眠れない白鳥と寄り添う雪豹
ドレスローザを去った後、からだろうか。
サンジ「モネちゅわ~~~ん♡おはよ・・・・・ん?」
最初に異変に気づいたのは、「ビッグ・マム」より逃れ、ワの国に向かう道中のサンジだった。彼の1日は早い。船員全員分の朝食を作るために、早起きをするからだ。
モネ「あ、おはよう、サンジ・・・・」
サンジ「・・・大丈夫かい?食べることができなさそうなら・・・・」
モネ「大丈夫よ、少し寝付きが悪かっただけ・・・」
当時はそんなものだった。問題はワの国決戦後もその調子の悪さが垣間見えることである。
サンジ「という訳だ野郎共!我が船内唯一の癒やしであり俺達を支えてくれる紅一点、モネちゃんの危機!ここで解決策を見出すぞ!」
ゾロ「勝手に始めるなぐる眉。てか巻き込むんじゃねぇよ」
サンジ「何?お前心配じゃねぇのかぁ?!オロすぞ!」
斯くして彼女が入浴している間に、男達による話し合いが開かれることとなった。
ゾロ「違ぇよ。てか初耳だ」
サンジ「・・・はぁ~」
サンジはわざとらしくため息を吐く。無頓着すぎる男所帯への呆れだろう。
キング「何があった?」
ドレーク「・・・モネが最近元気が無い。どうやら寝不足からくる疲労だろうか・・・」
チャカ「それが散発的ながら続いている、と」
ゾロ「何も対応してない訳じゃねぇんだろ」
ルフィ「肉食ったら治る!」
サンジ「治るかぁ!」
しかし有効な手立ては出てこない。
ゾロ「当人の問題に首突っ込むのも良くねぇだろ」
サンジ「だからってここまで続くと別だろ」
チャカ「フム、話しかけても「大丈夫」の一点張りか」
ドレーク「となると気不味くなる事情があるのだな」
基本的に賢いメンバーが集っているからか、推測は進む。
キング「では事情とは何だ」
サンジ「・・・まさか、まだ隠してることがあるとか」
ドレーク「いや、もしそうなら相談しているはずだ」
ゾロ「ま、何も言わずに出て行って事態が悪化した前例がいるからな」
二度と何も言わずにそんなことするなよ、とは直接言わない。だがサンジはばつが悪そうな顔をする。
チャカ「・・・病気を抱えている、ではないか?」
サンジ「そうだ、その可能性はあるぞ!」
カイドウ「でもたかが病気だろ・・・罹ったことが無ぇからよく分からんが辛いのか?」
キング「いや、それは知らん」
ドレーク「確かにお前達2人にそんなことは無さそうだが・・・」
ルフィ「じゃ、ローに聞けば良いんだな!」
一同の視線が、食堂の片隅で椅子に座り船を漕いでいた船医に向けられる。
サンジ「さっきから息を潜めるように黙ってるが・・・・何か考えでもあんのか?」
チャカ「何か知っているのか?」
ロー「・・・別に無い」
ゾロ「・・・・・・」
居心地が悪くなってきたのを察したのか、徐ろにローは立ち上がった。
ロー「悪いが、俺はまだ仕事が残っている。お前等も今日くらいは風呂に入れ。不潔だ」
まるで何もなかったのを装うように退出したローの背中を見て、一同は察した。
-何か知ってるわコイツ。
深夜。風呂場でのやせ我慢大会による熱狂の声が聞こえるデッキ。モネは船頭に1人座り、その声を聞きながら暗闇と星空が織りなす地平線を眺めていた。
祖国の空を思い出す。時に夜空に掛った虹色のベール、そうオーロラを家族と見ていたあの頃に耽る。あの時は、今とは違う平穏があった。眼鏡をかけると凜々しくなるが、それでもどこか抜けている心優しい父。いつもしっかり者で厳しいが、どんな思いも受け止めてくれた母。そして・・・・
ロー「・・・・風呂上がりにそんな所にいるのはいただけねぇな。体を冷やすぞ」
モネ「ロー・・・」
そこに来たのは渦中の船医。そしててちてちと歩くドラゴンだ。隣まできたこの人懐っこいドラゴンを撫でながら、モネは話しかける。
モネ「貴方は、一緒に入らなくて良いの?」
ロー「騒がしいのは嫌いだ、もう入った」
モネ「そうなのね・・・」
2人(と1匹)で、しばらく地平線を眺め続ける。流れ星が空を駆ける。
ロー「いつまで言わないつもりだ」
モネ「何の、ことかしら」
ロー「さっきまでお前のことで全員持ちきりだった。既に何かあることは分かっているようだ」
ロー「別に言いたくないことを無理矢理吐かせるつもりもないが、だとしてもそのまま自分で抱え込んだままなのは頷けねぇ」
モネもまた、悟られていること知っていたようだ。申し訳なさそうに眉を下げる。目についた隈が目立つ。
モネ「・・・申し訳ないわ、気を遣わせて」
ロー「それに、ばれないとでも少しでも思っていたのなら心外だ。俺を誰だと思ってる」
ロー「俺にとって最初の患者は、他の誰でもないお前だ。患者の経過観察も必要だ」
モネ「・・・そうね。貴方なら、いずれ分かるとは思っていたわ」
きっと助けて、とは言えなかったのだろう。最近はそう言えない程の大騒ぎや事件が連続していたからだ。
モネ「少し、昔の話になるけど。聞いてくれるかしら」
ロー「・・・分かった」
モネ「・・・・私は、「北の海」の片隅で育った」
小さな島国だった。雪が多くて生活は大変だけど、それでも故郷は良い所だった。貴方もやってたと思うけど、雪かき。家族皆で屋根に乗って、少し遊びながらやってた。ついでに雪だるまなんて作って、家の前にあるポストの側に置いて。懐かしいわ。
でも、その日々も終わってしまった。・・・ここからは初めて言う話だけど。
突然として、隣国が攻めてきた。理由は知らない。学校で授業を受けていた時に、急に警報のベルが鳴って、いつもは笑ってた先生が真剣な表情で、ポツポツと、事態の悪化を話してたのを、飲み込めずに聞いてたのは覚えているわ。その時だったかしら、学校に砲弾が撃ち込まれたのは。
嫌な臭いが漂う中で、私は必死に妹を捜したの。妹は1つ下の学年で、人数も少ないから1学年に1クラス。だから、どこの教室にいるかは知ってたの。妹は所々燃える教室の隅っこで泣いて座り込んでた。
“大丈夫、お姉ちゃんが来たから。大丈夫よ”
そう言って、離さないようにしっかりと手を繋いで。でもどうすれば分からないから、一度自宅に戻ったんだけど、あったはずの家はもう無くて。出てきそうな涙をこらえて、妹を何度も元気づけながら、郊外の森に向かって逃げだした。
吹雪の中、生き残りを捜す兵士の目を掻い潜り何とか見つけた洞窟で夜を過ごした。あの日のこと、たまに思い出すの。
“大丈夫、少し見てくるだけだから。必ず戻るわ。だから、じっとしててね、〇〇〇〇”
様子を見に行って、帰ってきた時には既に誰もいなくて。本当にどうにかなりそうだった。いっそ、死んでしまったらどれ程良いかとさえ思った。でも、その度に必ず思い出して、
“お姉ちゃん!”
あの子の笑顔を、元気そうに呼びかける声を何度も思い出して、必死に捜したの。結局見つからなかったけど。それからは貴方も知ってる通り。
モネ「あの日から、ずっと頭から離れないの。あの子の声が」
“お姉ちゃん、一緒に遊ぼ!”
“お姉ちゃん、怖いよ・・・”
“すぐ、戻ってきてね”
“本当に久しぶりね、お姉ちゃん”
“今更どの口が言うのよ…はあ…なんか興が削がれちゃった”
“…こんな手じゃ抱きしめることもできない”
モネ「こうやって私は今を謳歌してるけど、あの子は違う。ずっと、ずっと何かに怯え、何かに操られ、生きてきた」
モネ「そう、思うと・・・」
すすり泣きが聞こえる。側にいたドラゴンも心配そうに見ている。
ロー「・・・そうか」
素っ気ない返事だが、話を聞いているという証明にもなる。それに、余計な口数を増やさないように一言述べた。
モネ「こんなこと言っても彼等にはどうしようもない。だから、言えなかったの」
辛く苦しい、それでも愛おしく見える過去。それを「こんなこと」と済ませるのはどうなのか、とローは考える。しかし気を遣うのも理解できる。実際妹とのいざこざ以外にも、一応の解決後も、色々とあったのだ。
ロー「・・・そんなに頼りなく見えるか?」
モネ「・・・え」
ロー「確かに色々とあったのは事実だ。だが、全部ひっくるめて何とかしてきただろ。お前の悩みや苦しみも、例え解決は無理でもこんな感じで話を聞くことくらいはできる」
畜生、俺はバカか。ローは胸中そう吐き捨てる。肝心なときに、気を利かせるような言葉が出てこない。
ロー「その・・・だからな、別にそこまで気を遣うな。お前を責めるヤツもいないんだ。吐き出したい時はそうすれば良いし、別に・・・」
妙にしどろもどろになるロー。しかし、不器用ながらも寄り添ってくれるのは分かる。
モネ「有り難う」
ロー「・・・何もしてねぇよ」
再び2人で空を見上げる。流れ星は止まらない。
ロー「・・・後、これは俺の個人的な考えだが」
ロー「例え仲違いしたとしても、必ず向き合える時はやってくる」
ロー「俺とラミがそうだった」
モネ「そう、なの・・・?」
ロー「あぁ、必ずだ。例え今は離ればなれでも、必ず会える時は来る」
ロー「大丈夫だ」
その言葉が、その意志が。かつて妹を雪の中で探し続けたことで四肢が壊死した私に向けた力強く暖かい気持ちが。
モネ「嬉しいわ、そう言ってくれて」
ロー「・・・そうか、なら何よりだ」
ルフィ「な、やっぱりローに任せて正解だったろ」
ドレーク「まさか風呂上がりに夜景を見に来てみたら・・・」
キング「・・・なぁ、結構良い感じでは」
サンジ「そうだな・・・いやそうなのか・・・?」
チャカ「どちらにせよ、良かった。抱え込むのは体に悪い。・・・・本当に良い感じでは」
ゾロ「酒が美味ぇな」
カイドウ「そうだな」