相思相愛、鼓動を拝借!!
※ロビンフッド相手の夢小説です
※夢主は藤丸立香ではなく、生き残ったもう一人のマスターです
※今回の聖杯戦線を元ネタにしたものです。ちょっと脚色があったりしますが、うちの最後の聖杯戦線は大体こんな感じでした
※話の都合上、ちょっと流血表現があります
※うちのロビンフッドはレベル120、絆15なので、夢主に甘々のべた惚れ前提です
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それでもいい方は読んでいただけると嬉しいです
『もうすぐブレスが来る!みんな攻撃範囲外へ!!』
通信越しにダ・ヴィンチの叫びにも近い声が聞こえてくる。それを聞き、人類最後のマスターである藤丸立香と雨風空炉はその場から逃げようとして、空炉はがくりと膝をつき、立香は鈍い音を立てて地面へと倒れた。「先輩!空炉さん!」とマシュの悲痛な悲鳴が聞こえた。
「りつ、か、おきあがれ……か?」
「っ、うぅぅ……」
空炉が立香に声をかけても、返ってくるのはうめき声と地面を少し引きずる音。もはや言葉を発する気力も体力もないのだろう。これでは立ち上がることも困難だと、空炉は必死の思いで立ち上がり、彼を抱えようとして
「あぐっ!」
いつの間にか近づいていたらしい、不死殺しの円環からの攻撃を受け、苦悶の声を上げた。胴体への直撃は礼装のおかげで何とか避けることはできたが、肩を直撃したそれは、空炉の血で赤黒く光る。だらだらと流れる血は止まらず、頭がくらくらと失血を訴えてくる。ぞわり、と背筋に悪寒が走ったが、ぐっと唇を噛みしめた。
(怯えるのも倒れるのも後でええ!今はとにかく、立香を抱えてこいつから逃げるんや!!)
少し前の自分なら怯えることなく立香を抱えていられただろうが、今は違う。あの過去を清算してから取り戻した負の感情のせいで、足が恐怖でがくがくと震える。でも、立ち止まる訳にはいかない。自分たちが死ねば、どうなるか、なんて考えたくもない。
魔力不足でろくに効果も出ない応急手当を発動させ、引きずることしかできない足を、歩くのもやっとなくらいの足にするために治し、それと同時にガンドで円環を停止させると、起き上がれない彼の肩を担ぎ、無理やり体を動かして後ろに下がる。ぶちぶちぶち、と肩の神経が千切れる音がした。
「づっ!!」
途方もない痛みにまともな声なんて出せるはずもなく。すぐにまた膝をつく空炉。それでもと痛みを耐え、少しずつ足を進める彼女に、肩に担がれた立香は、ポツリと言葉をこぼした。
「くう、ろ……おれを、おいて、に、げて……」
「っ、このバカ!お前を置いて行けるわけないやろうが!」
彼女にとって最上級の罵倒である「バカ」という言葉を聞いても、立香の言葉は止まらない。ごぽり、と血を吐く音が聞こえ、吐き出された血が点々と地面へ落ちていく。ぷらん、と垂れ下がった腕は、慣性に従って揺れた。
「で、も、もう、くうろ、かた、が、」
「肩が千切れたくらいでなんや!!そんなもん、後でくっつけて治せばええ!!うちは、絶対に、見捨てたりするもんか……!!」
記憶にあるのは、自分の支えになってくれた銀色の少年。そんな大好きで、大切な相棒を、自分は見捨てた。そうせざるを得なかった、そんな状況だったとしても、そんな言葉で片付けられるほど、彼の命は軽いものではなかった。そして、どんな理由があったにせよ、雨風空炉は相棒を、アルジェントを見殺しにした。その罪は何があろうとも消えることはない。
だからこそ、今度は絶対に藤丸立香を、一緒に戦ってきた戦友を見捨てることなんて絶対にしない。たとえこの身が動かなくなろうとも、絶対に……!!
しかし、その思いだけで戦況が変わるような、そんな奇跡なんて起きない。着々と時間は進み、ガンドの効果も消えた不死殺しの円環は、ゆっくりと動き出す。狙いはもちろん、マスター二人。
『っいけない!ブレス発動まであと三分!誰か、二人のもとへ行けるサーヴァントは!?』
『今、クー・フーリンが向かってるが、ダメだ!敵が邪魔して向かえない!!』
遠くでこちらに向かってきてくれていたクー・フーリンも、突如湧き出した敵に阻まれて動けない。しかも相手はセイバーらしく、流石のクー・フーリンも手こずっているようだ。そして他のサーヴァントもテュフォンのコアを壊すのに集中している。つまり、二人のもとへ行けるサーヴァントは誰もいない。あのブレスの範囲から抜け出すことも、不死殺しの円環からも逃げることができない。完全な詰みだ。
(どうする!?どうすればええ!?)
周りを見回し、必死に策を考える。思考を回せ、思考が止まればそれは死と同じことだ。これまでの経験から、それを嫌というほど知っている。けれど、どうしても突破口が見つからない。近づいてくる死神の足音に、嫌な汗が噴き出る。血が出すぎたせいか、頭がうまく回らない。それでも、それでも、
「ぜったいに、あきらめたくない!!」
自らを奮い立たせるように、そう叫ぶ。痛みのせいなのか、感情のせいなのか、情けないくらいにぼろぼろと涙が出る。ひぐ、と勝手に出る嗚咽のせいで体が痙攣して肩の傷がさらに痛む。そのせいでずる、と落ちそうになった立香を抱えなおし、息を切らしながら歩く。けれど、その歩みは明らかに遅く、歩いていないことと同じものであった。
その後ろにゆっくりと、不死殺しの円環が近づいてくる。頭上から、燃えるような、不気味な赤色の光が輝く。死神の足音が、もう、すぐそこまで来ている。それでも、俯くわけにはいかないと、敵を見据えて、そして、
「あ」
緑色の外套が、遠くに見えた。
「ほんっとうにしつこいですねぇ!!」
襲い掛かってくる数多の攻撃を、寸でのところでかわし続ける。余裕なんてものはない。少し動いただけでもぜえぜえと息が切れる。頭から流れた血を雑にぬぐい、振り払う。失血のせいかふらふらと揺れる思考。それでも、足を止めるわけにはいかないのだ。目の前の敵を、倒すためには。
マスターを、守るためには。
「こんなところで足踏みしてる暇はないってのに……!!」
パスで繋がるマスターの命の音が、徐々に弱くなっていくのを感じている。通信越しに聞いたカルデアにいる者たちの悲鳴に近い声から、もう後がないことも。そして、次のブレスが来れば、マスターたちが死ぬことも分かっている。
本当だったら、今すぐにでも二人の手を引いて、攻撃範囲から逃がしてやりたい。ぼろぼろになったその体の傷を癒してやりたい。でも、そんなことができるわけがないのだ。あまりにも、その距離が遠い。
「っらぁ!!」
シャドウサーヴァントからの攻撃を、ナイフでさばき、全力で蹴りを入れる。吹っ飛んで行ったシャドウサーヴァントをビーストであるドラコーが喰らう様を横目に、バックステップをとる。ズガガガガッと先ほどまでいた場所に、地響きを立てて、鋭い手が地面を貫いた。砂煙の中、姿が見えづらい状態を利用して毒矢を放つ。反撃として放たれた毒矢は、コアにぐさりと刺さった。
(攻撃が当たった!!)
先ほどまでシールドに守られていたテュフォンのコアだったが、そのシールドを保てなくなったのだろう。悲鳴にも近い咆哮を上げ、テュフォン・エフェメロスはその巨大な首を横に振る。暴風と咆哮の圧に、吹っ飛ばされそうになるのを必死で耐えるが、
「っづぅ!」
がくん、と体から力が抜ける。膝を突くまいとするが、体が言うことを聞かない。ぎしぎしと軋む霊基とかすむ視界に、大きく舌打ちをした。
(あともう少し、あともう少しなんだよ!!)
半分以上の体力を削られたからこそ、危機感を覚えたテュフォンは自身のコアにシールドをかけた。それは逆に言えば、コアを守るシールドが無くなれば、もう相手には後がないということだ。そんなこと分かっている。分かっているのだ。
「ちくしょう……!!」
ブレスを一度受け、シャドウサーヴァントとも何度も戦闘を繰り広げたロビンフッドの霊基は、すでに限界を迎えている。一度だけマスターである空炉が霊基を回復させてくれたが、それでも間に合わなかった。もはや気力だけで立っている状態で、うまく体が動かない。足りない魔力と流れすぎた血のせいで、思考もかすんでいく。それでも、それでも!!
「あきらめて、たまるか……!!」
こんなところで諦めるなんて、絶対にしたくない。こんなやつに、世界を壊されてたまるか。数多の人間の、これまでの過去を否定されてたまるものか。惚れた相手を、殺されてたまるものか。
だから動け、動いてくれ!!
しかし、そんなロビンフッドの思いとは裏腹に、体は全く動かない。ブレスを放とうとするテュフォン・エフェメロスの口から、赤い、禍々しい光が漏れる。
もう、じかんが、ない。
「う、ぐぅ……!!」
体の痛みも霊基の軋みも無理やりねじ伏せ、震える足で立ち上がる。ほとんどの条件はそろっている。毒は与えた。攻撃は至近距離から放てる。コアに向かって放つそれは、絶対に外すことはない。けれど、宝具を放つための魔力が、足りない。
マスターからの支援は不可能。むしろ、それをしてしまえば彼女が死ぬ。けれど、他に方法がない。他のサーヴァントたちも、シャドウサーヴァントや不死殺しの円環の相手をしているため、支援も期待できない。迫りくる時間、赤黒く光る空。遠くからでも体を焦がす熱を浴びながら、歯を食いしばる。
(あと一回、宝具が、使えれば)
あと、いっかい、
「熱を帯びなさい、マルミアドワーズ!!」
全身に、魔力が回った。
突然のそれに驚愕するロビンフッドの横に、金色の長い髪が揺れる。巨大な剣を持ち、数々の装飾を携えたサーヴァント、アルトリア・キャスターは金色の瞳をロビンフッドの方へと向けた。
「よかった、どうにか間に合いましたね」
「キャスターの、嬢ちゃん、なんでここに、」
「その話は後で。とにかく、大事なことを先に言います」
どうやらスキルが回復していたらしいアルトリア・キャスターは、湖の加護と選定の剣を発動させ、ロビンフッドへと魔力を回していく。そしてテュフォン・エフェメロスを見据えながら、口を開いた。
「他のサーヴァントたちはここに近づくことができません。シャドウサーヴァントが多すぎて、対処しきれなくなっている。つまり、ここであのコアを壊すことができるのは、ロビンフッド、貴方だけです」
「アンタは、」
「私ができるのは先ほどの支援と、あと一度の宝具だけです」
きん、と鋭い音が鳴り響く。光を放つ数多の刃が光り、アルトリア・キャスターとロビンフッドを照らす。その光に気づいたのか、テュフォン・エフェメロスの首の一つがこちらを向き、鋭い爪を振り下ろす。スキルによって少しの間、攻撃を受けなくなったロビンフッドと違って、アルトリア・キャスターにはそれがない。轟音を立てた先に、血だらけになりながら立ち続けている彼女の姿。ひゅ、と喉から空気の抜ける音がした。
「ふふ、流石に少し、堪えますね」
だが、アルトリア・キャスターの表情は絶望でも悲痛なものでもない。血を流しながらも笑っている彼女の後ろの剣が、ひときわ輝く。まさか耐えられるとは思っていなかったテュフォン・エフェメロスは、咆哮を上げると、再度爪を振り下ろそうとする。しかし、それは届くことはなかった。
「異邦の国、時の終わり、なれど剣は彼の手に。城壁は固く、勝どきは万里を駆ける。冷厳なる勝利を刻め──『真円集う約束の星』!』
一度だけの粛清防御が、二人の体を包む。銀色の盾が、一撃で霊基を破壊する攻撃を拒絶する。
「行きなさい、ロビンフッド!!」
暴風と砂嵐の中、アルトリア・キャスターの叫びが響き渡る。血を吐くような叫びを背中に、ロビンフッドは走る。もはや痛みなどは感じない。感じる余裕なんてない。それは霊基が壊れる寸前の悪あがきのようなもの。
それでも、走れ、走れ、走れ!!
はし、
「あ」
目の前に見えたのは、赤い色。ギラリと鈍い光を放つ爪が、ロビンフッドの目の前に現れる。砂煙の中、わざとタイミングを遅らせた攻撃。それを予測できる存在など、どこにもいなかった。
誰かの叫び声が聞こえる。自分の名を呼ぶ声が重なる。自分の動きも、周りの動きも遅く感じる。視界が、赤色に染まる。
「は?」
瞬間、風が吹いた。
目の前にあった赤色が、視界の端にある。その代わりに前に映るのは、巨大な、赤紫色に鈍く光るコア。いつの間に敵の懐に入ったんだと困惑する。自分は確かに、避ける暇なんてなかったはずなのに。でも、攻撃を喰らうことはなかった。まるで、そう、瞬間移動をしたような、
「うそ、だろ」
宝具を放つことだけを考えた。スキルに回す魔力も、『皐月の王』を使うこともできない。なのに、なぜ自分は敵の攻撃を避けることができた?他のサーヴァントたちが、自分を助けるような、そんな余裕なんてものはないのに?
かちかちかちかち。思考の中で、パズルのピースがはまっていく。「ありえないことを排除した後に最後に残ったものが、どんなにあり得ないことだとしても、それが真実」かの有名な探偵が言った言葉が、頭の中をよぎる。
その答えを示すように、気付いた、気付いてしまった。
繋いでいだパスの感覚が、もう、
「勝って、ロビン!!」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
届くことなんてありえない距離。けれど聞こえたその声は間違いなく彼女のもので。どうして聞こえてきたのか、分からない。けれど、彼女の今の状態だって、察しはついている。
思わず振り返りそうになって。でも、今はやるべきことが、自分にしかできないことがある。ぎりり、と唇を噛みしめ、ロビンフッドはテュフォンのコアへと、弓に矢をつがえた。
意識しなければ、繋がっていることも分からない、細い糸のようになってしまったパス。自分と彼女の心身を証明するそれは、今にもぷつりと切れてしまいそうで。あっさりと、何の感慨もなく消えてしまいそうなそれを、必死の思いで繋ぎとめる。そして、その細いパスであるにも関わらず、強く伝わってくる感情。心の底から自分を信じていると、そう伝えてくる。
(ああ、そうだ。あの人は、いつだって直球なんだよな)
下手な言い回しも、分かりづらい言葉だって使わない。いつだって直球で、何も考えていないようで、けれど絶対に誰かを傷つけまいとしているマスター。取り繕いなんて一切ない、そのままの感情は、信頼は、体が燃えてしまいそうなほど熱い。
その感情を、信頼を受けてなお、倒れるなんて情けないところを見せるわけにはいかない。すう、と深呼吸を一つ。地面を踏みしめ、狙いを定める。覚悟は、決まった。
「正面から正々堂々、なんてガラじゃないですけど」
矢じりに魔力を回す。限界まで、自分が倒れそうになるまで。必ず仕留めるために。そして口から出るのは、自分の決意。誰にも否定させない、否定させてたまるものか。これだけは、絶対に!!
「マスターの命令を守れないような奴が、騎士見習いなんて口にできるか!!」
狙いは一点。絶対に、外さない!!
「弔いの樹よ、牙を研げ」
「『祈りの弓』!!」
瞬間、鈍い破裂音が響き渡った。
「全くオタクは、まーた無茶をして!!」
「あでででで!!」
カルデアの、ロビンフッドのマイルームにて。
「お話がありますから、俺のマイルームにぜっっったいに来てくださいね」とハートマークがつきそうな、けれど背後に黒いものを背負っているロビンフッドの言葉に、有無を言わせず了承させられたマスターである雨風空炉は、あの戦いの治療が終わるとおそるおそるという風に彼のマイルームへと向かっていった。ちなみに空炉の召喚したサーヴァントたちはロビンフッドの言葉に異議を唱えることなく、むしろ行って来いと空炉の背中を蹴った。空炉は泣いた。
そしてマイルームにお邪魔した数瞬後に、『皐月の王』で姿を消し、空炉を待っていたロビンフッドは唐突にその能力を解除し、彼女の目の前に現れた。急に目の前に現れたロビンフッドに、空炉は小さく悲鳴を上げ、逃げようとしたが、それを許すはずがなく。彼女に見事なサイド・ロックを仕掛けた。そして冒頭の台詞に戻る。
「ロビン、ロビン、うちさっき治ったけど、一応重傷者!重傷者やから!!」
「安心してください、怪我の部分には影響ないようにしてるん、で!!」
「あぎゃあー!!」
鳴ってはいけない音が鳴ったような気がした。
見事なサイド・ロックを決められた空炉は「おごごごご……」と何とも言えない声を上げて、その場にうずくまり、サイド・ヘッドロックを決めたロビンフッドは溜息を吐きながら、彼女の視線に合わせるようにしゃがみこみ、空炉の肩をそっと触る。すると、声を止めた彼女はロビンフッドの顔を見て、うろうろと視線をさまよわせ、気まずそうに目を逸らした。
けれど、ロビンフッドはそれを許さない。もう片方の手で彼女の襟首をつかむと、ぐい、と引っ張り、無理やりこちらに向かせる。夕日色の瞳に映るのは、自分の顔。怒りを呑み込みすぎて、無表情になった、情けない顔。
「マスター、俺が何を言いたいのか、分かってますよね」
「…………」
「魔力が足りなくなった人間が無理やり魔術を使うときに、その魔力の代わりに使うものを、俺は知ってる。そしてそれが、取り戻すことのできない、使い捨てだってことも」
取り戻すことのできない、使い捨てにするしかないもの。少し考えればわかること。彼女は、その言葉の通り、命を削って魔術を使った。その代償が、あまりにも重いものだと分かっていながら。その命を、生きる時間を削り取った。それがどれだけ恐ろしいものなのかも、辛いものだと知っていながら、それを彼女は選んだのだ。
「ロビン、うちは、」
「分かってます、これが八つ当たりみたいなものだって。ああするしかなかったって。分かってる、分かってるんです。それでも、俺は、アンタに、そんな真似をさせたくなかった……」
ロビンフッドだって理解している。彼女の命を削った魔術がなければ、自分たちは負けていた。誰も生き残ることなく、すべてが終わっていた。分かっている、分かっているんだ。
けれど、頭では理解はしても、心は納得できない。好いている相手の命が削られることを、誰が喜べるか。たとえそれで勝利を手に入れたとしても、その代償はすでに払われてしまった。もう、取り戻せない。
ぎりり、と唇を噛みしめる。胸の奥がじくじくと痛い。それ以上何も言えずにいるロビンフッドを見て、空炉は少しだけ顔を俯かせる。しかし、きゅ、と唇を結ぶと、ロビンフッドの頭を両手で包むと、グイッと勢いよく自分の胸に引き込んだ。が、勢いをつけすぎたせいでぐきっとロビンフッドの首から鳴ってはいけない音が鳴り、一方の空炉はぐえ、と肺を圧迫されたことによる変な声を上げた。
二人そろって痛みによるうめき声を上げる。が、先に立ち直ったのは、ロビンフッドの方だった。
「いっつつつ……。急に何するんですか!」
なんの脈絡もない、急な出来事に、ロビンフッドは怒りの声を上げ、空炉の胸元から離れようとする。しかし、ぎゅう、と頭に彼女の両腕が回っているため、うまく離れられない。しかも体勢を崩されているせいで、抵抗する力も弱くなってしまう。本当になんなんだ、と、ロビンフッドが口に出そうとした。しかし、その言葉は喉の奥に消えていく。彼女が、小さく声を発したから。
「ロビン、聞こえる?うちの心臓の音」
まるで子守唄を歌うような、優しい声。その言葉につられるように耳をすませば、とくん、とくん、と小さな鼓動が聞こえた。ああ、彼女の心臓の音だ。生きている証。自分が霊基を破壊されかけてもなお、守りたかった音だ。
口を閉ざし、身動きをしなくなったロビンフッドに、空炉は優しい声音のまま、言葉を続ける。いつの間にか彼を逃がすまいと押さえていた力は、弱くなっていた。
「うちはな、自分のやったことを後悔してない。立香と一緒に逃げるために、ぼろぼろになったことも、ロビンに魔力を渡すために、命を削ったことも、全部」
生き残るにはそうするしかなかった。そう言葉にしてしまえれば簡単だ。けれど、その言葉の重さを、その言葉を成立させるために何があったのか、空炉は十分理解している。その結果、目の前の優しい、自分の最初のサーヴァントであるロビンフッドが傷つくことだって。今までずっと一緒にいたのだ。それくらい、分かっている。だからこそ、自分は、
「だからこそ、うちは信じてたんや。ロビンが絶対に、勝ってくれるって」
思い出すのは、遠くに見えた緑色の外套。自分以上にぼろぼろになってもなお、戦っていた後ろ姿に、どれだけ励まされたことか、彼は知らないだろう。だからこそ、自分も彼の力になりたかった。そして勝ってくれると信じた。叫んだあの言葉が届いていたのか分からないけれど、だからこそ、今ここで、伝えたい。自分の想いを、言葉を。
「ありがとう、ロビン」
「ロビンのおかげで、うちはお前の隣におれるんや」
だから、許してな?
困ったような、いたずらがバレてしまった子供のような、そんな声。その声に、ロビンフッドは少しの間沈黙したが「はーーーー……」と長く息を吐き出し、空炉の腕の拘束から抜け出すと、観念したように両手を挙げた。
「はいはい、俺の負け、俺の負け!しょうがないから、許してあげますよ」
「ありがとうな、ロビン」
いつもの溌剌とした笑顔とは違う、へにゃりと眉を下げた笑顔に、もう一度溜息を吐くロビンフッド。しかし、これだけは言わなければいけない、と森林を思わせる色の瞳を彼女に向け、少しだけ低い声で言葉を紡いだ。
「でも、今回だけですからね。次、同じようなことをすれば、俺はオタクを絶対に許さない」
「うん、分かっとる。だから、ほら、指切りしようや」
す、と小指を出す空炉の手は、自分よりも小さくて。その小指に、自分の小指を絡ませる。生きている人間の体温が、細く伝わった。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった!」
「……いつ聞いても物騒な歌詞ですよね、それ」
「まあ、それくらい大事な約束ってことで一つ」
先ほどした指切りの由来が物騒すぎるにもほどがあることを、二人は知っている。けれど、それほど大切に、守らなければいけない約束だ。その約束を胸に、この先もお互いの傍にい続けるのだろう。時間が許す限り、ずっと。
そんな二人の耳に、くう、と小さな音が聞こえた。その音の出所は彼女で、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「す、すまん。そういえばなんも食べとらんかった……」
「あー……、そうでしたね」
カルデアに戻ってから、怪我の酷さから治療に専念した結果、完全に食事を取り損ねていた。これは早く食堂に行くべきか、とロビンフッドは立ち上がると、空炉へと手を差し出す。その手を取り、同じように立ち上がった空炉だったが、思い出したかのように「あ、」とこぼした。それをロビンフッドは首をかしげながら問いかける。
「どうしました?」
「んー、そういえばロビンに伝え忘れてたことがあってな」
「伝え忘れてたこと?」
「うん!あのな、」
嬉しそうな笑顔を見れたかと思えば、次の瞬間、衝撃に襲われる。一瞬あと、空炉に抱き着かれていると気付いたロビンフッドは、突然の彼女の行動に、余裕をなくす。そんな彼に、空炉はいつもの見慣れた明るい笑顔で、言葉を紡ぐ。
「うちのロビンは、最強で最高なんや!!」
とろり、ととけた夕日色は、どこまでも輝いていた。
相思相愛、鼓動を拝借!!
(だって、お前/アンタが大好きだから!!)