確信犯(誤用)
・マーリン×ネームレス夢主(♀)
・どこかの聖杯戦争中の一場面
・例のパロディがしたかっただけです
どうにか戦線離脱し、拠点に戻ってきた途端に全身から力が抜けた。そのまま椅子に座って、やっと一息つく。もう戦いには慣れたはずで、キャスターの優秀さも嫌と言うほど目にしてきたのに、この期に及んで敵前逃亡することになるとは思いもよらなかった。
私のキャスターは強い。嫌味なくらいに強い。火に炙られようがさっきみたいに毒を浴びせかけられようが無効化などお手のものなほど強い。分かっているのに、どうして撤退を命じたんだろう。明らかに指示ミスだった。あのまま戦っていれば勝てたはずなのに。
「マイロード、撤退したのがそんなに悔しいのかい?」
今日の戦いが徒労に終わったというのに、当の本人は気にしていないらしい。いつも通りの穏やかで、ともすれば軽薄と言えてしまう喋り方が身に沁みてありがたかった。
「そうじゃないけど、ごめん。勝てた戦いだったよね」
「私は選ばれしキャスターだからね。勝てない戦いなどないとも」
「カッコつけてるとこ悪いけど今のキャスターわりとボロボロだよ」
「これは手厳しい。でも、キミを守れたんだ。名誉の負傷として捉えてほしいな」
思わず上がりそうになった口角を誤魔化して、じっと彼の服装を見た。
敵は強酸の性質でも持っていたのか、攻撃を捌き続けたキャスターの衣服はところどころ焦げたように変色している。目の醒めるような純白のローブも染みと風穴で台無しだ。これまでの戦闘では、マスターの私がどんなに疲労困憊のボロボロになっても、妬ましいほど涼やかな表情と綺麗な容姿を保ち続けたキャスター。そんな彼でもこんなになるのかと思うと、改めて背筋が凍る。
そこまで脳内で言語化してやっと納得した。キャスターは絶対に負けないし傷つきもしないと信じていた、その根拠がどこにもないことに今更気づいて、どうしようもなく怖くなったんだ。要は、好きになったひとを失いたくないとかいう、戦場にあるまじき浮ついた動機。心底自分が嫌になる。
「……ところで、一ついいかな」
不意に掛けられた声のトーンが下がっていた。いつも通りの声音は、一瞬でいつになく真剣なそれへと変わる。やっぱり怒っているのだろうか。呆れているのだろうか。どうか嫌いにはならないでほしい。縋るように顔を上げると、目線の先のキャスターはやはり真剣そのものの顔をしていた。
「マイロードが動揺している中で、こんなことを頼むのは非常識だと思う。でも、我慢の限界なんだ。聞いてくれるかい?」
いつのまにか彼はローブを脱いで、インナー一枚の姿になっていた。普段は厚着に覆われた身体が、惜しげもなく露わになっている。細いなあ羨ましいなあと常々思っていたが、その実はしっかり鍛え上げられた男性の身体だった。肉弾戦でも相当強いんだから当たり前、予想はできたこと、と内心言い聞かせても動揺は収まりそうにない。
「え、なに」
努めて冷静に絞り出したはずの声があからさまに震えていた。
「これはキミへの礼儀というより、あくまで私の希望だ。無理にとは言わない。怖い思いをさせるのは私としても不本意だからね」
「だ、だから、なに? なんでもいいから勿体ぶらずに言いなよ」
「シャワーを浴びてきても良いかな」
「……っ!」
それは、やっぱりそういうこと、なのだろうか。
キャスターの真名と物語からも、彼が"そういうこと"に慣れているのは知っている。平たく言えば女性の敵である。世話がないことに、私が持ち合わせているものは全部承知の上で芽生えた恋情だった。気がつけば首を縦に振っていた。軽いとかチョロいとか思われてでも、一夜の夢に終わったとしても、良いんだ。
「ありがとう! いやあ助かるよ、毒液がまとわりついたままなのは流石に堪えてね」
……うん?
「シャワー中はどうしてもキミが一人になるから、不安かなと思ったんだ。その様子なら大丈夫そうだ!」
そう高らかに笑うと、キャスターはさっさと浴室に向かった。
まあ確かになんでこの流れでとは思ったけど。思ったけど。それはそれとして!
「……ばかじゃないの」
ばかじゃないの、ばかじゃないの、ばかじゃないの────!