砂に撒く
aizawa砂に撒かれる。
厄介な敵に出くわし、追い詰めたはいいもののあっけなく逃げられてしまった。
難しいことではない。また追い詰めればよい。
だが、どこぞの砂漠の国を思わせる砂が舞い、正直なところうっとおしかった。
嘆息する。
さて、ボスにどんな言い訳をすれば納得してくれるのか。
特段、思いつく言葉はなかった。
◆
「……それで? 成果はどうだった、ダズ」
「すいませんが、取り逃しまして」
トントン、と軽く肘掛けを叩く定期的な音が、トントントン、と一回増えた。
表情に一見変化はないが、一瞬眉根が上がった。
息を吐く。どう伝えたとて事実は変わりなく、誇張も言い訳もこの人の気に触る。
そも、口がうまいわけでもないので、言葉を選んだところでたかが知れていた。
なので、ただ静かに待つ。
裁定を。
「お前に裏切られるとはな」
「……裏切り、ですか」
ふいに話がそれたように感じられたが、どうにもそうではないらしい。
「お前なら当然、敵を逃さず生かさず殺すだろうと期待していた。それがこのザマとは、おれへの裏切りに等しいといえるんじゃねェか?」
「それは」
言いがかりとくってかかることもできる。
今度こそと決意をあらわにすることもできる。
だがこれは、違うだろう。
葉巻から煙がのぼる。カツンと、義手が壁に当たった音がした。
表情の変化はない。
「砂に撒かれたんです。アンタのせいだ」
率直に告げた。
ズズ……と奥底から響くような音と共に、相手の足元から砂が立ち上っていく。
本来ならあり得ない動きだが、この人ならば当然の出来事だ。
砂が生き物のように、いや生き物として、この人そのものとして、動きながら、こちらを見定めるように喉元に触れた。
「おれのせいとは、随分な責任転嫁だな」
「奴の味方をするような砂嵐だったんです。まさか奴とアンタがグルで、おれは遊ばれてるんじゃねェかと思ったくらいですよ」
「は! 言うじゃねェか」
ぐるりと首を一周したあと、散るように砂は戻っていった。
トントン、と軽く肘掛けを叩く音がした。
葉巻の火が、明滅している。
さて、どうやら満足したらしい。
「手筈は整ってるんだろうな」
「はい。逃げた先は分かってるんで、そこを夜にでも」
「今すぐ、だ」
「……いいでしょう」
頭を下げて退室の許可をもらおうとすると、肩にカチッと硬いものが触れた。
顔を上げると、椅子に腰掛ける王者はもういない。
いたのは、自分より先に扉に手をかけて進む、野心家だった。
「行くぞ。お前を手こずらせるなんざ、真っ当に勝てる奴じゃねェってことだろう」
「……そうですね。アンタには敵わないが」
そう返すと、それまで表情の変化に乏しかったというのに、急に大声で笑い出した。
「お前、随分口が回るようになったじゃねェか!」
「そんなつもりはありませんがね……」
「まったく、お前には裏切られてばかりだ」
「それはこっちのセリフですよ」
奴も、裏切られたと思うに違いない。
斬られるよりも恐ろしい苦しみと恐怖に打ち震えながら、何故あの時逃げてしまったんだと、あの時に死んでおけばよかったと、自分の判断の愚かさに気づくことだろう。
砂が舞う。
この人の下にいる限り、裏切りの連続で退屈しないだろう。
それが随分と、愉快だった。