神谷氷菓の懐古

神谷氷菓の懐古

私の未来

そんなわけで逮捕されたヒョーカちゃんでございます。あの日から数日が経ち、今日はガラス越しに弁護士さんと対面です。

『……と言うわけでして、今回あなたの弁護に来ました。妹さんの熱意を買ったのであって、私個人はあなたが嫌いです』

ヒョーカちゃんの前に座る女性、彼女が弁護してくれるそうです。初対面で嫌いと言い切られてしまいましたが、その誠実さは好感が持てます。

「今回はお疲れ様です。妹が無理言ったようで…弁護士費用って高いんですよね?」

『ええまあ。妹さんが貯金を切り崩し、ご家族やあなたの同僚などから寄付を募って払ってくださいました』

むむむ、やはり掃除にはメーワク掛けてしまいました。今度謝っておきましょう。他の人たちにも。

『では今後について話しましょう。誤魔化しても仕方ないので端的に言います。あなたは二つに一つです。死ぬか、死なないか』

「あはは……そりゃそうですね。ヒョーカちゃんは何回ぐらい死刑になれば許されるんでしょうか」

『6回前後でしょうね』

そんなにですか。改めてヒョーカちゃんはヤバいのかもしれません。

ともあれ今日の所はこれでお終いです。弁護士さんはヒョーカちゃんから聞き取りをして、難しいパズルを見た時みたいな顔で帰っていきました。

なんだか申し訳ない気分です。



弁護士さんとの初対面から少し経ちました。

今日のヒョーカちゃんはウキウキしています。つい鼻歌が出ます。そんな楽しげなヒョーカちゃんを見て見張りの人は汚物を見るような目でしたが、何なのでしょうか。

【殺シタイ】

とと、いけません。三つ子の魂百までですね、ヒョーカちゃんは変わりません。ここで殺してしまったら掃除との接見がパーになるかもしれませんし、我慢我慢です。

そうして鼻歌が三曲目に突入したあたりで呼び出されました。ヒョーカちゃんは喜び勇んで向かいます。

「久しぶり掃除、元気だった?」

『…お姉ちゃん』

ガラス越しだけど姉妹の感動の再会です。えへへへ、なんだか頬が緩んでしまいますなー。

『そっちで不自由は…してるか。病気もしてないようで良かった』

「そっちこそ。弁護士さん付けてくれてありがとうね。貯金崩させちゃったみたいで本当ごめん」

近況報告をあんまりしてるとすぐに時間切れになっちゃいますし、掃除は急ぎます。

『それで…本当、なんだよね。お…お姉ちゃんが、殺人鬼で、人殺しで、ヴィランで……』

「まあ、うん」

頷くと、向こうで掃除が泣きそうな顔をしていた。

やめてよそんな顔、私まで悲しくなってしまいますし。家族の悲しみは、ヒョーカちゃん自身の悲しみよりヒョーカちゃんを締め付けるのです。

『…今だって信じたくない。私の中のお姉ちゃんはとっても良いお姉ちゃんのままだもの』

「そうは言うけど、これがヒョーカちゃんなのです。いや本当にごめん……掃除がヒーローやってるとは思わなかったのです」

『……そっか、私には申し訳ないと思ってるくれるんだ。なら……』

「?」

『ならなんで!?そうやって誰かを殺すことを我慢できなかったの!』

大声を上げる掃除を手で制します。あんまり騒ぐと強制中断もありますからね。

「食事する、寝る、誰かと話す、テレビを見る。みんな色々やる事がありますよね。必須だったり必須じゃなかったりするけど。ヒョーカちゃんにとっては誰かを殺す事がその中にあっただけなのです」

『……そっか』

若干諦めたように、掃除は肩を落としました。幻滅されてしまったでしょうか。

【殺シタイ】

いけませんいけません、掃除だけはダメです。本当に絶対にダメなのです。

【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】【殺シタイ】

痛いです、苦しいです。ダメですヒョーカちゃん狂いそうです。ああ手が出そうです、ガラスを破るにはどうすればいいでしょうか。漫画で掌を貼り付けて割る人がいましたし試してみましょうか。ああその前に監視の人を殺すべきでしょうか撃たれたら掃除を殺せませんでも殺しちゃダメだからこれで正しいようにも思えます。

『お姉ちゃん…?』

「んぇあ……」

ぐらぐらとした視界ですが、その声にヒョーカちゃんは顔を上げました。

『それでも、私は絶対にお姉ちゃんの味方だよ。私にとってはお姉ちゃんはお姉ちゃんのままだから』

びくり、ヒョーカちゃんは跳ね起きました。

「本当に?」

『うん、できる限りで頑張ってみる。手は尽くす、絶対に』

こうして今日の接見はお終いになりました。いつもの居場所に帰る時、ヒョーカちゃんは殺人衝動が綺麗さっぱり無くなっていた事に気がつきました。

なんででしょうか?




『……裁判資料フル確認、あなたとの会話も繰り返しました。その上で断言しても良いですかね?』

「はい」

弁護士の人とも大分仲良くなれたと思います。彼女は優しい人だし仕事人なのでしょう。私を嫌いと言いつつ頑張ってくれますし、仕事は本気だと伝わってきます。

『正直私はもう投げたくなってきました。減刑できそうな要素がほぼ無いんですよ』

この辺りをハッキリ言ってくれるのにも好感が持てますね。

『………私はですね氷菓さ』

「アイスじゃなくヒョーカと呼んでください」

『失礼、そうでしたね。とにかくヒョーカさん、私は妹さんに持ち込まれた時断ろうと思ったんですよ。だってそうでしょう、こんなの誰が弁護したがるんですか』

こんなの扱いされてしまいました。まあ仕方ありませんが。ヒョーカちゃんは極悪非道のヴィランらしいですからね。

『それでも受けたのは、妹さんが余りに必死だったからです。だってそうでしょう、盥回しにされた挙句私のところに来て姉が死刑になってしまうと叫ぶんです』

「……掃除、本当に頑張ってくれたんですね」

『ずっと駆けずり回って少しでもプラスの証拠がないか必死で探してくださってます。下手したら私より頑張ってますよ』

「そっか、そんなに……」

そして弁護士さんは向き直り、切り出しました。

『私はもちろん無罪を目指しますが、同時に被告の幸せも目指しています。だからこれはあなたが決めてください』

「……?」

『あなたは、減刑を目指しますか?それともあなたがあなたらしく生きることを望みますか?』

その問いにヒョーカちゃんは何一つ迷いませんでした。だって迷う理由があるわけないじゃないですか。

「ヒョーカちゃんらしく生きたいです」

『ですよね……』

がっくしと肩を落とした弁護士さんは、息を吐いてから話し始めました。

『いやね、私も減刑させれるならさせたいんですよ。だから私はあなたに演技指導しても良かった。「人を殺したことは反省してます」とか「一生かけて遺族に償います」とか言わせるような感じのですね』

でもそれはヒョーカちゃんじゃありません。

『だからやめました。仮にそれで減刑されても、あなたは笑顔になれないでしょうから』

この人も大概ノリで生きてる人です、職務放棄も良いとこです。なんかシンパシーを感じますね。

『ともかく、あなたは裁判では聞かれた事には言いたいように答えてください。出来るだけ嘘無しで』




そうして沢山の日が登り日が沈み、いよいよ初公判です。なんか職員室に呼び出された時みたいに落ち着きません。意味もなく笑い出しそうです。

あ、掃除が居ました。手を振りたいけど我慢我慢です。

(妹さんを見かけても手を振らないでくださいね。ただでさえ苦しい立場に置かれてるのに、ヴィランとの内通疑惑なんてなったら職場追い出されますよ彼女)

うー……弁護士先生との約束なのです。嫌な人からの約束ならともかく、好感が持てる相手からの指示となると守りたくなります。

「それでは開廷します。被告人は前へ出てください」

えーっとここでは証言台へ……。なんだか学芸会の練習みたいですね。

そのあとは通り一遍の個人情報が聞かれ、検察の人が刑法199条がどうとか長々としゃべります。要約するとヒョーカちゃんが何人も殺したから怒っていますの意のようです。ならそう言えば良いのに。

最後にはお決まりの「喋るのは自由だけどその言葉は証拠として云々」との裁判長の言葉が続きます。

さて、それでは私なりに話しましょうか。




「それでは被告人、何か主張や反論はありますか?」

そう問われて、ヒョーカちゃんは力強く頷きました。喋るチャンスが何回あるか知りませんが、今回がそのうちの一つなのは間違いなさそうです。

「あ、はいはい!あります!長くなりますけど大丈夫でしょうか?勿論頑張って短くはしますけど」

裁判長さんは頷きました。許可がもらえたならいざスタートです!

「私は悪い事をしたとは思っています。ただ、ヒョーカちゃんは悪くないです。ヒョーカちゃんはこう生まれました。人を殺す時、手の中で命を弄ぶ感覚、それがヒョーカちゃんの唯一ではないにせよ絶対の幸せでした」

息を吐き、言いたいことを整理する。その上で続けた。

「ヒョーカちゃんはそれをだいぶ我慢してきました。そんな風に産みやがった世界を恨んで暴走しても良かったのに。だからそのご褒美として少しぐらいの発露は許されて然るべきだと思います」

その日の法廷はおしまいになりした。

伸びをして、私はまた元の壁の中へ戻ります。

そして、何度も何度も繰り返されました。



ああ、今日が判決の日だそうです。

私はどうなるのでしょうか。

「それでは判決を読み上げます」

掃除は頑張ってくれましたし、弁護士の先生も頑張ってくれました。

苦労に報いる判決が出るでしょうか。出なかった時、私は掃除にどんな顔をさせてしまうのでしょうか。

でも、少しだけ思うのです。あの生徒さん達に謝りたいです。

「被告人は極めて身勝手な理由のもと……」

ごめんなさいとありがとうを言いたいです。死にたくないです、外に出たいです。

そうだ、外に出れたらごめんなさいをしてみましょう。人間のふりをしてみましょう。

「加えて反省の意思なども……」

夢は膨らみます。

さあ、明日に向かってみましょう。

短くても長くても、明日は明日です。

最後の瞬間までやりたいように、私は私のやりたいことを叶えましょう。

「以上から、被告人を……」

そして判決は読み上げられた。

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