眠れよい子よ
錦えもんの言葉に一瞬だけ反応を返した竜は、溶け出した体のままでまたすぐに暴れ始めた。咆哮と一緒に風が吹き荒ぶ。雷が街路樹を焼いて、大きな顎からは炎が漏れ出してきてる。
だけど、さっき聞こえた声はたしかに子供の声だった。
この子はただ我を忘れて暴れてるわけじゃない。苦しんでるんだわ。
「ゾロ!サンジ君も!その子のこと傷つけたら承知しないわよ!」
「崩れかけの竜を斬っても仕方ねェな」
「子供には優しいナミさんも素敵だ♡」
竜の子を警戒しながらもちょっと雰囲気を和らげた二人に笑顔を返す。
「…かたじけない」
「お礼、期待してるわよ♡」
物凄い存在感に気圧されないよう無理にでも口角を上げて、子供に刃を向けないといけない残酷な現実に耐える錦えもんを横目で見た。
いつも通り、こんなことをしでかしてくれた最低な奴なんてルフィがぶっ飛ばしてくれるに決まってる。だから私達は、皆笑顔で出港できるようにしておかなきゃ。
「…どうやらこの竜は、多彩な能力を咆哮で操っているらしい。顎を固めちまえばそれでカタがつくだろうよ」
炎を纏う嵐に耐える私達に、子供達を守る煙を残したままのスモーカーが歩み寄ってきた。その手には、さっきあの女海兵さんから受け取った十手が握られている。
「風さえなけりゃ、おれがあの口を封じてやる。"特殊な形"で宿そうが能力は能力」
葉巻の煙を吐き出して、背丈ほどもある十手の先をピタリと竜の頭に向けて言う。
「海楼石が放つのは海のエネルギー…タネや仕掛けが何だろうと、宿した悪魔は必ず眠りにつく!」
そっか、錦えもんの口ぶりからしてもただの能力者ってわけじゃないみたいだけど、それでも海楼石の効果は変わらずあるんだわ。それなら。
「錦えもん!あんたはできる限り炎を斬って!風や雷は私が打ち消すわ!!」
「承知!」
地下からずっと、風の流れを読んできた。
相手が"気候"なら、負ける気はしない。
「ゾロ、サンジ君、ブルック、ロビンも!援護おねがい!」
風と落雷で街路樹の配置は変わっても、建物の作り出す大きな風の流れまでは変わらなかった。あのかまいたちも暴風も、空気を呼び込んで操るだけで無から風を生み出しているわけでもないみたいね。
「ロビン!後ろの路地を塞いで!ゾロはそっちの樹を切り倒しちゃって!」
「ええ、すぐに」
「任せろ」
かまいたちが同士討ちを初めて、雷雲の動きに戸惑いが生まれる。
「サンジ君はあそこの藁!荷車ごと焼いて!ブルックはこっちの塔の全面思いっきり凍らせちゃって!」
「仰せのままに」
「ヨホホホホ!腕が鳴りますねえ!!」
「おまけよ!"熱卵"!!!」
熱の道が引かれて、風が倦んだ。
「炎は拙者が!」
「ありがと錦えもん!ゼウス!!あと一発は気合見せなさい!!!」
「うう…!分かったよー!!」
錦えもんが炎の息を斬り裂いて、ゼウスが最後っ屁の落雷を受け止める。
「今!」
「"白蔓"!!!」
体を渦巻き状の煙に変化させたスモーカーが、炎を吐き終えた顎を捕えた。見た目の勢いとは裏腹に鱗の一つも剥がさない柔らかな白煙が、氷と炎を跳ね返して複雑な色を見せている桜色を覆っていく。
「"保護"…完了だ」
とん、と額に触れた海楼石に、竜の体が揺らいだ。
「モモの助!!!!」
転がるように駆け寄った錦えもんに続いて、私も煙を戻したスモーカーに近付く。
大きな背中が深く深く安堵の息を吐き出したのを見て、やっと肩の力が抜けた。
あんたの息子、モモの助って名前だったのね。
葉巻を踏み消したスモーカーの腕の中で、小さな男の子は静かに寝息を立てていた。