目を覚ましてすぐ襲いかかってきたのは極度の気怠さだった。どうやら壁にもたれかかっているようで起き上がろうにも体にいまいち力が入らない。四方を囲う冷えきった石積みの壁は日光の差す隙間もなく、ただ暗闇がこの牢獄を覆う中冷たい何かが首元を掠めた。

──目視はできないもののこれが鉄製の首輪だという事は何となくわかった。その先には鎖が繋がっており、丁度地面につくかつかないかの辺りまでぶら下がっている。

今自身が置かれている状況を途切れ途切れの記憶からどうにか推測する中、意識を保つのも精一杯な程に鈍い痛みを絶え間なく響かせる頭をどうにか宥めようとこめかみへ向け手を動かしたその時、知らぬ間に両手首にかけられていた鉄枷がカチャリと鍵をかけた様な音を上げた。それと同時にもう片方の手が──というより手首が──動かそうとしていた手元へと引き寄せられる。

目線の先に映ったのは鉄枷を繋げるか細い鎖。何かしらの呪文が込められているのか、力を奪われてしまったのか、はたまた従来の金属より強度が高いからなのかはわからないが、無理矢理破壊するのはほぼ不可能だろうという結論にいよいよ至ってしまった。

一部の他国の魔法使いが扱う『杖無し呪文』でも会得していない限りイギリスの魔法使いは杖がなければ何も出来ないが、逆に言えば杖さえあればいずれどうにかなるということ。この場に残ってるとは到底思えないが一つの希望にすがりつきどうにか自由のきかない両手で地べたを探ってみる。残念だが当然、手に当たったのは小石と土と思わしきものだけだ。

墨を塗りたくったように深い闇の中目を凝らしてみても、まるで自分の末路を示唆している人間のものであろう骸骨の輪郭が見えただけだった。自分が今どうしてここにいるのか、一体誰に連れてこられたか。

『僕は君が心配だ』

二年前、かつて闇の魔術へ共に堕ちていった間柄の青年の言葉が脳を横切った。あの時自分を見つめた焦茶の瞳に溶け込んだ、僕へ向けられた哀れみと憂いが心臓を突き刺した。当時は彼の安否(主に精神的な)の方が恐ろしかったのだが、どこまでも何をしてでも自分よりも大切な誰かを優先するその志は、僕自身もそう在ろうと目指す位には嫌いではなかった。決して嫌いではなかったんだ。

再度壁に寄りかかり、八方塞がりなこの状況の中ひとまず休息を取るべくまぶたを閉じたその時、鉄扉越しに足音が聞こえた。反射的にローブの袖から無い杖を引き出そうとするも、鉄枷の存在を加味していなかったせいで鎖が引っ張られる音だけが狭い牢獄に響いた。その音で一瞬にして脱力感を覚えてしまった。

僕と向き合い設置されら鉄扉は恐怖を植え付けるようにゆっくりと重低音を鳴らしながら開かれた。緑色の炎を宿したランタンを片手に持ち僕を見下ろす男がそこには居た。扉を開けた男の他にも一人、湾曲した刃を持つ剣を手に持っている男がいる。彼らはあたかも今から殺戮にでも駆り出るような雰囲気を醸し出していた。

「本当にこいつか?北海岸からの風の噂じゃあ姿を表さないまま気付けば壊滅させられてたって聞いたぞ」

「はぁ……お前にこれが見えねえか?」

そう言いながら男は僕の前でしゃがみ、ランプを更に近づけた。壁際であるにも関わらず情けないことに後退りしようとしてしまった。

「噂通り常に透明だから目撃情報は本ッッ当に少ないんだけどよ、何十人もの証言の内ほぼ全員髪色が一致してたってワケ。ほら、こんな髪の奴なんて滅多に居ないだろ?」

僕の髪を掴み軽く引っ張りながら男は豪語した。確かに地毛で浅紅色なのは確かに稀有なものだ。七変化で変えている訳でもなく生まれもった色がたまたまこうであっただけなのだが。僕を観察するべくもう一人の男が牢獄内へ足を踏み入れる。元から狭い室内が更に窮屈になった。

「ま、サクッと殺って仇討ちって所か?」

「そんなもんで終わらせるワケあるか。こんな別嬪すぐに殺すには惜しいだろ」

髪から手を離し、頬に手を添えながら僕の鼻背部を横切る一筋の傷を親指の腹で数回なぞる。妙に悠々とした動作は背筋に悪寒を走らせた。

「あーあ、勿体ねーよな"コレ"。まあ逆にそそるってヤツも居るんだろうけど。」

「……異常者がよ。本人の前で話す事か?」

「どうせ捕まった時点でわかってんだろ」

徹底的に暴力を受けるのだろうか。痛みにはとっくのとうに慣れているというのに憐れだな、なんて思っていた。男が次に手を伸ばしたのは首輪に繋がった鎖だった。それをぐいっと強く引っ張られ、僕は無理やり上を向く体勢となった。

「余裕こいてられるのも今の内だ。……お前って男だよな?」

唐突に性別を問われ、困惑しつつも首肯で応じようとする前にもう一人の男に遮られた。

「別に関係あるか?どうせやることはやるんだろ」

「まあな。俺が更に気乗りするだけだ」

鎖から手を離した男は気味の悪い笑みを仕向ける。会話の文脈がわからずともその笑顔一つだけで本能的な恐怖心を煽られた。手に持っていたランプを地面に置き、そのまま僕のローブへと手を伸ばしてボタンを解き始めた。

「……何を…」

予想外の行動に思わず喉から声を捻り出した。相当窶れていたのだろう、自分でも驚く程に声は掠れていた。男は聞こえないふりをして僕のネクタイを緩め始める。もう一人の男は状況を何故か満足そうに見下ろしていた。

「そういや他のヤツらはどこだよ」

「あー……なんか、ホグワーツんとこの生徒が数人乗り込んできたから対処してるってよ。遅れて来るらしい」

一瞬視界が眩み、喉の奥から何かが込み上げてきた。こんな事考えてしまえば現実になってしまうかもしれないが、まさか……

僕のせいで皆が命を危険に晒していると考えるだけで吐きそうだ。

……あぁ、そういえば僕はいつも通り野営地に乗り込んだんだ。感知できていた奴らは皆潰せたはずだと気を緩めてしまった結果の事だ。つまり全て自分の落ち度という訳で、そんな僕を追って彼らは……

「お前は自分の事に集中しろ」

「……僕がなんでもする…だから皆は見逃して、お願い」

「ははっ、俺らを恐怖に陥れていたお前の口からそんな情けない事が…大変良い気味だ。だが先に手を出してきたのはあっちだ、相応に迎撃させてもらうからな」



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