神様よりも素敵な人(終)

神様よりも素敵な人(終)


「ん、んぅ……」


 じっとこちらを見つめてくる視線を感じて、スレッタは薄く目を開けた。ぱちぱちと瞬きをするたびに徐々に鮮明になっていく視界に、この世で最も大好きな人の顔が真正面にあったので、スレッタはひっくり返った声を上げた。


「えっえっえっエランさん!」

「ごめんね、起こしたかな」

「いっ、いえ!そんな……」


 驚いて身動いだ拍子に、全身に甘い痛みが走って、スレッタは先程までのことを思い出した。

 教会に帰り着いたのは朝方だったのに、もう外はすっかり暗くなってしまっている。それほどの長時間エランと睦み合っていたのかと思うと、スレッタの全身は真っ赤に染まった。


「大丈夫?身体は清めておいたから、無理に動かない方がいいよ」

「あ、はい……その、たいへんお世話を……」

「僕が好きでやったことだから」

「ふぁい……」


 そう言って、エランはスレッタの頬を優しく撫でた。あんな、あんなとんでもないことをしたり言ったりやったりした後とは思えない和やかな雰囲気に、スレッタはもじもじしてしまう。今更エランの愛情を疑うなんてことはしないが、自分が散々に乱れた記憶がある以上、どうしても恥ずかしくなってしまうのだ。

 エランはそんなスレッタの様子をじっと見つめると、やがてその左手を取って薬指に口付けた。


「スレッタ、君はどちらの僕が好き?」

「ひゃ、♡、ん、ふぇ……?」


 驚いて甘い声を出してしまうスレッタとは対照的に、エランの声はどこまでも真剣だった。声だけでなく、その瞳も。


「神父としての僕が好きならそうするし、悪魔としての僕が好きなら、魔界に住んだっていい」

「え……?」

「君の好きな僕になるよ。この見た目だって変えてもいい。君の好きな顔と、君の好きな声の男になる」


 それは、魔界に帰省してからずっとエランが考えていたことだった。スレッタが人間として、神父としてのエランを求めているのならそう振る舞い続けるし、魔界に帰りたいというのなら、エランは悪魔としてその隣で過ごしたい。

 外見も声もそうだ。エランが魔界で再会した兄弟たちは、皆鏡で写したように同じ顔と声をしていた。絶対に有り得ないと確信はしているが、もしも万が一スレッタが彼らに惹かれてしまったら、と思うと、エランは気が気ではなかった。

 元々外見に頓着のないエランにすれば、そんなことになるくらいなら自分の容姿をスレッタの好みに合わせようと思ったのだ。

 何があっても、ずっとスレッタと愛し合えるように、エランは自分の全てをスレッタの好みに合わせようと決めていた。

 そんなエランを目を丸くして見つめていたスレッタは、やがて少し悲しげに笑って、ちゅう、とその唇に口付けた。


「スレ、」

「私、エランさんが好きです。エランさんが、本当に大好きなんです」


 今度はエランが目を見開く番だった。

 スレッタの瞳はどこまでも澄んでいる。こんなにも美しい瞳をした存在を、エランはスレッタ以外に知らなかった。


「そのままのエランさんが、エランさんの全部が好きです。──神父のエランさんも、悪魔のエランさんも、優しいエランさんも、いじわるなエランさんも、全部、ぜんぶ大好きなエランさんです」

「エランさんの全部、私にください。……私は、欲張りなんです」


 エランはもう、言葉も出せずにスレッタを抱きしめた。スレッタの手が、受け入れるように背に回る。それに途方もない幸せを感じながら、エランはスレッタを抱きしめ続けた。


「僕も、僕も君の全部が好きだ。……君の全部、僕にちょうだい」

「嬉しい……。もちろん、です」

 

 スレッタはにこりと微笑み、エランに口付けた。

 時には聖女のように、時には淫魔のように自分を受け止めてくれる。こんな女は、まるで魔女だ。自分の魂は、もうすっかりスレッタに奪われてしまっている。


 そんなことを考えながら、エランはスレッタと抱き合って限りなく口付けを交わし──自身が再び熱を持っていくのを感じた。


(……まさか)


 あれほど交わっていたというのに、まだ熱を持つ自身に呆れてしまう。さすがにこれをスレッタにぶつけるのは、彼女への負担が大きすぎる。

 適当に一人で処理しよう、とエランが身体を離そうとした瞬間、スレッタがぐい、とエランを抱き寄せた。


「だめですよ、エランさん♡」


 スレッタの声が耳朶を擽り、エランは息を呑んだ。下半身に余計に熱が集まるのを、なんとかしてやり過ごす。

 そんなエランの手を取ると、スレッタは自身の秘部へとゆっくりと運んだ。エランがつい先程綺麗に清めたはずのそこはしっとりと濡れており、溢れる蜜がエランの白い指先を汚していく。


「エランさんのせーしは、全部私のなんです、から……♡♡ちゃんとここに、注いでください♡♡♡」


 そう言って、スレッタはうっそりと微笑んだ。それに応えるように、下腹部の淫紋が妖しく光る。その姿はまさしく淫魔そのもので──エランは観念したように、こっそり息を吐いた。


「……僕の負けだな」

「え?」

「なんでもないよ」

「む!嘘です、んうっ♡あっ、んン♡」


 ぷくっと頬を膨らませたスレッタを押し倒して口付けると、嬉しそうに全身で抱きついてくる。その全てを受け止めながら、エランはスレッタに溺れていった。

 淫魔たちの夜は、まだまだ始まったばかりだ。



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