神様よりも素敵なひと
「ふぅ〜!た、ただいまです!」
「ただいま」
どさり、と荷物を下ろして、エランとスレッタはお互いに顔を見合わせて挨拶した。教会の静謐な空気が二人を迎え、ああ帰ってきたのだとエランはほっと息を吐いた。
エランとスレッタは、数日間教会を留守にしてスレッタの実家──つまり魔界に、スレッタの家族へ挨拶に行っていたのである。
人間の世界へ修行に行った娘が結婚すると言い出し、結婚相手として神父を連れて帰ると聞いたスレッタの家族は目を丸くしたが、スレッタが選んだ人ならばと温かく迎えてくれた。
不束者ですが娘をよろしくお願いします、と丁寧に頭を下げられて、エランはこちらこそよろしくお願いします、と深々と頭を下げた。結婚を認められない可能性も高いと考え、駆け落ちする覚悟すらしていたエランにとって、優しく温かく自分を受け入れてくれたスレッタの家族は、すぐにかけがえのない存在になった。
「でも、びっくりしましたね。まさかエランさんが、インキュバスだったなんて」
シスター服に着替えようと荷物を整理していたスレッタが、しみじみと驚きを噛み締めるように呟く。
魔界に帰省したことで、驚くべき真実──エランがインキュバスであるということが判明したのだ。
最初エランはひどく驚き、とても信じられなかったが、よくよく思い返すとそれなりに思い当たる節があった。
エランを助けてくれた前神父すら籠絡したあのサキュバスの誘惑を跳ね除け退治することができたのも、サキュバスであるスレッタに精を吸われるどころか逆に抱き潰すことができたのも、恐らくエランが高位のインキュバスだったからだろう。
魔界の中でも御三家と呼ばれる名家の一つ、ペイル家の三つ子のうちの一人がエランであったのだ。
自分と全く同じような顔立ちをした兄弟と再会したことを思い出し、エランは少し微妙な表情になる。
家族が存在していたこと、そして再会できたことは間違いなく嬉しかった。嬉しかったが、エランがすっかり記憶を無くして神父として働いていたことや、神父のくせにサキュバスに入れ込んだ上、そのサキュバスと結婚するために魔界にまで乗り込んできたということを知ったエランの兄弟──何故か兄弟全員同じ名前をしており、便宜上兄は"エラン様"、弟は"5号"と呼ばれていた──から盛大に揶揄われ弄られてしまい、その挙句にスレッタにちょっかいをかけられ、エランは生まれて初めて兄弟喧嘩というものをする羽目になったのだ。
(……あいつら)
にやにやと笑みを浮かべながらスレッタに絡んでいった兄弟たちのことを思い出して、エランはむすりと不機嫌になった。あれでスレッタが結婚を白紙にすると言い出したらどうしてくれるのだ。その時は再び地下牢の出番かも知れないではないか。それはエランとしても不本意である。
むすっとした表情のエランとは打って変わって、スレッタはにこにこと嬉しそうに微笑みながらシスター服に袖を通している。スレッタにとって、エランとの魔界帰省はとても楽しく充実したものだったのだ。
「でも、私は嬉しいです!エランさんがインキュバスだったら、ずっと一緒にいられますし……」
ぽっと赤らんだ頬を押さえながら、スレッタはふにゃりと笑う。蕩けるようなその笑顔に、エランの心は猛烈な速度で癒されていった。エランがインキュバス──スレッタと同じ悪魔であったということは、つまり2人は寿命の心配もなく永遠に共にいられるということだ。
きちんとスレッタの家族に認めてもらえた上に、寿命により引き離されることもないと分かっただけで、魔界帰省は充分すぎる成果を得られたと言えるだろう。面倒な兄弟のことはまた別の話である。
そんなことを考えながらスレッタの着替えを見つめていたエランの心に、ふと邪な感情が湧き上がってきた。
ぴたりとした清楚なシスター服を窮屈そうに盛り上げる豊かな胸と臀部、纏められた髪から覗くすらりとしたうなじ、何よりもエランに真っ直ぐに向けられる眼差し。
スレッタの全てがエランの眠っていたインキュバスとしての本能を刺激する。確か教会は今日まで休みにしていたはずだ、と頭の隅で考えて、エランはすっと目を細めた。
「さあ、今日もがんば、り、……あ、あぇ…?」
ふん、と気合いを入れるように拳を握ったスレッタの声が、徐々に小さくなっていく。やがて力が抜けたようにへなへなと床にへたり込んでしまって、スレッタは戸惑ったようにエランを見た。その頬らうっすらと上気し、吐く息には徐々に熱がこもり出す。
次々と湧き上がる熱に潤んだ瞳でエランを見れば、その緑色の瞳は爛々と輝いていた。
「なるほど、こうやってフェロモンを使って誘惑するんだね」
「え……?」
スレッタと目線を合わせるようにしゃがんだエランが、スレッタの顎を掴んでくいと持ち上げる。近付いたことでより強力になったフェロモンに当てられたのか、スレッタはそれだけでふうと熱い息を漏らしていた。
二人きりの教会の中で、清廉なるシスターが、インキュバスである自分のフェロモンに当てられてじわじわと発情しつつある──常に無いシチュエーションに、エランは自身がぞくぞくと興奮しつつあることを自覚した。
「スレッタ」
「あっ…、だ、だめです…!」
力の抜けたスレッタの身体をひょいと持ち上げると、ベッドに連れて行く。その間も微かに抵抗していたことを咎めるように、つつ、と首筋を撫でると、スレッタが高い声を上げた。逃げるように身動いでいるが、フェロモンのために身体が動かず、潤んだ瞳で助けを求めるようにエランを見つめることしかできない。
それでもスレッタは、ふるふると首を振って抵抗を示した。
「だ、だめ、です…!教会のお仕事をしなくちゃ…、私はシスターなんです……っ」
「……敬虔なシスター様だね」
きゅっと目を閉じて顔を逸らすスレッタだが、その頬は赤らんで紅潮している。エランが少し触れるだけでぴくりと震えるその身体は、快楽の熱が回っているのがはっきりと見てとれて、エランはごくんと喉を鳴らした。
あくまで"シスター"として振る舞おうとするスレッタに、悪戯心めいた嗜虐心が湧いてくる。
「インキュバスの僕は、こうしないと弱ってしまうんだ。君は、僕を一人にしないと言ってくれたのに……」
あえて悲しげな声を出すと、スレッタがはっとしたように顔を上げた。戸惑うような、それでいて期待したような表情のスレッタを覗き込んで、お願い、と囁くと、スレッタはちらりとエランを上目遣いに見つめてから、きゅっと胸元で手を握った。
「い、いけません…!私の身体は、主に捧げたものなんです……っ!」
「…………」
その言葉に、エランはむっと苛立った。スレッタは自分の妻だというのに、なんてことを言うのだ。スレッタの身体はスレッタ本人と夫であるエランのものであって、神様だろうがなんだろうが渡すつもりは毛頭ない。
先程の期待したような上目遣いや、今もエランの様子を窺うようにちらちらと目配せしていることから、恐らくスレッタもそういう"プレイ"の一環として言っているのだろう。
だが、頭で理解していても、心が納得するかどうかは別の話だ。
エランはむっとした表情のまま、ズボンの前をくつろげると、熱り立ったものを露わにした。ぼろん、と勢いよくまろび出た雄の象徴に、スレッタが息を呑む。見せつけるようにスレッタの眼前に突き出せば、スレッタはうっとりと声を上げた。
「あ……♡」
「なら、せめて口でして。できないなんて言わないよね?」
「あっ、あ、あぅ……♡」
スレッタは躊躇うように顔を伏せたが、その視線はとろんと蕩けてエランの逸物を愛おしげにちらちらと見つめている。スレッタがエランのものが大好きだということを、エランはとうに知っているのだ。
「ほら、早く」
「ん、んん…っ♡ひ、ひどい、です……♡」
ひどい、なんて言いながら、スレッタはエランの剛直を愛おしそうに両手で優しく包み込むと、ちゅ、ちゅと口付けを落としている。すり、と肉棒に頬擦りする姿からは、抵抗の意思など欠片も見えない。
「君は本当に僕のペニスが好きだね」
「ち、ちがいます…っ♡そんなんじゃ、♡ん、んぅ、じゅる、んむ……♡♡」
違うなどと否定の言葉を発しつつ、スレッタは自らエランの剛直を咥え込んだ。口内に収まりきらない部分は、自身の胸を露出させ、それを持ち上げて挟み込む。期待するように腰を揺らしながら、スレッタは全身を使ってエランに奉仕した。
初めて昂った剛直を見た時は怯えてすらいた少女が、今やうっとりとした顔で夢中になって肉棒をしゃぶっている。そうさせたのが自分だという事実に、エランはどうしようもないくらいに興奮した。
じゅるじゅると淫らな水音を響かせながら、スレッタが懸命に奉仕する。その最中、スレッタが自身の胸を揉みしだき、何かを求めるように腰を揺らしているのを見て、エランはすっと目を細めた。
「下がずいぶんと寂しそうだ。僕のペニスは一つしかないから、ごめんね。後でたっぷり可愛がってあげるから」
「んむ…っ♡!そ、そんにゃ…!む、むりやり、こんにゃことしゃせてる、にょに……っ♡」
「無理矢理?……僕は口でしてとは言ったけど、胸で挟んでなんて一言も言ってないんだけどね。腰を揺らしているのも無意識なの?」
「あっ、……!」
スレッタの頬がかっと赤くなり、むっとエランを睨みつける。けれど両胸も口もエランの肉棒を奉仕することに使っている姿で睨まれても、かえって煽られているようにしか見えず、エランの剛直は更に大きさを増した。
「ん、んぅ…っ♡こ、こんにゃおっきいの、はいらにゃいれす……♡!も、おっきくしないれぇ…っ♡」
「ふふ、もう入れてもらうことを想像してるんだ。いやらしいシスターだね」
「あっ、あぅっ、…ひっく、もうやだぁ!!」
「あ」
自ら墓穴を掘ってしまったスレッタが、もう全身真っ赤になって顔を逸らした。自分から敬虔なシスターとしての振る舞いを始めたのに、どんどんと淫らな部分がエランに指摘されてしまって、半泣きになってぷるぷると震えている。
スレッタのそんな姿に、エランはごくりと喉を鳴らした。
漆黒のシスター服は所々唾液や先走りで汚され、露出した胸の先端はつんと尖って濡れている。綺麗にまとめた髪は乱れ、小さな口の周りはべとべとになってしまっている。
エランから顔を逸らして震えるスレッタの顎を掴んでこちらを向かせると、エランは敢えて優しい声を出した。
「嫌なのに、頑張って僕のものを慰めてくれてありがとう。後は僕が自分でするよ」
「な、慰めるなんて…私、そんなつもりじゃ……」
スレッタがどこか悲しげな声を出す。スレッタにしてみれば、少しでもエランを気持ち良くさせようと懸命になっていたのに、慰めなどという言葉を使われて複雑なのだろう。
そんなスレッタの前に、高く聳え立った逸物をずいと見せつけると、エランはそれを手で刺激した。自分で慰めるなど、エランは碌に経験もなかったことだ。
「くっ、う……っ」
「あ、あぁ…っ♡エラン、さん…♡」
自らの昂りを手で扱くエランを蕩けた瞳で見つめていたスレッタが、そっと手を伸ばしてエランのものを撫でる。最初戸惑いがちだったその動きは、徐々に大胆になっていった。
「く、う、スレッ、タ……っ!」
「あっ、あっ、エラン、さん……っ♡」
お互いに荒く息を吐きながら、猛り切った剛直を扱いていく。スレッタの手を上から重ね合わせるようにして刺激すれば、剛直がどくんと大きく脈打ち、一瞬後にどぷりと精を吐き出した。
「あ、あぁ…っ!えらんさんの、せーし、♡あっつい、よぉ……♡」
どろりと粘ついた白濁が、スレッタの顔と身体をびちゃびちゃと汚していく。鮮やかな赤毛と褐色の肌に白い欲望のコントラストが映えて、エランは自身のものが再び熱を持っていくのを自覚した。
スレッタは、エランの欲望に塗れた顔をそのままにぽうっと目を潤ませている。その内腿がすりすりと擦り合わされているのを捉えて、エランはぐいとスレッタの脚を開かせると、シスター服の下を捲り上げた。
「えっ、……ひゃあっ!あっ、やめてくださ…っ」
「すっかりびしょびしょだね、ショーツが透けてる。……僕のをかけられてイッちゃったの?」
「い、いやぁ…♡言わないれ、ください……っ♡」
いつになく濡れている秘部をじっくりと眺めて、エランはそこに口付けようとして──スレッタが悲鳴のような声を上げた。
「た、助けてください、神父さま……っ!」
「っ!」
きゅっと目を瞑ったスレッタの言葉に、エランはぴたりと動きを止めた。スレッタの言う神父とはいつもエランのことで、その神父に助けを求めるということは──スレッタは本気で拒絶しているのだろうか。
考えてみれば、魔界への帰省で疲れていてもおかしくない。そんな疲れた身体を押して教会の仕事をしようとしていたスレッタに、自分は醜い欲望をぶつけているのだ。神父の風上にも置けない、まさしく色欲に堕ちた淫魔だろう。
(……でも、それにしては)
本気で拒絶しているにしては、スレッタの反応はまるでもっととエランを誘うようだった、と考えてから、何を馬鹿なことをと打ち消す。そんな都合の良い理論があるものか。今すぐスレッタに謝って、処理をしなければ。
そう考えて身体を起こそうとしたエランに、スレッタはしゅるりと腕を巻き付けて抱きついた。
「スレッタ、ごめ……んっ、んむっ、!?」
「ん、んぅ、んン……♡」
言いかけた謝罪を食い尽くすような口付けをされ、エランは目を白黒させた。スレッタは巧みな舌使いでエランの口内を刺激しながら、いやらしくエランに身体を絡ませてくる。
スレッタの意図が分からず混乱するエランを一頻り翻弄してから唇を離すと、スレッタはぺろりと舌を出して淫靡に笑った。
「私は、神父さまのことが好きなんです。……そんな私を、堕とすことができますか?新米インキュバスの、エランさん♡」
そう言って、見せつけるように顔にかかった精液を掬い取って舐めるスレッタの挑発的な表情に、エランは思わず息を呑み──乱暴に髪を掻き上げると、ぐいとスレッタを押し倒して馬乗りになった。
「……とんだシスター様だね。いいよ、思い知らせてあげる」
「えへ、楽しみです……♡」
(……間違いなく君はサキュバスだよ、スレッタ)
つい最近、スレッタに出会ってから淫魔として覚醒した自分は、スレッタに比べれば新米の淫魔になるのだろう。だが、だからといって負けるつもりは毛頭ない。
ここは先輩風を吹かせている淫らな妻に、一つ自分の実力を分からせねばなるまい。エランはそう決意して、まずはお返しとばかりにスレッタの唇を貪った。