社長こわれる

社長こわれる



(なんで…なんでそんな顔をしてるのよ⁉︎)

便利屋68"元"社長、陸八魔アルは彼女をアビドスから連れ戻すために集まった社員達を見て混乱していた

アルが知る彼女たちより一層攻撃的な連携、大金を注ぎ込んだであろうムツキやハルカの爆発物…そして何より憤怒と殺意に満ちた表情と目つき

彼女達がアル以外の中毒者の生死を気にしてはいないこと…アビドスのトップ3に対してはもはや殺意すら抱いていることは明白だった


(これ、私がなんとかしなきゃ殺し合いになるってことじゃない!)

「ああもう!」

タブレットを2粒口に放り込み、噛み砕いて気合を入れる

迷いを振り切り銃を構えたアルは声を張り上げる

「かかってきなさい!今の私にかかればあなた達なんて一捻りよ‼︎」

呼応するように便利屋達も戦闘体勢に入った

「アル様…!」

「まったく…目を覚まさせるしかないみたいだね」

「…覚悟はできてるよ…1発キツいのいくからね!アルちゃん‼︎」


人数差、装備の相性、精密な連携…

そこからの戦闘は便利屋の三名が優勢に進めていた

だが

「押し切れない…ッ‼︎」

「焦らない!そろそろ弾切れだからそこで追い詰めて

まったく…本当に社長は手のかかる…!」

アルは三人を相手に粘りに粘り、戦闘前に陽動と破壊工作で分断したアビドスの生徒達も少数だが持ち場に戻ってくるようになっていた



「すごい!アル様すっごく強くなってます!その動きはジャンキーのクズから教わったんですかぁ⁉︎許せない許せない許せない許せない!!!!」

ストレスのせいだろうか、普段より盛大に情緒不安定になっているハルカがアビドスの生徒をなぎ倒しながらアルが立つ岩場へと駆け上がっていく

「ッまずい⁉︎」

無力化された生徒が急傾斜の坂を転がり落ちていくのを見て、アルはそれを射線に入れないようにハルカを狙撃した

一瞬の躊躇が生んだ隙を見逃さず、ハルカは銃弾を躱してアルに迫る

「…下がった!弾切れだ!詰めて!」


アルは崖上から退がり岩裏に隠れて銃のマガジンを投げ捨てる、そして新しいマガジンを装填しようとして…

「アル様ぁぁああ‼︎ごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼︎うわああああ‼︎」

錯乱して突撃してきたハルカがそこを銃撃した

「きゃっ⁉︎」

(まずいわ⁉︎でも、この位置なら…!)

咄嗟にハルカに組み付き、銃口を逸らして発砲を封じる

しかし膂力において勝っているのはハルカであり、アルは地面に押し倒されて振り下ろされるショットガンをなんとか自分の銃で受け止めた


そして、アルは藁にもすがる思いでその名を呼んだ

「キリノ──────ッ‼︎」

「アル様⁉︎」

必中の魔弾がハルカのこめかみを穿つ

(まだよ!ハルカはまだ倒れない!だから───)

2発目

地面に体重を預けた状態で、のけ反ったハルカの頭部に狙いを定める

下方から顎に銃弾を撃ち込まれたハルカが遂に倒れた

"タクティカルリロード"小鳥遊ホシノから教わってから意識するようにしていた、弾倉・薬室に弾丸が残った状態でのリロード

おかげでアルのSRは薬室の1発だけは撃てる状態にあった


(今のは社長の銃の──残弾数を間違えた⁉︎)

予期しなかった銃声に崖を登りきったカヨコの足が止まる

「せいやっ!」

その隙を突いて岩陰を飛び出したアルがSRをカヨコに投げつける

「社長、まさか本気で…(そっちに着くつもりなの)!」

「本気も本気に決まってるでしょ(人殺しを止めるのに)!」

投げられた銃に交差するようにカヨコの拳銃から銃弾が放たれる

それは銃を投げた勢いのまま姿勢を低くして飛び込んでくるアルの後頭部を掠め、結えていた髪をはらりと解かせた


間合いを詰めてきたアルの掌が拳銃を叩き落とし、カヨコは怯むことなく即座に取っ組み合いに対応する

「ムツキ!撃て‼︎」

私ごと───その意味を含んだ言葉に、僅かに逡巡しながらも銃口を向けた

「あっ………!」

キリノの狙撃が、彼女の手からMGを叩き落とした


「くそッ!」

(巴投げ──いや、まだよ!)

邪魔が入ったことを察したカヨコがアルを崖から投げ落とそうとする

アルはそれに逆らうことなく、むしろ自分から跳ぶことで空中で体を捻ってカヨコの背後に着地する

彼女は既にアビドスの砂と岩の荒野での動作に習熟していた

「あなた達!ちょっと頭を冷やしなさい!」

そう言いながら腕を取って組み直したカヨコを反り投げの要領で斜面に叩きつけた


ガラガラと音を立てて石と共に転がり落ちていくカヨコを一瞥して、アルはムツキに向き直る

「ねえ、アルちゃん…キリノって誰の名前…?それにそんなの見たことないよ…誰に教わったの…?

なんで、なんで一人で行っちゃうかなぁ…」

最後の一人となったことでの降伏を期待して視線を向けた先には、砂糖の服用者よりよほど虚な表情で幽鬼のようにふらふらと近づいてくるムツキがいた

「ちょ、ちょっとムツキ…どうしたの?顔が怖いわよ?」

割と本当に怖い顔だ


「アビドスの奴らが何をしてるかわかってるの?わかってて、アルちゃんの目指すアウトローがそれでよくなっちゃったって…一人だけでそうなっていいって言うなら………もう死んででも止めるしかないよねっ!!!」

豹変し、肩から提げていたボストンバッグから出ていた紐を引っ張るムツキ

あれは間違いなく…爆弾だ

バッグを投げ付けようとする動作はブラフ───付き合いの長いアルには目つきで分かる、だが

魔弾がムツキの左腕を撃ち抜く

ムツキはそれを予想していたように投擲を諦め………そのままアルに向かって駆け寄ってきた

「自爆はやめなさい!自爆は───‼︎」

アルからもムツキに飛びつき、なんとかバッグを捨てさせようとする

そして、二人は爆炎に飲まれた


「はぁ…はぁ…痛っ…!は、離れないと……!」

火傷に外傷にとぼろぼろになりながらもアルは立ち上がる

サンド・シュガーの飴玉を口に放り込んで限界を迎え痛む体を誤魔化し、遠のきかけた意識が鮮明になってきたアルが見たのは

さらにひどい状態で、気を失ったまま苦しそうに呼吸するムツキだった

「……っ!」

(まずい状態だわ…それにめちゃくちゃ痛そう…!ど、どこか両方から隠れられる場所で治療しないと!)

麻酔代わりに鎮静効果のある塩を口に流し込み、ムツキを担ぎあげて歩き出した


戦闘の続く地域からは離れた一角、砂丘が作り出した日陰にムツキを寝かせたアルは"タバコ"を咥える

手慣れた動作で火をつけ、一口吸い込むと途端になんとかなりそうな気がしてくる

(火傷を冷やしたいけど、水場はないわね…とりあえず止血から始めましょう)

ハンカチや包帯を手足の傷に巻きつけ、コートを畳んで腹の傷に押し付ける

(本当に大丈夫なの?…まさか死なないわよね⁉︎)

手当しながらも目を覚まさないムツキに不安が募っていく、アルは耐えきれず2本目のタバコを吸い始めた


(そうだ…とりあえず目覚めさせられれば、もっとまともな場所に…)

ようやく爆発のダメージも抜けて意識がはっきりしてきたようで、今の手持ちでできることを思いついた

早速ムツキの首筋に注射を刺し、中身の砂糖溶液を半量投与する

(呼吸が浅く早くなってる…!も、もしかして不味かったかしら⁉︎)

「お願い起きて…!」


アルは不安からバリバリとタブレットを噛み砕き…そして、ムツキの肩の辺りから這い出てきたサソリを叩き潰した

「こいつ…!あっち行きなさい‼︎ムツキに近づくんじゃないわよ!」

血の臭いで獲物と勘違いしたのか、そう思い憤りながらサソリを潰し、腕に噛みついてきた蛇を払い除ける


(そんな…首が変色して…!きっとあのサソリに刺されたに違いないわ‼︎)

紫に変色したムツキの首を見て、アルは怒った

そして憎きサソリを握りつぶしてやったことにひとしきり笑い………


現実を認識してしまった


ヘイローが消えたまま横たわるムツキにアルが呼びかける

「起きて、ムツキ…ねえ起きて?ほら、目は開いてるじゃない……起きて、起きなさい!起きろっつってんでしょ‼︎」

僅かに目尻から涙の溢れる、開かれた目

紫色に変色した白い首、払い除けられた腕

その時にはもがいたのだろう…着衣と近くの砂が乱れ、アルの腕にも引っ掻き傷が残っている

「…起きてよぉ…………!」


(殺した?ムツキを?………私が?)

「ぅぶっ……」

ムツキの元から飛び退き、砂の上に吐瀉物をぶちまけた


ふらふらとムツキに近づいたアルが呆然と座り込む

ムツキの瞼を閉じさせて……

数分の後、彼女はタバコを吸った

一本、二本、三本…ソフトパックの中身が空になるまでタバコを吸い、タブレットを全て噛み砕く

ゆらゆらと地面が揺れ、ジリジリと砂を焼く列日は極彩色に輝いている

まるで痺れて踊り出すような頭と体に反して、アルの心はずっとどん底を目指していた


(違う……これじゃない、まだこんな死に方じゃ駄目……綺麗で、浮いてて幸せで…それは私には相応しくない)

塩の水溶液の注射も打ち込み、込み上がる吐き気を抑えるようにうずくまる

(まだ、まだ足りない…何か、あと少し…)

アルはそれを見つけ、手に取った

ムツキに半分投与した砂糖の注射、彼女は震える手でそれを自らの首に持っていき…残りの半分を、押し込んだ


砂が崩れる、蟲が手足をぼろぼろに食い崩したせいで体を支えられない

ひどく揺れて明滅する視界に、私の腕を掴む彼女の姿が見えた

(これでいい…二人でこのまま、砂の底に……)

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