないこと。


虎杖は顔を作るのが上手い。

幼い頃から何かを感じることがなく、人とは違う感性を持っていることを知っていた分、人より早く『周りに合わせる』ことを覚えた。


自分で作った善性で、

自分で作った気持ちで、

自分で作った言葉で、


この世に生を受けてからの15年間、そうやって出会った全ての人間と接してきた。


ただ1人、本物の自分を赦し、共感してくれた呪いの王、両面宿儺を除いて。


よって今の虎杖には、この状況で善人が感じるであろう『怒り』や『悲しみ』といった感情にまつわる『苦悶の表情』を再現し、善人に成り切ることが出来る自信があった。


なのに、どうして


善人なら今は苦しむべきだ。笑ったりしない。

やめろ、俺は善人だ。それが上っ面だけでも。


だって、そうでなくてはいけないから。

世界一尊敬した祖父が、そうであることを願うから。

そうであることが、自分で作った自分のために裏切ってしまった祖父へのせめてもの償いだから。


なのに不思議と、既に自分のものになったはずの表情を変えることができなくて。それどころか笑顔はどんどん大きくなっていって。


虎杖の様子を察した宿儺は口添えする。


「その顔は、正真正銘お前のモノだ、小僧。」

「これで分かっただろう__もう、自分の気持ちを押さえ込むなどくだらんことはしなくていいと」


虎杖の中で、何か音が鳴った。

それは、15年もの間少年を縛った、腹の奥底に潜んだ本物の善性、もといくだらないものの鳴らす断末魔。


ほんの数分前にできた不細工な更地を前に、少年と王は共に嗤う。


ゲラゲラ、ゲラゲラ、止まらない。

ゲラゲラ、ゲラゲラ、だって、もう止めなくていいのだから。

ゲラゲラ、ゲラゲラ、もう、我慢しなくてもいいの?

ゲラゲラ、ゲラゲラ、そうだよ、最高でしょ。


少年は、自らの背負った大きな何かから解放された。


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