神降ろし

神降ろし





夜も更けた修練場。

龍蟲僻邪を身に宿す少女、斗勝愛宕は座禅を組んで瞑想している。

これから始めるのは心の中に巣くう怪物の一柱、神虫の調伏の儀である。

神虫の『眷属生成』『呪力還元』の権能を獲得しているがこれまでなんども儀式に挑戦し何度も失敗している。眷属の性能も還元効率もオリジナルと比べると圧倒的に劣っている。

愛宕は瞑想を続け意識を神虫が待つ自らの生得領域へと沈めていく。既に修練場の景色は見えなくなっている。

沈む

より深く

これより先は神域

気が付けば愛宕は広大な森にいた。この先の中央にある巨大な社に神虫が待ち構えている。鞘に納まる愛用の二振りの刀の柄に手をかけ深呼吸。この調伏の儀の最中は式神化されてない大百足はこちら側へ干渉できないため横槍の心配も不要だ。

次第に神虫の呪力が増大していく。その生命体としての格の高さゆえに空気が鉛のように重くなっていく。対する剣士の少女に恐れはない。

「行きます……!」

今、現代に新たな神殺しの伝説が始まろうとしている。



愛宕は深い森の中を疾走する。森の中には既にいたるところに神虫の生み出した眷属たちが溢れている。もう数えきれないほどいるだろう。

天龍、蠶を抜き放ちすれ違いざまに小型神虫というべき眷属、その基本型を両断する。

このフィールドは刀を振るうには本来不利な地形だ。徒手空拳ならともかく刀という武器はリーチが広くたくさんの樹木が邪魔で刀を振りにくい上に視界が制限される。そこまできつくないとはいえところどころに傾斜がある場所もある。

だが愛宕ほどの剣士にとってこの程度は障害にはなりえない。愛宕の足は止まらない。背後から愛宕に嚙みつこうとしてくる眷属を躱し首を落とし踏み台にして加速する。


森の中央にいる神虫は未だ動く様子はない。その気になればあそこからでも愛宕を殺せるだろうに。

恐らく待っている。試している。この包囲網を突破し自らを打倒しこの力を振るうにふさわしい存在足りえるかどうかを。

太い幹の影から急襲してきた眷属を切り捨て返す刀でもう一体を斬り軽く息を吐く。

もう既に3桁まで斬っただろうか。数えきれない眷属が森に潜んでいて呪力探知も全く役に立たない。馬鹿正直に眷属を相手していたらいずれ体力が尽きて終わりだ。囲まれて袋叩きにされる前に眷属の包囲網を突破し最短ルートで神虫のところへ向かう。

ここで仕掛けるべき。そう判断した愛宕は手札を一つ切る決心をする。

それに対応するように眷属たちの動きが変化する。ただ闇雲に愛宕に攻撃していく有象無象から統率され役割を分担しながら集団で狩りをする群れへと。

主たる神虫は未だ沈黙を保っている。



『奇鬼傀怪』

愛宕の呪力により幼い愛宕とも言うべき分身たちが生み出される。

神虫から借り受けた自身の分身を作り出し相手の呪力と術式を飲み込みながら無限の軍団を形成する技。

現段階では眷属の戦闘能力はお世辞にも高いと言うわけでもなく呪力の還元効率も神虫のそれの3割程度といったところ。術式の抽出なんて解禁すらできていない。

だがそれは1対1での話。例え弱い駒であっても強い駒を足止め出来たならば集団戦では大きな仕事をしていると言える。さらに言えば足を止めた敵を狩るのは天下無双の斗勝愛宕。

分身に前脚を鎌のように変化させた近接型眷属にタックルを当て体勢を崩させる。その隙を逃さず天龍による拡張斬撃で両断。同時に他の眷属よりも一回り大きな体格で呪力バリアを貼りながら突撃してきた防御型眷属の突進を躱し脚部の関節を斬り機動力を殺す。

愛宕を離れたところから体を大砲のように変化させた砲撃型眷属が狙っている。愛宕は一瞬だけ目線を砲撃型に向けその真上に分身を生成する。分身は愛宕の命令通りに手刀と鋭い爪をもって砲撃型のコア部分に突き立て吸収した呪力を愛宕へと送る。



3方向から放たれる愛宕の分身を複数巻き込んだ砲撃を躱しながらも愛宕は少しずつ焦りを感じ始めていた。

樹木で射線を切りながら足を止めない事を意識して立ち回っているが、砲撃型の狙いは正確で火力も高い。砲撃型を優先して仕留めたい所だが近接型と防御型を無視するわけにもいかず、対応してる間に砲撃型にチャージする時間を稼がれてしまう。これまでにチャレンジした調伏の儀の経験から展開される砲撃型の数は他の種類よりも少ないと予想してるが、この森の中でいったいどれだけの砲撃型がいるのかを知る手段は愛宕にはない。

(このままじゃ削りきられる…今はなんとかなっても先に呪力が切れるのはこちら側。なんとか突破しなきゃ…)

樹上から強襲する近接型を斬り捨てながら思案に耽る。その一瞬の隙を突かれ腕を掴まれる。掴まれた瞬間愛宕は一切の躊躇なく次の手札を切る。

『羽蝨』

身体中に百足の紋様を浮かべながら身体能力を劇的に向上させ、掴まれた腕を思い切り振り投げ眷属を投げ飛ばし今まさに分身に向かって鎌を振り下ろそうとしていた近接型にぶつける。更に右手に持つ蠶を刀身を延ばして投擲。2体の眷属を纏めて串刺しにする。分身に回収を命じながら前方から突進してくる4体の防御型に向き直り天龍を構える。

『シン陰流 臘月』

呪力防御を貫通する複数の斬撃が天龍による斬撃の拡張と併せて防御型を細切れにする。本来二刀流で行われる技をアドリブで一刀流に組み替えて出来るのは開発者である愛宕だからに他ならない。

串刺しにした眷属から呪力を回収した分身から刀を投げ返されたのをキャッチすると向上した身体能力を活かし樹上へと跳ぶ。防御型は体格が大きいため木の上までは上がってこれないため樹上にいる限り脅威を一つ無効化した事になる。

愛宕は木の枝から木の枝へと飛び移りながら全速力で進む。足場が不安定ではあるが身体能力に物言わせて強引に進む。

(羽蝨は神虫までとっておきたかったけど時間もかけたくない…最短ルートで駆け抜けるしかない…!)

砲撃型が愛宕を直接狙うのをやめ足場となる樹木を倒しにくる。

神虫の待つ社までもう少し。

次に着地しようとした木が砲撃型の攻撃により倒されようとしてるのを察知すると飛び移るのをやめ地面に着地する。

着地した瞬間を狙い5本の呪力ビームが愛宕を襲う。

『シン陰流 臘月』

領域が付与されている臘月を放ち強引に相殺。防がれるのは読まれていたらしく4本のビームが愛宕を襲う。今ビームを撃った砲撃型の居場所は今のでおおよそ把握したのでそちらに分身を向かわせ追撃のビームの迎撃にかかる。

「シン陰流 臘…!?」

臘月を繰り出そうとした瞬間地面の下から眷属の腕が出てきて愛宕の足を掴んだ。無理矢理技を継続したものの踏み込みがほんの少し足りず1本のビームが迎撃しきれず愛宕に直撃。

「かはっっっやったなクソがぁ!!」

数メートル強吹き飛ばされ木に強く打ち付けられ肺の空気が押し出される。羽蝨の影響で素面なら出てこない悪態が出てくる。

「あそこに着地することまで読んでたっていうの…あークソとりあえず反省は後、全部終わってからだから」

痛みを堪えながら立ち上がり刀を構える。

とりあえず確認できた砲撃型の居場所には分身を送り込んだためしばらくはなんとかなるだろう。問題は再び敷かれつつある愛宕への包囲網をどう突破するか。

「強行突破…しかないかなぁ。反転術式ないもんね、仕方ないか」

二振りの刀を再び握り締め矢の如く駆ける。

防御型の鎧のような甲殻の隙間、関節部分に刃を走らせ八つ裂き。

その勢いのままに攻撃体勢に入ろうとする近接型の手足を切断。

技術もへったくれもない純粋なパワーでプレーン型を蹴り飛ばし天龍による斬撃で纏めて切り裂く。

羽蝨の制御と多数の分身の制御で頭がパンクしそうになるのを感じながらも斗勝愛宕の足は止まらない。

あと少しで包囲網を抜けられる

森の終わりまでほんの僅か

ゴールが目の前であっても愛宕に油断はなく常に死角からの攻撃にも対応できるように立ち回っていた。

背後から放たれたビームに再び当たるまでは。放たれたビームは包囲網を敷いていた多数の眷属を巻き込み、愛宕が回避行動を取ろうとした時には既に手遅れだった。

斗勝愛宕の敗因は砲撃型が味方を誤射しないものと決めつけてしまっていたこと。

これまでの挑戦で砲撃型は他の眷属を巻き込むような砲撃はしてこなかった。これまでは味方を巻き込むような攻撃をわざわざしなくても勝ててたからしなかっただけ。冷静に考えれば分かることだ。神虫にとって眷属とは幾らでも替の効く駒でしかない。ある程度大事に使わないといけない愛宕のそれとは訳が違う。


気が付けば愛宕は見慣れた修練場にいた。

滝のように汗をかき荒い息が止まらない。調伏の儀の失敗を悟ると冷たい床板に倒れ込む。


悔しい

また失敗した

勝てたはずなのに

こんな事してる場合じゃないのに


さまざまな思いが溢れ出し目尻から一雫の涙が流れ出る。

早く気持ちを切り替えなければ。次の調伏の儀のために行動しなければ。

気持ちの切り替えは愛宕の得意技であると自負しているが今回はなかなか上手くできない。

数分か、あるいは数時間か経ちようやく気持ちの整理を付けられた愛宕は立ち上がり木刀を持って今回の調伏の儀を振り返り始める。全体的なアプローチが正しかったかどうか、シン陰流の精度、術式の運用法と制御の訓練。


一人戦い続ける愛宕を月明かりと神虫だけが見つめていた。

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