砂に撒く

砂に撒く

aizawa


砂に撒かれる。


厄介な敵に出くわし、追い詰めたはいいもののあっけなく逃げられてしまった。

難しいことではない。また追い詰めればよい。

だが、どこぞの砂漠の国を思わせる砂が舞い、正直なところうっとおしかった。

嘆息する。

さて、ボスにどんな言い訳をすれば納得してくれるのか。

特段、思いつく言葉はなかった。



「……それで? 成果はどうだった、ダズ」

「すいませんが、取り逃しまして」

トントン、と軽く肘掛けを叩く定期的な音が、トントントン、と一回増えた。

表情に一見変化はないが、一瞬眉根が上がった。

息を吐く。どう伝えたとて事実は変わりなく、誇張も言い訳もこの人の気に触る。

そも、口がうまいわけでもないので、言葉を選んだところでたかが知れていた。

なので、ただ静かに待つ。

裁定を。

「お前に裏切られるとはな」

「……裏切り、ですか」

ふいに話がそれたように感じられたが、どうにもそうではないらしい。

「お前なら当然、敵を逃さず生かさず殺すだろうと期待していた。それがこのザマとは、おれへの裏切りに等しいといえるんじゃねェか?」

「それは」

言いがかりとくってかかることもできる。

今度こそと決意をあらわにすることもできる。

だがこれは、違うだろう。

葉巻から煙がのぼる。カツンと、義手が壁に当たった音がした。

表情の変化はない。


「砂に撒かれたんです。アンタのせいだ」


率直に告げた。

ズズ……と奥底から響くような音と共に、相手の足元から砂が立ち上っていく。

本来ならあり得ない動きだが、この人ならば当然の出来事だ。

砂が生き物のように、いや生き物として、この人そのものとして、動きながら、こちらを見定めるように喉元に触れた。

「おれのせいとは、随分な責任転嫁だな」

「奴の味方をするような砂嵐だったんです。まさか奴とアンタがグルで、おれは遊ばれてるんじゃねェかと思ったくらいですよ」

「は! 言うじゃねェか」

ぐるりと首を一周したあと、散るように砂は戻っていった。

トントン、と軽く肘掛けを叩く音がした。

葉巻の火が、明滅している。

さて、どうやら満足したらしい。

「手筈は整ってるんだろうな」

「はい。逃げた先は分かってるんで、そこを夜にでも」

「今すぐ、だ」

「……いいでしょう」

頭を下げて退室の許可をもらおうとすると、肩にカチッと硬いものが触れた。

顔を上げると、椅子に腰掛ける王者はもういない。

いたのは、自分より先に扉に手をかけて進む、野心家だった。

「行くぞ。お前を手こずらせるなんざ、真っ当に勝てる奴じゃねェってことだろう」

「……そうですね。アンタには敵わないが」

そう返すと、それまで表情の変化に乏しかったというのに、急に大声で笑い出した。

「お前、随分口が回るようになったじゃねェか!」

「そんなつもりはありませんがね……」

「まったく、お前には裏切られてばかりだ」

「それはこっちのセリフですよ」

奴も、裏切られたと思うに違いない。

斬られるよりも恐ろしい苦しみと恐怖に打ち震えながら、何故あの時逃げてしまったんだと、あの時に死んでおけばよかったと、自分の判断の愚かさに気づくことだろう。


砂が舞う。

この人の下にいる限り、裏切りの連続で退屈しないだろう。

それが随分と、愉快だった。

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