秋キャンプ
秋空の下、花は一輝・大二・さくら・ヒロミ・留美・彩夏と一緒にキャンプに来ている。
五十嵐家はさくらが中学生の頃までは毎年のように家族で秋キャンプに出掛けていたそうだけど、ここ数年は行っていないらしく今日は久し振りだと言う。花はさくらに誘われ、連れて来られた。一輝が彩夏を誘い、大二がヒロミと留美を誘ったようだ。五十嵐家の父母は幸四郎の守りでここにはいない。
男3人でテントを組み立て、女性陣は料理の支度に取り掛かる。さくらと彩夏が食材をキャンプ場のキッチンに出す。その間に花は留美と焚き火台に使う薪を集めに行った。
花と留美が戻ると一輝・大二・ヒロミが薪を焚(く)べ火起こしを始めた。薪が燃え始めるたところで一輝に火の番を任せ、大二とヒロミは魚を捕りに川へ向かい、留美も追(つ)いていく。
花はさくらと彩夏と共にごはんを作ることになった。
メニューはカレーだ。
「花さんは野菜の皮をむいてくれる?さくらちゃんはそのあと野菜を炒めるのをお願い」
「わかった」
さくらが鍋の用意をする。
花は首を縦に振ったものの包丁を持ったことがなかったので、どうすればいいの…?と小声で尋ねる。
「ピーラーを使ってみようか」
彩夏は皮むき器の使い方を実践した。花は彩夏に教わってニンジン・ジャガイモの皮をむいていく。
「玉葱の皮は手でむけるから」
彩夏は花が皮をむいたジャガイモやニンジンを包丁で切りながらそう続ける。
彩夏が皮のむけた玉葱を切っているとき、さくらが鍋を火に掛けた。
彩夏は切った玉葱をまず鍋に入れた。さくらが炒める。
しばらくして
「玉葱いい感じにしんなりしてきた」
さくらが言う。
と、彩夏はニンジンとジャガイモを投入。さくらは再び炒め出す。その後、肉を入れ焼き目が付いたところで水を加え、蓋をした。
「煮ている間に餃子を作ろう」
「餃子?」
問い掛ける花にさくらはうんと肯いて
「家のカレーは餃子が入ってるの!」
答える。
彩夏が手際よく餃子の皮に餡を包み、さくらはそれに続く。花もふたりに倣って試みるけど皮のひだが綺麗にならず餡をなかなか上手に包めない。
「花さん、ここをこうして…」
彩夏にアドバイスをもらい、どうにかこうにかできた、けど。大きさも形も整っていない。
「さくらちゃん、花さん、私は今からごはん炊くからお鍋の方よろしくね」
彩夏に頼まれ、さくらが任せて!と返す。
さくらは時々鍋を覗き込んでおり(具材の火の通り具合を見ているそうだ)、花はさくらの隣でその様子を見ている。ふと視線を滑らせれば、彩夏がお米を研いで別の鍋(飯盒と謂うらしい)に入れ火に掛けている。
そうこうするうちに肉と野菜を煮ている鍋が沸騰する。
彩夏が蓋を取って灰汁(あく)を取る。そうして、また蓋をして弱火で煮込む。
15分程 経ってから鍋の蓋を開け、具材が柔らかくなったのを彩夏が確かめてからさくらと花はカレールウと餃子を入れる。
さくらがとろみが出るまでかき混ぜ、調味料で味を整える。
同じ頃、留美は川で魚つかみ捕りをする大二とヒロミを川岸の岩に腰掛け見ていた(今の季節はもう川の水が冷たいし危険だから留美は川に入らないよう言われた)。
大二とヒロミは何匹か川魚を捕り岸に上がる。
「おじちゃんもお兄ちゃんもスゴいー」
にこにこする留美にヒロミは笑い掛けた。そんなふたりを大二は微笑ましく思い
「この魚を焼きましょう」
と声を掛ける。
大二・ヒロミ・留美は焚き火の番をしている一輝の処へ。
「おかえり、大二!捕れたか?」
「うん」
「ひとり1匹ずつだな」
「おぉーよかった! ヒロミさんもありがとうございます!」
焚き火台に網を乗せ、その上で捕まえた魚を焼く。
焼き上がった魚を皿に盛り付け、キャンプテーブルへ向かう。
スパイスの香りがしてきた。
『この匂いは…カレーだな…!』
大二の中からカゲロウの意識が飛び出す。
カゲロウは持っていた魚を皿ごと一輝に押し付け
「できたよ~」
さくらの呼び掛けに応じてカゲロウは彼女に近づき
「食わせろ」
言い放った。
「…その感じ、カゲちゃんね?」
「いいから、早くッ!」
「…おじちゃん…」
留美は大二の様子がおかしいと察したようでヒロミの後ろに隠れる。
「あ?」
カゲロウがゆっくり留美の方に振り向く。
「……お兄ちゃん、…じゃないよね……?」
「あー前にも逢ったな、お嬢ちゃん。俺は悪魔だ」
「留美、こいつは大二の悪魔だ。口は悪いが根はそこまで腐っていない、心配するな。
カゲロウ!留美に危害を加えたら只じゃおかない!」
「悪魔に向かって何 言ってんだ? 俺はそのガキに興味ねぇよ…いまは、な」
「いまは、だと…?!」
「はいはい!カゲちゃんはカレーを食べれればいいんでしょ!」
不穏な空気を一掃すべく、さくらがおとなしくして!とカゲロウを宥める。
「だったら…!カレー出せ!早くッ!」
ふてぶてしい態度のカゲロウの前にさくらがカレーを置く。
カゲロウはすぐさまカレーを口にかきこむ。
「これだ!シビれるぜ…」
満足したのかカゲロウは意識の底に沈む。代わりに意識が浮上した大二、途端に咳き込む。
「ゲホ…っ、ゴホッ… 水…!みず…!」
「はいっ!」
さくらが急いで水の入ったコップを手渡す。
大二は一気に飲み干し、ありがと…と言った。
それから、テーブルに、一輝達が魚を並べ、さくら達はカレーを運ぶ。
花が大二の前にカレー(量が少な目)を配する。
「……」
大二はこれも辛いのだろうと思って黙り込む。
「カゲちゃんの分のカレーには注いでからスパイスを足したけど、それには入れてないから」
さくらに耳打ちされ、大二はホッと胸を撫で下ろす。
「それとね…」
さくらはカレーにトッピングしてある餃子を指差して続ける。
「この餃子は花が作ったんだよ」
花はさくらが説明するのを聴いて何故かしら恥ずかしくなり――自分の作った餃子が不恰好だからだと思いつつもそれだけでない気がする――、大二から顔を背けた。
大二が花の視線の先を辿るとそこには一輝と彩夏の姿があって…
〈あーそういうことか…〉と大二は思い、
「そうなんだー…」
お皿の上の餃子をじっと見つめ
「花さん、一所懸命 作ったんだね」
労いの言葉を掛けた。
花が大二のその言葉に彼の方へ向き直れば。
やわらかな笑みを浮かべる大二が眼に飛び込んできて…――花はドキッと鼓動が高鳴る。
自分でも訳がわからず、花は下を向いた。
大二はいただきますをして、餃子を一口。
「おいしい…」
そう溢して、大二はカレーを食べる。
「!!
そ、そう… それはよかったわ」
花はありがとうと口早に告げた。
そんな、大二と花――ふたりの遣り取りにさくらはひとり〈いい感じ…!〉と頷いて、ヒロミの元へカレーを持って行く。
「ヒロミさん、はい」
さくらはヒロミと留美の前にカレーを出した。
「ありがとう」
「わーおいしそう!」
「「いただきます」」
手を合わせて、ふたりはスプーンを口に運んだ。
ヒロミがどんな反応をするのか、さくらは固唾を飲んで待つ。
果たして、ヒロミの第一声は…――
「おいしー」
留美が顔を綻ばせるとヒロミは目を細める。
そうしてヒロミはさくらを見て
「おいしいよ」
と言った。…笑顔と共に。
!!
―――ヒロミさん…!
おいしい だって!ヒロミさん、おいしい って!言ってくれた!ヒロミさんが言ってくれた!
さくらはそれだけで胸がいっぱいになる。
一方、一輝と彩夏は…
「さくらちゃんと花さんと一緒に作ったの」
「そっか」
「……」
一輝くんの口に合うといいんだけど…――3人で作ったとは謂え、手料理を一輝に食べさせるのは初めてで…彩夏は緊張する。
「この餃子、彩夏が作っただろう?」
「?!」
不意に訊かれて彩夏は目を瞬かせる。
「 っ、うん、そうだけど… どうしてわかったの?」
「高校の頃、彩夏、自分で弁当を作ってきてただろ。そのとき思ったんだ――彩夏が作る弁当って見た目 綺麗だなって…」
「!」
「この餃子もさ、綺麗な形してるから。それで…――彩夏が作ったんじゃないかって…」
「!!」
びっくりした。
一輝が自作の弁当を見てそんなふうに思っていたなんて…!――‘あのころ’自分を見ていてくれたなんて…
はずかしい。でも、
―――うれしい…
彩夏は恥ずかしいやら嬉しいやら俯く。
「いただきます」
どこか楽し気な一輝に
「……どうぞ…」
彩夏はなんとかそれだけ返して。密かに恋い焦がれる彼を窺った。
「おいしい…」
ぽつり呟く彼に
「ほんとう?」
おずおずと伺う。
「あぁ。おいしいよ、すっごく!」
一輝が満面の笑みをくれた。
「よかった…」
彩夏もにこやかに微笑みを送れば、彼の人は照れたように鼻を掻いた。
こうして、皆でカレーや焼き魚を食べ、大二が用意していたプリンをデザートに、和気藹々とした雰囲気で時間は流れていく。
秋晴れのなか、キャンプを愉しむ一行をやさしい空気が包んでいた―――。