私のリズムを知る君へ

私のリズムを知る君へ


人形だった頃から、私は人の心音を聴くのが好きだったと思う。

勿論誰でも良いわけじゃない。基本は一味の皆だけだし、それもいつも聴いてるってわけじゃない。

人形だった為に眠る事も出来ない自分にはあまりに夜が長くて、なまじ耳がいい為に人形なので痛覚はないが…例えるなら痛い程の夜のしじまを怖いとさえ思っていた。

不寝番している仲間のところに行ったり、作曲したり、自分自身も周りを警戒してみたり…する事はないわけじゃないけど、無音は……歌が大好きな自分には何より辛いものだった。周りに誰もいない、寂しさの象徴みたいだから。


だからよく私は仲間のところに行く。声でもいいし息遣いとかでもいい。生きてる音を聴きたくて仕方なかった。

それしか当時の自分に許される娯楽が存在しないから。


そうして誰かのそばに行っては、構ってもらってたけど、そんな時によくしてたのが心音を聴く事だった。

自分を女の子と分かってるから、サンジとかウソップは困ってしまうのも分かるのでしないけど、ルフィにナミやロビン。チョッパーやゾロなんかは直接聴いたりした。

人に戻ってから本を呼んで知ったが、人の心音は1/f揺らぎというとても心が落ち着くリズムらしい。なるほどなと納得した。


人が、大好きな人達の奏でるソレは寂しい夜に怯える私に何よりの安息地をつくってくれた。

人に戻った今でも、それは変わらない。

時々昼寝をしてるルフィやゾロとかにくっついてしまうし、ナミ達と寝てる時もなんとなく寄ってしまう。本当は近寄らなくても聴こえているけど、直接聴きたい。

「甘えんぼだね」と言われても仕方ないのは分かる。だけど一味の皆は絶対拒絶はしないでくれるのだから、本当に優しい。


ルフィの心音は最近1/f揺らぎで奏でられる事はなくなった。ドンドットット、ドンドットットと愉快な音を奏でる。

でもこの音も好き。ルフィの音だから。

なにより自分を側に置いてくれた人が奏でる音だから好きなのだ。大好きなのだ。


だから今日もなんとなくルフィにくっつく。人形に戻ってからもルフィにくっついてしまう私にはすっかり一味の皆も慣れているし特に何かを言われたりはしない。

勿論、ルフィも。なんというか、私の方が歳上なのになと思ってしまうが、ずっと人形で成長なんかなかった私の年齢なんて、あってないようなものに感じる。

そんな事を零せば周りがしょんぼりしてしまうから、あまり言わない様にしている。私からすれば、ちょっと笑えるジョーク位な感覚なのにな。


改めてルフィの心音に耳を傾ける。

楽しげで、愉快で、自由で、ルフィそのものみたいなリズム。曲にしたらきっと明るい曲になる筈なのに聴いてる私はこんなにも落ち着いている。


「楽しいか?」

「んー、落ち着く、かな?」

「ふーん?ずっと聴いてて飽きないもんなのか?」


確かに、じっとしてる事が苦手なルフィにはそうかもしれない。

思わず笑みが零れる。


「ルフィは私との勝負で我慢系はホント弱かったもんね〜。まぁ私の全勝だけど!」

「おれは弱くねえし負けてねえ!!ウタもズルしたりしてたぞ!!」

「出た!負け惜しみ〜!」


心音を聴いてるから自然とルフィの顔が上にくるので、顔を上げてニッと笑っていつものやりとり。楽しくて、愛おしくて仕方ない時間。

…ふと、零す。


「ルフィ、1/f揺らぎって知ってる?」

「なんだそりゃ?」

「ふふ、教えてあげよう〜!本能的に人が落ち着くリズムなんだってさ、海の小波とか、炎の音、人の心臓の音がそういうものらしいよ」

「へえ〜心臓の音か…なあ、ならおれの音は落ち着かねえんじゃねえか?」

「そんな事ないよ」


ふるふると、首を横に振って否定する。

心音は…生きてるものの特権みたいなものだから。死んだり、そもそも生きていない物には奏でる事さえ許されない神聖な音楽だから。

だから、ルフィが生きて奏でてくれるならこの心音でいい。この心音がいい。


「ルフィの心音も好きだよ。一味の皆の音も好きだし」

「ふーん、ウタは?」

「へ?」

「ウタの心臓の音は?どうなんだ?」


思わず言葉に詰まった。

そういえば、人形だった時は脈打つ物なんてなかったから、敢えていえばあのオルゴールから出ていた鳴き声が私の心そのものみたいなものだろうか?


「考えた事もなかったなあ…自分で自分の心音なんて聞こうと思わないし」

「へえ…よっと」

「ぅわ!?…ルフィ?」


いきなり視界がぐるっとしたかと思えば、私は寝そべっていて、ルフィの頭が自分より下にあった。

胸の辺りに、ルフィの頭があって、熱を感じる。人形の時、感じなかったものだからかもだけど、なんだか熱い気さえする。


「ん〜?ふむ、うーん」

「ルフィ?どうしたの急に?」


そのまま私の胸に顔を押し付けてる。頭にはハテナが浮かんでは消える私をよそに、突然、ルフィが「おお」と声を出した。


「こんな感じか!なるほどな!」

「?」

「ウタの心臓だよ、自分じゃ聴かねえならおれが聞こうと思ってよ」

「なる、ほど??」


理が通るような、無茶苦茶な様な…でも多分ルフィは優しさで行動してるんだろうなと思い勝手に納得した。


「それで、どんな感じ?私の心音」

「おう!なんかウタって感じだ!」

「なにそれ!説明下手だなあ!」


あはあはとどちらともなく笑う。そういえば、ともう一つ思い出す。


「確か、もう一つあったなぁ、1/f揺らぎの呼び方…ピンクノイズだっけ?」

「ピンクノイズ……ふーん、ならますますウタだな!」

「ええ?なんでよ?」

「だってウタの髪の色だろ!赤と白!」


あっけらかんというルフィにまた笑ってしまう。私の髪の色は確かに赤と白だけど、絵の具じゃないんだから混ざりはしない。本当に、子供みたいな発想ばかりする。

だけど、そんなルフィが皆の為に敵の前に立つ姿は立派な船長の姿そのものだ。

シャンクスから貰ったルフィのトレードマークの麦わら帽子が私に顔を押し付けたから斜めってズレている。思わずなおそうと手を伸ばすが、そのままルフィは私の横に寝そべる。麦わら帽子は彼自身の手で彼の胸元近くに置かれた。


「寝るか!いい天気だしよ!」

「唐突過ぎない?…まあいっか」


今日も不寝番がある。ルフィも、私も睡眠をとっておいて悪い事はない。

確かにいい天気だなと自覚し、潮の匂いや隣にルフィがいる安心感ですぐ眠くなる。

ただ今日は普段と違ってルフィが私の心音を聴く体勢で眠ってる。意外と腕枕って重いんだな。皆に甘えてたけど今度からマイ枕とか持とうかな?


うつらうつらと船を漕ぐ意識にそんな事を考える。そのまま眠るその時まで…とりとめの無いことばかり。

ルフィのいう、私らしい心音ってどんな音だろう?ルフィにとって心地のいいものだといいな。

この心音は、他でもない貴方達が取り戻してくれたんだよ。私の【生きている】は皆やルフィのお陰であるよ。

ルフィが聴いた私の音は、もしかしたら普通の心音より早くなってないかな…?バレてないと良いな。


この心音が鳴り止むその時まで、側に置いてね。ルフィ。


そのまま眠りこける私達に優しい誰かは毛布をかけてくれるけど、この船に乗る皆、太陽みたいに優しいから、いつだって誰がかけたか分からないのだ。

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