神木家とケーキ1
ジングルベール♪ジングルベール♪
街を例のメロディと老人が満たしていく。今年もクリスマスの季節がやってきた。
我が家では互いの仕事があるからクリスマス揃って、というのは大変だが必死にスケジューリングしてイブかクリスマスは皆で食事をとり、ケーキを食べる。
10年以上続く我が家の伝統だ。
「大輝は今年は参加出来ないのが残念だな…アクアとアイは都合つけることが出来たけど、2日揃って泊まりがけロケとは…」
我が家にも家族が増えた。かつて僕が望まない行為で作ってしまった息子の大輝だ。
だが僕の息子なのは間違い無い、ということでアイ達も賛成してくれて家族になった。
…彼の真実に気づくまで時間がかかってしまい、申し訳ない思いが強い。それでも共に暮らしていくうちにようやく「ヒカルさん」から「父さん」と呼んでくれるようになった。その矢先にララライの舞台で地方巡業中。
当日はTV電話で参加予定だ。
帰って来たらよく頑張った、と温かい寝床とご飯を用意してやりたい。
「さて、予約したプレゼントとケーキを取りに行かないとね。チキンはアイとルビーが買って帰るし早くしないと待たしてしまう」
…みんな揃ってケーキを食べる。
僕の、そしてアイの子どもの時からの願いだ。僕たち2人は恵まれた幼少期を送って来たわけではない。
だからTVや漫画、映画の架空の世界の出来事だったことを家族が出来たらやってみたい、アクアやルビーがまだアイのお腹にいた時に2人で話していた、やってみたいことリストにランクインしていた内容でもあった。
「たしか雨宮先生もやってみたい、て言ってたなぁ…どこに行ったのだろうか先生…」
このささやかな夢を語る時、僕らにとって兄であり父であり、恩師のような人だった医師も「自分も家族に恵まれなかったから君達がやる時に混ぜてくれ」「いつかアイのファンだった少女に自慢してやれそうだ」
と病院の中庭で先生が大事にしていた写真の少女の思い出を聞きながら一緒に語らったのを覚えている。
だが彼はアクアとルビーが生まれた日、約束をしていたのに突然姿を消してしまった。責任感が強い先生がやるべきことを投げ出すなんて考えられない。
そのまま十数年経ち今に至る。
「何処にいるんですか?先生…子ども達は生まれ、アイも僕も貴方に会える日をいつまでも待ってます。だからーーー」
一緒にケーキを食べましょう。
先生のことを考え、遠い宮崎の地を思う。
いつか再会して僕たちの家族を紹介する日を夢見て。
子ども達のクリスマスプレゼントを予約していたそれぞれの店舗から引き取り、行きつけのケーキ屋さんに向かう。
カランカラン♪
「いらっしゃいませ!神木さん、こんばんわ。まるでサンタクロースですね」
店に入ると店主の栗栖真澄オーナーが気さくに声を掛けてくれる。
彼にはアクアとルビー、大輝は歳が離れた弟と妹でアイは恋人と伝えている…がおそらく本来の関係に気付きながらも合してくれている。
以前うっかり、アイとルビーが失言した際に凄まじい咳払いで誤魔化してくれた。
長年の付き合いになる優しい方である。
「でしょう?この日は大人はみんなサンタクロースを兼業ですよオーナー」
「違いない。予約のイチゴのショートケーキ、ホールで準備完了!さ、お持ち帰りくださいな。」
「ありがとうございます、そうします。
…おや、改めて見ると色々なケーキありますね。」
「マイド!まあクリスマスと言ったらブッシュドノエルが一般的でもありますから。
ケーキ受け取るといつもすぐに帰るからまじまじと見られるのは初めてですかね?
神木さんのところはいつもイチゴのショートケーキばかりですけど、今度違うケーキいかがです?」
はい、カタログ。
とオーナーからケーキのカタログをいただく。
……世の中にはこれほど沢山ケーキがあるのか。
知識では色々あるの知っていた。知っていたが、僕はケーキといえば「イチゴのショートケーキ」、これこそが家族の象徴で食べるべき物と考えていたところがある。
もしや僕は僕の考えを子ども達やアイ、大輝に押し付けて彼らの望みを無視してしまっていたのでは…?
「神木さん?考えこんじゃってどうしました?」
…しまった。お店の中なのに沈み込んでしまっていた。邪魔になるから退散しなければ。
「…いえ、次はアイの誕生日のケーキ何が良いか考えていたんです。彼女、ウサギ好きだからこのケーキ喜ぶかな、て」
「お目が高いですねぇ神木さん!動物を模ったケーキは私が得意中の得意なんですよ!おっと、話し込んじゃいましたね。
ハッピーメリークリスマス、神木さん。『子ども達』とアイさんによろしく」
「ハッピーメリークリスマス、オーナー。またよろしくお願いします」
オーナーに別れを告げ、自宅へ向かう。
家に近づく度に気分が上がるのと同時に先程の考えが鎌首をもたげてくる。
ーーーみんなの希望、聞いてみるか。
そう思いながら雪が降る帰り道を急いだ。
「「ヒカル(パパ)!メリークリスマース!イェーイ!!」」
「メリークリスマス、父さん」
「メリークリスマス、みんな。僕が1番遅くなったみたいでごめんね?ケーキ、あるよ」
ケーキをルビーに渡すと
わーい!と言いながらアイとアクアに見せに行く。
毎回のことだがケーキを渡すと喜んでクルクル回るルビーを見るといつまでもそのように笑っていて欲しい、と1人の親として願うばかりだ。
ケーキを見て同じく喜ぶアイ。
彼女はそのまま皿を並べて準備をした料理を並べて、ルビーはその手伝いをしている。
アクアはケーキを見て気づいたことあるのか近づいてくる。
「あそこのオーナー、仕事が丁寧だよな。マジパンやチョコレートで俺たち家族をイメージした飾り付け作るし…このウサギとキツネが子ウサギ、子ギツネ、黒いキツネを挟む構図…正直バレてるよな?」
「アクアの言った通りバレてるね。」
やっぱりそうか…と溜息つきながらかぶりをふるアクア。
「大っぴらにしないのはオーナーの美徳だよ。優しい人さ」
「客を大事にする人なのは間違いないな…父さん、兄さんからTV通話だ。」
LINEのTV電話から大輝がかけて来た。
『メリークリスマス、父さん、アクア。今日の公演終わって今は休憩時間。そっちはどうよ?』
「メリークリスマス、大輝。今からご飯とケーキさ。時間取れそうかい?」
『ちょっと待ってくれ…金田一さん、打ち上げ何時からでしたっけ?…了解です。
20分と言ったところだな。』
20分か。長いと言えば長い。短いと言えば短い。
「なら早いうちに我が家の伝統をやりますか…みんな、大輝からTV電話!20分しか無いから始めよう!!」
「大輝くんから⁈ルビー、アクア!席について!!」
「ママ、シャンメリーとぶどうジュース何処だっけ?!」
「落ちつけルビー。俺が準備しておいた。
父さん、母さん。ワインで良いんだよな?」
「ナイス、アクア!よし、それでは…」
「「「「メリークリスマース!!」」」」
『メリークリスマス、みんな』