空色
(寝てる……)
日当たりのいい、ニャオハのお気に入りの場所の一つ、操舵室。
気まぐれに船を歩くニャオハを追いかけてきたリコは、操舵室に一つだけある椅子で、フリードがすうすうと寝息を立てているのを見かけて、息をひそめた。
ピーカ、とリコに笑いかけるピカチュウは、相棒を眠らせてやってくれ、とでも言いたげだった。
こくん、と頷いたリコは、おそるおそるとフリードのそばへと足を進めた。
身近にいる大人の男のひとなんて父しかいなかったリコは、異性の寝ている姿を見るのなんて初めてで、しかもそれがいつも頼りになるフリードだというのが不思議な気がして、ほんのりと頬を上気させてそっと寝顔を覗き込んだ。
(あ……、昨日、ちょっと気流が荒れてるところ飛ぶって言ってたな……。きっと、フリード、ずっと起きて舵とってたんだ……)
「多少揺れるかも知れないが、安心しろ」
昨夜、ミーティングルームでフリードはそんなふうに笑っていた。
リコが安心してベッドで眠れたのは、フリードが夜通し舵を取ってくれたおかげだ。
そう思うと、リコは胸がたまらなくきゅうっとなった。
「あの、キャップ、ここってブランケットある?」
間違ってもフリードを起こさないように。
ひそひそと声をひそめてピカチュウに尋ねれば、ピピーカ、と目線で教えてくれた。
リコは操舵室にある備え付けのクローゼットからブランケットを引っ張りだして、椅子で寝ているフリードに掛けた。
その瞬間。
「ん……」
フリードが眉をひそめた。
起こしてしまった、とリコが身を引こうとするのと、フリードが寝ぼけた金の眼で彼女を捕らえたのは同時で、
「ルッカ先生……、あれ、おれまたとしょかんで、ねて……」
ぼんやりとした幼い口調で呟いて、ふにゃりと笑った。
(え……っ、お母さん……?)
母がフリードの恩師だとは聞いた。
ピカチュウとフリードを出会わせて、ライジングボルテッカーズ結成を踏み出すきっかけになったのも。
そもそも、リコの護衛をフリードたちに頼んだのも母だった。
けれど、でも。
ざわざわと不安が胸を撫でる。
リコが見たことのないフリードの表情は──ルッカに向けられたものなのだ。
下がった眉尻に、ゆるんだ目もとに、ほころんだ唇に、うっすらと滲む感情の正体を、リコは知っている。
「……リコ? 悪い、寝ぼけて……というか寝てたな」
何度が目を瞬かせたフリードが、慌ててそう言って笑った。
「ブランケット出してくれたのリコだろ」
ありがとなと言うフリードに、ううん、とリコは上の空で首を振ってうつむいた。
「もしかして、何か変な寝言言ってたか?」
「ううん……」
「本当か?」
「変なこと、じゃないけど……私、お母さんにそんなに似てるかな?」
「え?」
思わず、と言ったようにフリードが呟いて、「やっぱり変なこと言ってるじゃないか」とぼやいた。
「似てるというか──目の色は同じだな」
「え?」
すい、とフリードが顔を前へ向けた。
「リコの目は──ルッカ先生譲りだと思ったよ。……ダイアナさんから受け継いでるんだな。ここで舵を取ってると、目の前いっぱいに広がる晴れ渡った空と同じ色だ」
蜜色の目が細くなって、きらきらと輝く。
フリードの横顔に滲む憧憬も、思慕も、リコに向けられたものでない。
先ほどとは違うふうに胸がきゅっとなって、リコは唇を震わせた。
ミ、とパーカーに入っているミブリムがちいさな体を震わせる。
「ニャ」
とニャオハがひょっこりとノズパスの後ろから顔を出した。どうやら操舵室での日向ぼっこは気が済んだらしい。
「あ! ニャオハ!」
リコは腕を伸ばしてニャオハを抱き上げた。
「ごめん、フリード。寝てるところ邪魔しちゃって。そろそろお洗濯が終わるころだから干してくるね」
「おう、頼んだ」
そう言うフリードの顔を見てられなくて、リコは足早に操舵室を後にした。
ドアが閉まったあとに、立ち尽くしたリコに不思議そうにニャオハが顔をあげる。
ミィ、とミブリムが鳴き声とともに涙をこぼしてパーカーをかすかに濡らした。