『砂上の徘徊者』
水使い砂漠とは、降雨が極端に少なく砂や岩石の多い土地の事である
植物は降雨が少ない為に殆ど生息しておらず、水分も少なく乾燥している為昼夜の寒暖差の激しい極めて厳しい地形にして気候である
砂は水をやっても即座に下へ下へと流れてしまう事も加えて普通の農業には適しておらず、砂漠地の中で水が得られる希少な場所であるオアシス付近にしか人間は住めない環境だ
しかしそんな過酷な砂漠にも逞しく生きる生き物達が居る。サボテンの様に葉の内部に水分を蓄える多肉植物や降雨に反応して急速に成長し花を咲かせて大量の種子を残して短い期間で枯れるタイプの植物などが存在しているし、フンコロガシの様な昆虫や毒蛇や大蜥蜴の様な爬虫類も棲息している
今回水使いが中級昇格試験の実技試験として冒険者試験官を連れ添って討伐に向かったデスストーカーも砂漠に潜むモンスターである
砂漠に潜む猛毒持ちの巨大サソリ、単純に人間以上のフィジカルを持つモンスターであるというだけで身体能力に関しては一般人以下の水使いは最初に接近戦という作戦を放棄した
単純にサソリと人間ではそもそも肉体面での違いが大きい。頑固な甲殻に鋏角に加えて毒針を持つ巨大蠍は言うなればそれだけで完全武装の兵士と同等であろう
顎門とて大きさによっては充分な凶器となる。態々相手の土俵で勝負をする必要性は存在しないし、遠距離から何もさせない内に殺すのが得策であると水使いは判断した
となれば必要となるのは索敵手段だ。相手を感知して、先手を取る必要がある。砂漠という相手に有利なフィールドで奇襲されてしまえば一巻の終わりであるのだから
「知識は力だもの、調べられるのなら徹底的に調べて損は無いわ」
理想の自分、シャングリラとの戦闘で一回折れたからこそ水使いの精神性は歪に一段階成長した
要は強さに対する向上心を得たのだ。今までならば必要に応じて適切に対応するだけであり、そもそも何も迫っていないのに強くなりたいと願う感情は無かったが禁呪を得なかったIFの自分の最終到達点を垣間見た結果として何も与えられなかったからこそ強さだけでは負けたくないと願ったのだ
とはいえそんなに大きな感情ではない。小さな芽であり、更に言えば水使いの性質として感情よりも理性を優先出来る。出来てしまう為にその感情が暴走する様な事は無い
あくまでも、冷静に、何が出来て何が出来ないのか把握して、ソフト(自分自身の性能)ではなくハード(外付け要素による性能)を用いた効率的な戦法を考案するのみである
「ブラックライトによって発光現象を発生させる。成長の度にその発光現象は強くなる…………索敵の手段はコレね。必要なアイテムにブラックライトを追加して、後は行動パターンについて調べようかしら?」
自分に能力が足りないならば他所から持って来れば良い。本人は自覚すらしていないが、侯爵家としての血筋だろうか?
純粋な戦士としてではなく、統率者。或いは統治者としての思考が近しいかもしれない。他を使う事によって目的を果たす形での行動にこそ水使いの適性は発揮される
外向的。広い人脈こそを血肉とする一族の血が継がれているからこそ、水使いは積極的に他者と交流をするのだ
「サソリは主に夜行性………昼間の間は岩の下や土の中、何かの隙間にいることが多い。基本的に活動はあまり活発ではなく、じっとして獲物が通るのを待っている」
生物図鑑に目を通す。広く、寒暖差が激しい過酷な砂漠では自ら動くよりも獲物を待つ方がエネルギーの消費を少なく済ませられるのだろう
巨大蠍ともなれば、その巨体を支えるだけのエネルギーは通常の蠍よりも多い事は推測出来る
「考えられるのは2パターンね。一つ、じっと待ち伏せをしているパターン。二つ、自分から積極的に動いて狩りをするパターン」
前者においてはエネルギー消費を可能な限り少なくする為に待ち伏せのみで受動的な行動パターン
後者は巨体だからこそ、積極的に狩りを行う事で生命を維持していると考えられるパターン
「後者ね」
即座に水使いが判断を下す。水使いがそう考えた大雑把な理由は二つある。一つ、デスストーカーという名前
基本的に名前というのは意味を持って付けられる。完全に無意味という事は珍しくだろう。ストーカー、即ち追跡者。或いは徘徊者の名を冠するのならばアクティブなタイプと考えて間違いないだろう
しかしこれだけでは絶対的な確証とはならないだろう。名前詐欺のモンスターが居ないという訳ではなく、これだけで断定するのは早計かもしれない
だからこそ、水使いは巨大であるという点に着目した。進化の傾向から考えて、デスストーカーには巨大になる事によって有利になる性質を保有しているのは間違いないだろう
ならば巨体のエネルギー消費を考えたとしても、それを+に変える生態をしているのだろう。待ち伏せするだけなら巨体は必要なく、寧ろ積極的に狩りをするからこそ競合相手を倒しやすく餌を得やすい巨体の突然変異個体が生き残っていって繁殖した結果巨大になったと考えて間違いないだろう
「……………少し計画に手を加えましょう」
計画のイレギュラーを予測して即座に対応出来るように計画を修正する。間違いがあったのなら素直に認め、次に繋げら良いと水使いは思う
無理にやった結果として失敗するよりは手間を増やす方がマシだろうと考えて砂漠での索敵と狙撃を二次元的な視点から三次元的な戦闘局面へと移行させる
「さて、デスストーカー本体へは大体これで良いでしょう。次は赴くであろう砂漠についての調査ね」
ギルド図書館で借りたサソリ関連の本を返却してクエストの舞台となる砂漠についての調査を開始する
「有毒生物が多い、と事務員妹さんは言っていましたわね。毒蛇や大蜥蜴やらが彷徨いていると考えると陸路は不利だし避けましょう」
この試験で求められるのは過酷な環境にどう対応するかだろう、と水使いは考える。砂漠という昼はサウナの様に暑く、夜は冬よりも冷え込むという厳しい環境に加えて数々の有毒生物が蔓延っている
テントや仮設住宅を設置するにしても、小さな有毒生物が隙間から入ってきて寝ている間にでも襲って来たら一溜りもない
(いや、だからこそ冒険者試験官が居るだろうな。緊急時の事を想定して死ぬ危険がある時にフォローに入る役割として配置されてるのか)
「まあでも、これはデスストーカーとの戦闘方法を利用して無視出来るわね」
試験の目的は過酷な環境にどう対応するかを見極める為だろう。ならば正面から乗り越える必要はない、工夫を凝らしても文句を言われる事はないであろう
更に調べれば、砂嵐についての記述も存在している。視界が遮られる上に行動も困難になると考えれば対策は必須だ
「ゴーグル、後は酸素マスク?姿勢を固定する為のポーションも買っておくべきね」
事前準備は完了した。後は実行に移すのみ
◼️
「《海は狂喜し、地は唸り、天は叫ぶ》」
ヴェーレン
「簡易発現:〈波浪〉」
魔力を水に浸透させて、固めた水分子の集積体を足場とする。そのまま自分の足を傷付けない様にゆっくりと高浮遊させて、巨大蠍であろうともジャンプでは届かない程の高さまで浮かぶ
装備としてブラックライト、防塵ゴーグル、酸素マスク、更に《望命》に《水霊の短剣》を携帯して水使いは砂嵐が吹き荒ぶ数々の有毒生物の蠢く砂漠へとゆっくりと足場の水を直線移動させていった
「まあ………やっぱり上空なら敵とエンカウントする事は無いわよね」
小さな有毒生物という気付きにくくその上で殺傷能力が高い砂漠の危険の一角をそもそも上空を移動する事によってクリア
砂嵐に関しても、夜である事を利用してブラックライトによってデスストーカーの位置を鮮明に映す事によって視界の遮断問題をクリア
「見つけたわ」
夜闇にあっても、否。夜闇だからこそ一際輝くデスストーカーの発光現象を認識すると共に《望命》によって氷属性の追尾弾をデスストーカーに向けて発射する
途中で暴走して何度も己目掛けて襲ってくる追尾弾を破壊しながらも、デスストーカーの動きが凍結された事によって停止したのを確認する
「止まったわね。それじゃあ仕上げと行きましょう」
確認が終わると同時に《水霊の短剣》で以て魔力を水へと変換し、その水を〈波浪〉を用いて支配して弾丸として撃ち出す
矢の如く超高速で速度を減衰させる事なき水弾がデスストーカーの甲殻を穿ちて突き刺さる。とは言え致命傷には至らない
「ならば何度もやるまでよ」
一つ一つ、丁寧に動けないデスストーカー目掛けて水弾を射出してゆく。或いは矢の雨にも見える光景が夜の砂漠にて顕現する
月光に照らされて、長い銀の髪が美しく輝く。その手元より正確無比なる狙撃が放たれて、清らかなる水が死の追跡者たる大地の蠍へと矢となって降り注ぐ
砂漠が待ち望む恵みの雨と水によって狩られ、死へと導かれる刹那の刻に。
手を伸ばそうとも決して届かぬ、彼方に在りし月女神/アルテミスの如き姿を見上げて砂上の徘徊者が何を思ったのか。
それを知る者は既に誰も居ない