空崎ヒナの推理、選択、決意

空崎ヒナの推理、選択、決意


目次


広大なアビドス砂漠の一角で、二人の少女が対峙する。

ただ一人でやってきたヒナに対し、ホシノも一人で応じる構えだった。

そもそもヒナの持つマシンガンは対多数を得意とする銃器である以上、こちらが大勢で囲んだところで有効な手とは言えない。

それならなおさらホシノ一人で戦った方が効果的と判断した結果だった。

 

「やあやあ、ゲヘナの風紀委員長ちゃん。一人でこんなところまでどうしたの?」

 

「……小鳥遊ホシノ」

 

「何か用事があるならアポを取ってもらわないとね、おじさんこれでも忙しくてさ~」

 

言いながら右手の指先でショットガンのセーフティを外す。

視線はずらさず、ヒナの動きを見据えたままだ。

互いに声が届く距離、双方ともに生半可なダメージは通らない硬さを持っているが、この距離ならホシノのショットガンの方が強い。

 

「それは、ごめんなさい。でもどうしても此処に来たかったのよ」

 

「それはそれは、ご苦労様。まだるっこしいのは嫌だから簡潔に言ってよ」

 

「そうね……小鳥遊ホシノ」

 

お、お礼参りか? とホシノが吹き飛ばされぬように盾に力を込める。

だがヒナはマシンガンを構えることもなく、その顔は俯いており、視線は左右に忙しなく動いていた。

口に出すことに勇気が必要なのか、唇が小さく震えている。

何を言いたいのか、読唇術を持たないホシノには理解できない。

だがそれも数秒のうちに収まり、ヒナの視線が再度ホシノと交錯する。

赤らんだ顔で大きく息を吸ったヒナは、ホシノのに向かって叫んだ。

 

「お願い、私も仲間に入れて!」

 

「……うへ?」

 

予想外のヒナの言葉に、ホシノはあっけにとられる。

一瞬何を言っているのかわからなかったからだ。

あの有名なゲヘナの風紀委員長が、アビドスに合流したいと言ってくるとは思ってもいなかったことだ。

 

「え、えっと風紀委員長ちゃん」

 

「ヒナと呼んで。ホシノ」

 

「……ヒナちゃん。一応聞くけど、『甘いものは好き?』」

 

「? 『至上の喜び』でよかったかしら?」

 

「あ、うん。わかった」

 

まさかまさかの展開だ。

当初のホシノの戦略としてブラックマーケットを皮切りに、権力などない一般人などのピラミッドの下の部分から徐々に砂糖を浸透させるようにしていた。

ハナコにもそのやり方で順調に広めてもらっている。

混乱を生むのは分かっている以上、その前にどこまで食い込めるかということが重要で、権力を持つ秩序側に知られるのはもっと後の予定だった。

だからヒナが一人で来た時にはもう嗅ぎ付けたのかと警戒したのだが、まさかヒナが砂糖を摂取して合流を計ってくるとは思ってもみなかった。

いきなり呼び方を訂正してくるあたり、随分と砂糖の影響で押しが強くなっていると感じる。

ホシノは一つ嘆息する。

 

「いいよ、ようこそアビドスへ」

 

不安げに瞳を揺らす少女を見捨てる選択肢など、ホシノにはなかった。

パアッと顔を輝かせるヒナを見て、これが正しかったのだと納得したホシノだった。

 

 

「ホシノさんったら♡ また誑かしてきたんですか?」

 

「うへ~人聞きの悪いこと言わないでよハナコちゃ~ん」

 

仲間に受け入れると決めたヒナを連れて戻ってきたホシノを見て、ハナコは面白げに声をかけた。

 

「うちに入りたいって言ってくれたんだよヒナちゃんは。ああ、ヒナちゃん、この子はハナコちゃんだよ。元々はトリニティで……あ」

 

自己紹介を済ませようとしたホシノだったが、二人を会わせたことでその元の所属を思い出した。

トリニティとゲヘナの仲が悪いのは有名であり、エデン条約も立ち消えになった。

どちらも辞めてきたのだからとやかく言うことではないかもしれないが、何か確執が残っているかもしれない、ということを考えるのをすっかり忘れていたホシノだった。

じっと互いに見つめ合うハナコとヒナ。

最初に口火を切ったのはハナコだった。

 

「ホシノさん、いいですよね♡」

 

「いい……」

 

ヒナが答えると、ハナコは満足げに頷いた。

 

「改めまして浦和ハナコです、よろしくお願いしますね♡」

 

「空崎ヒナ。ヒナって呼んで」

 

「ええ~……」

 

ピシガシグッグッ! と互いに強く握手を交わしている姿に、ホシノは困惑するばかりだった。

 

「二人とも、何を通じ合ったの?」

 

「ホシノさんのおかげです♡」

 

「そうね、ホシノがいるから」

 

「……うう~小隊長ちゃん! 二人がおじさんの知らないおじさんの話題で盛り上がってるんだけど!?」

 

「諦めろ」

 

謎の結束力を見せるヒナとハナコに対し、片隅で仕事をしていた小隊長にホシノが泣きつく。

だがそんなホシノを、小隊長はにべもなく切って捨てた。

 

「ホシノ様は2人の脳を焼いた責任を取るんだな」

 

「なにその表現!? 脳が焼かれたら人は死ぬんだけど? またどこぞで変なサブカル知識入れちゃって……仕事押し付けすぎて不安だったけど、実は結構エンジョイしてるね君」

 

「ホシノ様のおかげで、な」

 

「も~小隊長ちゃんまでそんなこと言う~」

 

仮にもトップであるのにも関わらず、味方のいないホシノだった。

 

「ヒナちゃんの部屋とか準備しないとね。ちょっと待っててくれる?」

 

「あ、それじゃあ私、ヒナさんにアビドスを案内してきます♡」

 

「……そうだね。みんなに顔見せも必要だし、お願いね~」

 

「任されました♡」

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃ~い」

 

ヒナを連れてハナコは出かけて行った。

後に残されたホシノと小隊長が顔を見合わせる。

 

「小隊長ちゃん、良さげな物件いくつかピックアップしてくれる?」

 

「もうやっている。これがそうだ」

 

「ありがと」

 

打てば響くとはこのことか、ホシノの前にバサッと書類が置かれる。

仮にもゲヘナの元風紀委員長を迎えるのだから、住居に手は抜けない。

豪華で贅沢な家はさすがに無理だが、校舎からも近く住みやすい場所を選んでもらうのが良いだろう。

 

「家の方はこれで良いとして、後は歓迎会の準備かな~?」

 

歓迎会ならやっぱりご馳走が要る。

アビドスに突撃してくるくらいなのだから、砂糖には飢えているはずだ。

ゲヘナに卸している砂糖の量だと、スティックシュガーに加工した少量ずつしか手に入らなかったに違いない。

ホシノもハナコもあまり料理は得意ではないが、そこはそれ、砂糖をふんだんに使った料理ということで見逃してもらおう。

 

「それでヒナちゃんには何やってもらおうかな? やっぱり風紀委員長が良かったり……あ」

 

ヒナに割り振る仕事を考えて先ほどの彼女の顔を頭に浮かべた時、ホシノは重要な事実を忘れていたことを思い出した。

思い返してみると、知らず知らずのうちに随分と仕事中毒になっていたらしい。

砂糖で眠気など吹き飛んでいたのだろうが、うっすらと隈が有ったあたり、ヒナの疲れは消えていないはずだ。

気持ちよく働いてもらうためにも、アビドスは福利厚生がしっかりしていることをアピールしなければ。

 

「……うん、何はともあれ、まずはお昼寝からかな~」

 

 

 

ぱちり、と目を開ける。

ハナコにアビドスを軽く案内され、戻ってきたヒナが見たのはマットを敷いて作られた即席の巨大ベッドだった。

頑張るぞ、と意気込んでいたところ出鼻を挫かれた形となったヒナは、ホシノに手を引かれて柔らかな羽毛のマットへとダイブすることになった。

ホシノとハナコの体温を感じていると、あれだけ冴えていた頭が靄が掛かったようになり、ヒナは即座に微睡んで眠りへと落ちていったのだった。

 

「……もう、こんな時間?」

 

かなり疲労が溜まっていたのか、ヒナが目を覚ました時には既に日は落ち、窓から月明かりだけが差し込んでいた。

隣にはすうすうと小さく寝息を立てているハナコがいる。

 

「ホシノは?」

 

ヒナをベッドに連れ込んだ張本人のホシノがいない。

ハナコを起こさないようにそっと抜け出したヒナは、ホシノを探すことにした。

未だ見慣れぬ校舎を壁伝いに歩きながら、昼とは違う顔を表すアビドスを見る。

 

「随分と、静かね……」

 

「夜は無理せず休むようにホシノ様から厳命されているからな。破れば後が怖い」

 

「……貴女はたしか」

 

「さっきぶりだな、空崎ヒナ」

 

ポツリと呟いたヒナに割り込むように声を掛けて来たのは、ホシノに小隊長ちゃんと呼ばれた少女だった。

 

「トラブルになる前に言っておくが、私は元アリウスだ」

 

「!? アリウスまで、ホシノに協力していたのね」

 

「むしろ私たちはホシノ様が直々にスカウトした、最初期からの立ち上げメンバーだよ。ああ、私の名前はホシノ様だけが知っていれば良い。あんたも小隊長と呼べ」

 

「そう……貴女も『そう』なのね」

 

小隊長の返答に、ヒナは納得したように頷いた。

彼女はヒナとハナコを、ホシノに脳が焼かれた2人だと揶揄した。

だがそれは彼女自身はそうではない、と否定することにはならない。

 

「ならそう呼ばせてもらうわ。それで小隊長は、私に何の用?」

 

「ホシノ様を探しているんだろう? あの人は屋上にいる。風が強くなってきたから、酷くなる前に連れて戻ってきてくれ」

 

「?」

 

ヒナは首を傾げる。

呼び戻したいのなら自分でやればいいのに、なぜヒナにさせるのか?

そもそもホシノやハナコには歓迎されたとはいえ、ぽっと出の自分がアビドスの中枢に食い込もうとすることに、普通は抵抗や反発が出るものだと覚悟していたからだ。

だが小隊長はそれをしない。

それがヒナには奇妙だった。

 

「……ああ、私と私たちは未だにゲヘナが嫌いだ。無論トリニティもな。例え事実とは異なるものであろうと、怒りと憎しみが教育の全てだった私たちでは、その感情を容易く拭えない」

 

「ならどうして?」

 

「ホシノ様が仲良くして、と願ったからだ。私たちはホシノ様をボスと認めて、付いていくと決めたから。だからその感情すらも塗り潰せる」

 

砂糖の副作用は感情を昂らせ、人を暴力的に変える。

だが記憶にすら干渉する砂糖の魔力は、時に過去のトラウマを消して立ち上がる力にもなりえる。

毒を持って毒を制するような痛みを伴うものだが、常に痛みと共にあったアリウスの彼女たちにとってはそれがハマったのだった。

 

「私たちはホシノ様の下に付くと決めた。ハナコは……ハナコ様は隣に立つと決めて今も足掻いている。あんたはどうする?」

 

「……私は」

 

「あんたをヒナ様と呼ぶことになるかどうかは、あんた次第だな」

 

小隊長の問いに明確な答えが出ないまま、ヒナは屋上へと歩を進めるのだった。

 

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屋上へ出たヒナの視界に、遮るもののない星空が映る。

開発を進めているとはいえ、多くの建物が砂に埋もれ倒壊している現在では、校舎よりも高い場所はない。

時折吹く強い風が砂を運び、建物にぶつかりざあざあと音を立てる。

ヒナはどこか生物の胎内を思わせるその音を聞きながら、夜の砂漠を見つめて静かに立っているホシノを見つけた。

 

「ホシノ」

 

「ん? もう起きたんだ、朝までぐっすりかと思ってたけど」

 

「もう十分。久々に時間を気にせずに眠れたわ」

 

「うへ~……おじさんが言うのもなんだけどさ、睡眠はしっかり取った方がいいよ?」

 

「そうね」

 

道理である。

しかしゲヘナでは立て続けに起こるトラブルに追われ、対応できる人材も少なかったのでヒナが八面六臂の活躍をするしかなかったのだ。

ヒナがいなくなった後が心配ではあるが、それを口に出すことはできない。

自らの意思でゲヘナを捨てて来たヒナに、今更ゲヘナの心配をする資格などはないと分かっていたから。


 「ヒナちゃん、起きたばっかで喉乾いてない? よかったらこれ飲んで~」

 

「これは、ジュース?」

 

ホシノがヒナにポンと投げ渡したのは、一本のペットボトルだった。

パッケージも何もないが、細かな気泡が出ているのを見るに、中身は炭酸だろう。

 

「お菓子だけじゃなくて飲み物に加工してみた新作のサイダー。ジュースもあった方が楽しいじゃない? パッケージは今ツムギちゃんの伝手でデザインできる子に頼んでるから、製品化はもう少し掛かるかな~?」

 

「そう……いただきます」

 

ヒナが蓋を開けると炭酸特有のプシュッとした音が跳ねる。

口に含むとあの砂糖の美味と多幸感が押し寄せ、嚥下するごとに爽やかな喉越しと共に胃に落ちていく。

 

「おいしい……」

 

「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ~」

 

「うん、アコの淹れてくれたコーヒーに匹敵するかも」

 

「それはそれは、あの行政官ちゃんも泣いて喜ぶだろうね」

 

アコが淹れた砂糖マシマシのコーヒーを思い出す。

少ない中あれだけ手に入れてくれたアコには感謝しかなかったが、このサイダーには炭酸の爽快感が強く、砂糖がそこまで入っているようには感じない。

それでも匹敵するほどに、砂糖の純度が高いのだとヒナは気付いた。

 

「この砂糖、随分質が良いみたいだけど、最高純度なの?」

 

「うん? いやいや、おじさんの知る限り、最高純度は易々とは作れなくてね」

 

「そうなの? アビドスなのに?」

 

アビドスは砂糖の原産地なのに、砂糖の最高純度が作れないとはどういうことか?

首を傾げるヒナに、ホシノが答える。

 

「最高純度は、特殊な環境下じゃないといけないんだよ。ゲヘナのヒノム火山にあるアビスを支配下にしないと無理だろうね」

 

「ゲヘナが? そういえばジュリのパンちゃんも確か影響を受けてた気がする」

 

給食部のジュリが作ったパンケーキは、なぜか生物として動く奇妙な性質を持っていた。

だがそのパンちゃんが一度、巨大化する事件が起きたことがある。

その原因はゲヘナの地下水を使用して作られることで起こった事件だった。

地下水だけでああなったのだから、何か他にもゲヘナには謎が眠っているのだろう。

 

「心当たりあるみたいだね~。カスミちゃんたちに温泉開発のついでにゲヘナから流れ込んでる水脈がないかも調べてもらってるから、うまく見つかったらもっと純度を上げられると思うよ?」

 

「楽しみだわ」

 

これ以上に美味しくなる、というのなら楽しみでしかない。

随分と脱線してしまったが、跳ねる心を押さえつけて、ヒナはホシノに尋ねた。

 

「ねえホシノ。ハナコに連れられてアビドスを回ったの」

 

「どうだった?」

 

「元の所属なんて関係なくみんな笑っていたわ。ゲヘナより人は少ないけどそれに負けないくらい活気もあった。アビドスは良い所ね」

 

「……うへへ~、そう言ってくれると、おじさんも嬉しいな~」

 

三大校であるゲヘナと比較すれば、さすがに人数は少ない。

けれど比較して遜色ないくらいに、復興の気運というものを感じ取れるほどにアビドスは明るかった。

素直なヒナの賞賛に、ホシノは照れ臭そうに頬を搔いている。

 

「人を集めるのは、ハナコがやっているって聞いたわ」

 

「そうだよ~。最初はおじさんが見本見せたけど、後はハナコちゃんに任せっきりだね」

 

「砂糖を味わわせて人を集めて教育して、さらに砂糖を広めているのね。トリニティのティーパーティーにも食い込んでいるみたいだし、今のところうまく行っていると思うわ」

 

「うんうん、ハナコちゃんは良くやってくれているよ」

 

「……ねえ、ホシノ」

 

満足げに頷くホシノだったが、それゆえにヒナには疑問が残った。

 

「貴女……らしくないんじゃない?」

 

「……どういうことかな、ヒナちゃん?」

 

「砂糖を広めるやり方がホシノらしくない、と言っているのよ」

 

今の砂糖の拡大は、砂糖の摂取者を徐々に増やし、静かに浸透させていくものだ。

権力のピラミッドを下から削り、やがて限界が来たら上のピラミッドごと纏めて脆く崩れ去る。

ハナコの方法が間違っているわけではない。

むしろ成功と言っていいだろう。

だがその方法は、ホシノの広め方を真似して始めたものである、という一点がヒナには引っかかる。

 

「ハナコのやり方はチェスで……この場合は将棋の方がいいわね、将棋でいうところの全駒を目指すもの。敵の駒を全て奪って自分の手駒にして、王を丸裸にするやり方よ。頭の回るハナコにはさぞ楽しいものでしょうね」

 

「それがどうしたの? 楽しく仕事できるのは良いことだよ」

 

「そんなことをしたら反発が出るのは当然でしょう? そしてそれに気づかない貴女ではないはずよ」

 

砂糖の中毒が広まれば自治区の運営が成り立たなくなる。

上に立つものがそれを抑え込もうとするのは当然の流れだ。

そしてそれを広めようとするアビドスに対して、怒りと憎悪を燃やすのもまた当然なのだ。

ホシノにしては詰めが甘く、手緩いと感じたのがヒナだった。

ヒナが知るホシノならば、これを防ぐ方法があるはずなのだ。

 

「ホシノ、貴女は斬首戦術が得意だったはず。ならどうして最初にトップを狙わなかったの?」

 

そう、それこそがヒナが気になっていたことだった。

砂糖の害が広まれば、どの自治区でも警戒され、やがてアビドスに敵対するだろう。

しかしその選択をする首脳陣が、一番最初に砂糖に侵されれば?

砂糖の存在など知らない最初の状況で、ただ新しい甘味料とだけ謡って食べさせれば、後は上から下に水が流れるように急速に広まっていくに違いない。

ハナコのやり方は成功している。

だがヒナが知るホシノなら、それすら大きく超えて、反発すら生まない大成功を選択できたはずだ。

けれどホシノは、その方法を取っていない。

 

「ねえホシノ……もしかして貴女、止めて欲しかったんじゃないの?」

 

ホシノが気付かなかったが故の失態ではなく、気付いているが故の反発まで含めた計画なのではないのか?

ハナコの手で中毒者を増やし、アビドスに人を集め、各自治区に警戒を促すことがホシノの狙いなのでは?

そう考えると、ヒナが来た時にあれだけ驚いていたことに説明が付くのだ。

当初のホシノの予想では、ヒナは敵対する側として反アビドス連合の主力になる予定だったということだ。


 パチパチパチ

 

「随分とまあ口が回るんだね。おじさんびっくりだよ~。ヒナちゃんは名探偵にでもなれるんじゃない?」

 

ヒナの推理を拍手して賞賛するホシノ。

その柔らかな口調とは裏腹に、徐々に目付きが鋭くなっていく。

 

「……ヒナちゃんさ、さっきから聞いているとおじさんの得意技がどうのこうのと、どうしてそんな、それがさも当然のようなことを言うの?」

 

「当然? それは当然なのよ、だって貴女は小鳥遊ホシノなのだから」

 

「答えになってないね。おじさんの何を知っているっていうのさ。ヒナちゃんとはそもそも最近まで交流なかったでしょ?」

 

「……ああ、そうだったわね。ゲヘナの情報部で入手したのよ」

 

空崎ヒナは小鳥遊ホシノを知っている。

二年前、あの苦いコーヒーの味とともに垣間見た記憶は、今も脳裏に焼き付いている。

かつての小鳥遊ホシノと梔子ユメの、短くも輝かしい、あの青い春を。

例えホシノがヒナを覚えていなくても、ヒナは忘れていない。

 

「ねえホシノ、答えてくれる? 貴女の目的を、どうしてこんなことをしているのかを」

 

「……」

 

なおも口を噤むホシノに、ヒナは続けた。

 

「ここには後輩(ハナコ)はいないわよ」

 

ホシノはハナコに対して弱みを見せていないわけではない。

信じていないわけでも、ましてや頼っていないわけでもない。

それでも、少しだけ見栄を張りたいという、年上の意地があった。

けれどホシノとヒナは、ともに17歳。

その意地すら取っ払って、ヒナはホシノに答えを迫った。

 

「……私は」

 

ヒナの問いに、ホシノが重い口を開く。

その時、ひと際強い風が吹いた。

 

 

「-------------------------」

 

 

砂を巻き上げて、びゅうびゅうざあざあと叩き付けるように吹き荒ぶ強い風に、ホシノの声が搔き消される。

その勢いは激しく、ホシノの言葉を聞き取れたものは、ここにはいなかった。

当然傍に居たはずのヒナにすら聞こえず、ヒナにはホシノの唇の動きしか見えなかったのだった。

 

「……そう。分かった」

 

けれどヒナは頷き、納得した。

 

「地位なんてどうでも良かったけど、気が変わった。ゲヘナでの経験もあるし、私はアビドスで風紀委員長をやらせてもらうわ」

 

ヒナはゲヘナの風紀委員長の地位を投げ捨ててアビドスへやって来た。

そんな自分がやっていいものではないと思っていたものの、どうでもいい身分で済ませるつもりもなくなった。

 

「ホシノ、私は貴女に付いていく。その先が例え砂の地獄の底であろうとも、高く飛んでみせる。下でも後ろでもなく、私は貴女の隣に立つと決めたわ」

 

ヒナの決意に呼応するかのように、その背の羽が震える。

バサリ、と半ばから枝分かれして、羽の数が倍に増え、大きく大きく広がった。

悠然と動くその羽は、単独で飛行すら可能とするだろう。

この日、アビドスにて初めて、空崎ヒナが身体の異常進化を発現したのだった。

 

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「いや~ヒナちゃん様々だね、安心して留守を任せられるなんて」

 

ヒナを仲間に引き入れてから、アビドスはより安定することとなった。

ハナコだけでは治安維持には武力面で不安があったが、ヒナが来たことでそれも解消された。

おまけにヒナは現場だけでなく書類作業も難なくこなすため、指揮をこなせる誰か一人がいればいい。

ホシノとしてもアビドスを離れ、こうしてD.U.にまで足をのばし、企業との交渉に打って出ることができていた。

 

「さてさて、遠出したし、何かお土産買っていこうかな。お菓子だとあんまり喜べないし、部屋に飾れるものとかが良いのかな~?」

 

いくつか候補をピックアップしながら歩いていたホシノだったが、突如として響いた銃声と爆発音が耳を掠める。

キヴォトスでは珍しくもない光景だ。

だがその発信源を見て、ホシノはそれが砂糖を卸しているケーキ屋だったことに気付いた。

 

「ん? 砂糖欲しさに強盗でも入ったかな」

 

砂糖の魅力に憑り付かれ、金もなく強硬手段に打って出る者が出てくるのは想定内だ。

それも含めて対策マニュアルは作っていたはずだが、どうやら今回はそれを上回る相手だったらしい。

 

「あははははは! ケーキだ、ケーキがこんなにたくさんある!」

 

「どけっ! 独り占めするな!」

 

「……!」

 

店を襲った少女たちは、金目のものには一切興味を示さず、並んでいるケーキや冷蔵庫を漁ってパーティーを開いていた。

特徴的な兎の耳を模したヘルメットを投げ捨て、床に落ちたクリームすら舐め取ろうと必死に。

 

「放置しても良いけど……うん、そこそこ実力もあるみたいだし、お土産はこの子たちで良いかな」

 

暴れる少女たちを引き取り、再教育して戦力として組み込むのだ。

ハナコなら腕が鳴ると喜んでくれるはずだ。

ヒナも治安維持に使える手駒が増えるのは嬉しいだろう。

 

こうして小鳥遊ホシノは偶然にも、RABBIT小隊と出会うこととなったのだった。

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