相模守、鎌倉将軍府に下向(8)

相模守、鎌倉将軍府に下向(8)


TSHパロ ※尊直 ※体格差のある兄弟。

主要人物:尊氏(既婚)・直義(未婚)・楠木正成

~1333年12月 相模守、鎌倉将軍府に下向(8)~京の七口にて~


だがそうすれば、目の前の弟は、怒ってしまい、さいごには、しかたない兄上、と、許してくれるものの、しばらくは、口一つきいてくれもしなくなるであろう。

それが、兄にはいやなのだ。


9年ほど前だったか。兄がかなり若く、弟もまだ、元服して数年もたたないころだった。

理由はわからぬが、兄が、弟をたいへん怒らせたことがあった。

それまで、弟は、兄に怒ることはいちどもなかった。だが、そのときは、弟は兄に口一つきかないどころか、ご機嫌伺いの品すら受け取らず、会うことすらも拒んでくるほどだった。それがひとつきほども続いた。

あれは、兄にはたいそう堪(こた)えた。

やがて、弟の怒りがおさまったあと、弟は、ときたま、兄に乳を吸わせてくれるようになりはした。それは、怪我の功名というものかもしれなかったが、それにしても、あれは二度と味わいたいようなものではない、と兄は思う。

それいらい、兄は、やさしい弟を本気で怒らせることだけはすまい、と心に決めていた。


兄は、しぶしぶ、といったように、そこで手をとめてやり、獲物を逃がしてやった。

この、美味そうな獲物が、みずから兄のもとに戻ってくるまで、そのすべてを味わえないのはじつに残念だが。


いまはこれまでにしておいてやろう。だが、戻ったら、覚悟しろよ。と言い、兄は、弟を立ち上がらせ、大きな手で、震えおびえる弟の身づくろいを、雑ではあるが、整えてやった。

腰にさげていた竹筒から、水を注ぎ、弟の白い手を清めてやる。


兄弟がみやこにきてからは、朝夕の食膳をともにし(当時の食事は1日2回)、日が落ちてからは、兄は弟のひざの上でくつろぎ、夜になれば、弟にあやされ、その乳の先を吸いながら、兄は眠りにつくのが常だった。

毎日、弟は、おおきなこどもにするように、やさしく、兄の世話をやいてくれたのだが、いまは、すっかり逆だった。

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