秀才とお人よし

秀才とお人よし




「やあやあ愚榴間くん。少しいいかね?」

「鍵崎、何のよ…いや、言わなくていい。分かったぞ。また厄介な人引っ掛けてきたのか」

クラスメイトであり、我が隊のオペレーターでもあり、三門市の自治会長の娘、鍵崎早歩。お人よしでよく人助けをしているのに加え、容姿が良い……そのせいか、良くないタイプの人間を引き寄せることがしばしばある。少し前にはストーカー騒動があったほどだった。

「引っ掛けてきたとは失礼だなー。あっちが勝手に着いてきてるんだよ」

「君の危機感のなさはどうにかしたほうがいいよ、本当に……それで?今日は“どこ”に行く?」

呆れながらも会話の中で符号を出す。“どこ”というのは三門市の中に点在しているボーダーへの直通通路だ。機密事項を守るため、そしてどこで誰が聞いているか分からないため、鍵崎と決めた合言葉である。

「んや、それが外の人じゃなくて生徒なんだよねー」

「生徒?……ねぇ、君の将来のために言うけどさ、見境なく助けない方がいいと思うんだけど」

「愚榴間くんは少し冷たいよ」

「こうやって何度も厄介ごとを持ち込んでくる君を見限らないくらいには温かい心の持ち主と思ってほしいな」

「へへー、感謝しているでございまするー」

彼女はおどけるようにこちらに拝んでくる。突拍子もないその様に少し吹き出してしまった。

「ふはっ、なにそれ。まぁいいや。とりあえず今日一日は君と一緒にいればいいんだね?」

「そうそう。大体そういう人って相手がいるって思えば諦めてくれるし。しかもモテる!頭良い!の愚榴間くんだったら尚更ね」

「おだてても何も出ないよ」

「えー、なんかくれない?」

「だめ」

「けち」

こういう気安さが人に好かれるのだろうな、と思う。自分にはできないことであるが、コミュニケーションのための知識としては身につけておくべきか。


───────


「昼飯は教室でも良かったんじゃないの?」

「食べるとこじっと見られてたら食べ辛いよ」

「だからってわざわざここに来る?」

「いやー、まさか鍵が必要だとは」

現在俺たちがいるのは屋上...に続く扉の前の踊り場。鍵崎は屋上の扉が施錠されていることを知らなかったようだ。幸い、少し広いため、二人で座っても余裕はある。

「まぁ、貴重な経験をしたと思うことにするよ。鍵崎、君本当に気をつけてね。付きまといとかストーキングしてくる相手は大体男だろ?迫られたらどうしようもないよ」

「でもほら、助けられる人は助けなきゃ。やらなかったら絶対後悔するし」

「それでその助けられた人に危害加えられそうになってるんじゃ世話ないよ」

「大丈夫。私護身術も習ってるし!」

「あのね、そもそも男女には筋力差があるんだよ。女性の筋肉量は上半身が男性の約50%、下半身は約70%くらい。単純計算するなら半分くらいの力しかないんだ」

「それ長くなる?なるなら食べながらでもいい?」

「たっ…はぁ。分かった。食べながらでいいから……どうしたの?」

会話の出鼻を挫かれる。大事なことなのだから聞いて欲しいのだが……鍵崎に目を向けるとあちこち探しているようだった。

「えーっとね、実は今日お弁当忘れてさ、それで購買で買おうって朝思ってて…」

「それも忘れてた、と」

「ご名答!」

思わず頭を抱えたくなった。この人は本当に自分のことを考えないようだ。仕方ない、これはとっておきだったのだが。

「はい、これ」

「あれ、あんパン。でも愚榴間くん弁当持ってるじゃん」

「こっちは食べ盛りの男子高校生なの。弁当だけじゃ足りない日だってあるんだよ」

あんパンは体育の授業などで運動などがある日、その後にある授業に備えて糖分と栄養を補給するために買っているのだ。それを渡す、というのは断腸の思いではあるが…おそらく購買のパンやおにぎりなどはもう売り切れているだろう。

「いいの?」

「いいから、はい」

「やった!それじゃお言葉に甘えて!」

言うが早いか、鍵崎は包装を解いてあんパンを食べ始める。自分も弁当を開き、食べることにした。


─────


「ごちそうさま。食べるの早いね」

「腹減ってたからね」

鍵崎の方を見ると頬に餡子がついている。随分と警戒心がない、と嘆息しながらハンカチを取り出し、頬へ手を伸ばす。

「えっえっなに」

「じっとしてて。はい、餡子ついてた」

やってからしまった、と思ったが遅かった。

「あー、ごめん。鮫島ちゃんにやる癖で」

「いやいや大丈夫、うん……えっと、ありがとう?」

とりあえず怒ってはいないようで胸を撫で下ろす。デリカシーがない行動だったと内心で反省した。

「まったく、こっちは花の女子高生だよ?びっくりさせないでよー!……あ、そうだ、お礼!」

一瞬しおらしくなったように思えたが、すぐいつもの調子に戻る。コロコロと変わる表情にますますあの最年少の天才隊員を幻視するようだった。

「いいよ、お礼なんて。たかがあんパン一個だし」

「いーや、受けた恩を返さなきゃ自治会長の娘の名が廃るよ。あ、いいこと思いついた。今度お弁当作ってきてあげるよ」

「えっ」

「いいアイデアだと思わない?愚榴間くんさっき食べ盛りって言ってたしさ」

「いや、面倒でしょ。朝早く起きなきゃいけないだろうし」


母が自分や父親より早く起きて弁当を作ってくれることは知っているし、それに感謝は...直接言ってはいないかもしれないがしている。わざわざあんパン一個のためだけに朝早く起きてもらうのは彼女に忍びないと思った。


「平気平気!それ1回だけだし、色々詰めるだけでしょ?あ、でも卵焼きとかやっぱ欲しい?これは入れてっていうのある?」

こうなったら梃子でも動かないだろう。観念して弁当で好きなものを思い浮かべる。

「あー…そうだね、卵焼きはその、甘いほうがいいかな」

ただ好きなものを答えているだけなのに妙に気恥ずかしくなり、ついそっぽを向いてしまう。幸い、鍵崎は気付かずにメモを取ることに夢中のようだが。

「よーし、オッケー。そんじゃ今度作ってくるから!是非感想を聞かせて欲しいな」

「了解。楽しみにしてるよ」

「うむうむ、楽しみにしてるといいぞよ〜」

彼女がどんな弁当を作ってくるかを楽しみにしている自分に心の中で苦笑し、このお人よしをちゃんと見てやらなきゃな、と考えながら立ち上がる。まずは自治会長の娘さんをボーダーへ無事送り届ける任務をこなさなければ。



Report Page