神の天敵
聖地への侵入は、拍子抜けするほど簡単だった。
黒ひげの部下が七武海会議に現れたと聞いた時は多少驚いたもんだったが、試してみればなんということもない。ようは、空を飛べばいいだけの話だ。
一丁前に鼻の効く、獣もどきの住人と動物系のCP0をすり抜けて故郷の街を歩く。
どうやらこの腐臭漂う悪夢のゆりかごの中では、誰もかれも、想像すらしていないらしい。
穢れた血の同族が、楽園を破壊しに現れるなど。
糸を通りに掛けながら、城を目指してゆったりと歩を進めた。
今宵は、おあつらえ向けの曇天だ。
天から、炎が降ってくる。
逆さの鳥カゴが、まるで光の柱のように、天上の雲から降りてくる。
その血に炎を纏わせて。
街中に張られた糸を火が伝い、そこここから醜い獣どもの咆哮が響いた。
さァ、狩りを始めよう。
降り注ぐ呪いにアテられ月の導きに目が眩んだCPと、神の騎士団とがぶつかる。炎の檻に阻まれていることも知らずに、電伝虫に縋る惨めな声が大気を揺らす。逃げ場のない奴隷たちが、解放を願い祈っている。
どいつもこいつも平等に死んでいく。
悪くねェ話だろう?選んで殺すのが、そんなに上等か?
血を炎に巻かれた連中の断末魔を聞き流しながら、なんとなしに、懐かしい歌を口ずさんだ。
かつて母が歌い、眠る弟の中に聞いたあの獣除けの子守歌を。
パンゲアの城は、すぐそこまで迫っている。
はたして、王座なき王たちの間、いかなる王も座すことを許されないそこに、ソレは居た。
「私はただ、お前たちの望みを叶えてきた」
泣くことすら忘れた赤子の声が、虚ろな色を乗せて響く。
「その望みを、お前たちの自由を、お前は否定するというのか」
自由?自由だと?
血に呪われ生きる運命がどんなものか、どうやら世間知らずのガキには分からねェらしい。
瞼の裏で舞い踊る光を頼りに、一歩一歩玉座へと近付く。
「何が望みなのだ…お前は」
「なにも?」
「…なんだと?」
ああ、こりゃあ、愉快な気分だ。
「これでも狩人なもんでな…獣を狩るのに、他に理由なんざいらねェだろう」
理由など、それだけのものだった。
救いようのねェ腐った獣どもは、須く炎の中で狩られるべきだろう。
獣もどきとして産まれついた“おれたち”には、まったくお似合いの末路だ。
こちらを見据える赤子の目が、微かに揺らいだ。
「そういやァ…ウチの可愛いガキには口癖があってな」
焼けつく指先で、一際激しい熱を纏った糸を手繰り寄せていく。
あのふんぞり返った老人どもも、ただの血になっちまえばなかなかどうして役に立つもんだ。
「弱ェ奴は、死に方も選べねェ」
それは奇跡の医療者と呼ばれ、数多の死の行方を選んできたあいつらしい言葉だった。
「フフフ…強ェ奴なら好きに死ねるのか?なあ、どう思う?フッフッフッフッ!!」
家族を守りたかった。弟を救いたかった。そして赦しが欲しかった。
その為に手に入れたこの力が齎したのは、世界には選ばれねェ側がいるという、ただそれだけの真理。
「強さで選べるもんがあるんなら、そりゃあ生き方ぐれェのもんさ」
狙いすました糸に抉られ、遠い玉座に16の穴が穿たれた。
炭クズのように床へと落ちた己の左腕を踏み壊して、おれはただ笑ってやる。
「好きに生き、理不尽に死ぬ。それがおれだ!!」
虚の玉座が、燃えて落ちる。
人ならざる者たちを狩り続けたこの血はいつからか、世界を焼き尽くすほどの遺志をはらんでいた。
「…ならば、生き抜くがよい。」
その身を業火に焼かれる赤子から溢れた声は、凪いだ海のように静かだった。
「我等とお前、どちらが果たして正しかったのか」
とうに老いさらばえて腐りきった赤子が、終にその瞳を閉じる。
「お前にはそれを知る権利と義務がある」
燃える、燃える。
かつて、人間の願望が呼んだ赤子のゆりかごが、焼けて尽きる。
800年の長きにわたる人の夢は、たった一夜のうちに呆気なく崩れて果てた。