目合い その後

目合い その後

傀儡呪詛師、死体処理専門の二級術師

小さく、遠くで鳴り響くアラーム音に意識が浮上する。薄寒さを覚えると共に何か腕が身体を一周していることに気付く。寝ているのはいつものベッド。掛けられているのは薄い布。自分の今の状態は...と、そこまで思考が行き着いたところで、漸く昨日起こった出来事を思い出した。

身を捩らせて、今は何時か確認しようと顔を上げると...

「...!」

髪を下ろして静かに寝息を吐く茅瀬の姿があった。瞼を閉じて眠る様は美しく艶やかで、思わずこちらが恥ずかしくなってしまう。そして何より、今は2人して服を着ていないことに気付いてしまい、羞恥心というか、痴態を晒してしまっていないか心配で仕方がない。

回られた左腕はしっかりと身体を覆って離さないので、どうすることも出来ない。加えて、今の彼をなるべく起こしたくはない。以上により結局は彼の肩口に顔を埋めることしかできないわけだ。

「...っ、うぅ〜...」

昨日の惨状(と形容したい)を思い返す。いつもは見ない茅瀬の一端。柔和で穏やかではない彼の顔。1人の男として自分を求めて、決して離さなかった彼の行動。為されるがままに流されて、腕も足も舌も何もかもが交わった。拒否を見せても恐れても、その指が、腕が、目が、自分を捉えて離さない。丁寧に肌に滑らせて触れ、善がった所を探り当てて、そうして2人して気持ちよくなった。


『眞尋...』


上気して顔を紅潮させながら笑みを浮かべる彼の表情が脳裏に過って、顔を茅瀬に押し付ける。ついでと言わんばかりに彼の体に回した腕でぎゅっと抱きしめ、お構いなしに力を強める。

いや、だって、恥ずかしい。何がって、そんな彼もそうだし自分も。後の祭りでしかないものの、一般世間では恥ずかしい下世話な部類の行為をしてしまったのだから。あと何よりも自分に耐性がないだけ。

慣れた手つきで肌に触れて、傷を落とし、愛でる彼の姿は格好良かった。色っぽいし、いつもと違うし、何だか変に心臓が跳ねた。ふと、疑問が募る。

「...前にも、やったことがあったのかな」

別に初夜と言うわけではない。それはもう済ませてはいるし、その時はその時で境界線がなくなって自分と言う存在が溶けるのではと思うくらいには甘かった。言うならばチョコに練乳を入れて蜂蜜を混ぜたそれを苺で食すみたいな。いや違うか。

経験の話はしたことがない。自分はさらりとないと吐いてしまったが茅瀬には聞いていない。もし、もし仮に自分よりも前にこんなことをしたのであったなら。

「...なんか、やだな」

「何が嫌なんだい?」

上から降ってきた声に顔を上げると、身を細めて笑う茅瀬の顔。彼限定で、端正な男の顔に弱いと自覚している自分はすぐに下を向いたが、追い打ちをかけるかのように彼が頭を撫でる。

「下を向かないで、眞尋。折角の可愛い顔が見えないよ。」

「いい、見せなくて良いから...」

「恥ずかしがる眞尋も見たいんだよ。それに昨日散々見せ合ったじゃない。」

「うぁ、...まって、それ」

羞恥で潰れそうな思いをしながら、応答を続ける。彼には恥じらいがないのか?そんな疑問を持つも彼が先に言葉を放つ。

「それで、何が嫌なんだい?」

少しばかり鋭利さを携える声に、どこかで地雷を踏んだのだろうかと思考する。彼の気に触ったのは理解しても、いつも肝心なところは分からない。そのことは彼も知っているし自分も知っている。だから、素直に吐くのが好ましい。けれど、あまりにも内容が内容だ。

「...」

「おや、答えてくれないのかい?」

「...いや、私が話し慣れてないだけで」

「そう?じゃあ待つよ。言いたくなったら言って。」

逃がさないと言わんばかりに腕の力を強められ、撫ぜられ愛でられる髪の毛に顔が紅潮する。これ以上顔を熱くさせてどうするんだ、自分。大人しく吐く他ないと知るや否や、言葉に出そうと小く声を漏らす。その度に微笑む茅瀬がどこか憎らしいが、そんなことを考える暇はない。

「えぇっと、その...あの、な」

「うん?」

「...茅瀬は、前にも、その...昨日のみたいなこと、したことあるのかなって」

言った。言ってしまったし聞いてしまった。顔を下げてそのまま姿勢を維持しているため茅瀬の表情は見えない。と言うか今見たら恥ずかしさで悶える自信がある。

此方があたふたとする様子を他所に、茅瀬はあっさりと答えた。

「いや?眞尋が初めてだよ」


はじめて。


飛び出た言葉に思考が停止する。行動も瞬きもせずに数秒硬直した後、再び脳が仕事し始める。

「ほんとうに?」

「本当だけど...どうして?」

「...いや、あの時も、すっごく上手だったから...、?」

言葉に出して気付く。あれ待ってもしかして相当変なことを言ったのでは?と。思い返す間もなく発言がかなり恥ずかしいことに気付くや否や、また顔を赤らめて肩口に顔を埋める。逃げ場が結局は彼の所だなんてツッコミは辞めて欲しい。どうせ逃げられないんだ。

「...えっ、と。眞尋はそう思ってくれたの?」

恐る恐る、と言うように問われる茅瀬の声に小さく肯定の声を出す。シーツが擦れる音に掻き消える程には小さかったが、きっと彼の耳に届いたのだろう。撫でていた手を止めて両手で抱きしめられる。いよいよ動けなくなってどうしようと思考する傍ら、嬉しいと感じる自分がいる。

「っ、はぁ〜〜っ...なんで、きみはいつも...」

「...?茅瀬?」

「...あのね、眞尋。俺はそう言うことは君以外にするつもりはないし今後もしないよ。初めも終わりも君だけ。ずっと」

どこか圧と必死さが感じる声に顔を上げて、茅瀬の顔を見る。少し赤らめて自分の顔を睨みつけているので、思わず吹き出してしまう。

「ちょっと?」

「いや、ごめん...なんか、珍しい顔だったから」

「...俺はいつも君に振り回されるね。眞尋は俺をどうしたいの?」

「どうしたいって言われても、一緒にいたいだけだよ」

その言葉に茅瀬はまたため息をつく。何だか翻弄している気がして楽しいと思った矢先、額にリップ音が鳴った。あまりにも一瞬で起こった動作に顔を上げると、一言。

「お返し。」

少し良い気になっても、結局は此方が負かされてしまい、また熱くなった顔を肩口に埋めるの繰り返し。唸り声を上げるも全く効果はなく、再開された頭への撫でが羞恥を加速させられてしまう。



そうして、朝の緩やかな時間が過ぎた。


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