皆で海に行くだけ
照りつける太陽、大きな入道雲に輝く海!
水着に着替えていざ海へ!
__と、言いたいところなのだけど、私って実は金槌で……そもそも、集まった面子を見て署長が卒倒して、その介抱をしていたヴェラさんも軽い熱中症と胃痛でぶっ倒れ……私はそんな上司二人の介抱があるので、結局泳ぎには行けないのでした。
「……かき氷、出来たぞ」
「あ、ありがとうございます」
後ろからかき氷を持って声を掛けてくれたのは向こうでビーチバレーに勤しむ代行者さんのお付きのヴローヴさん。
なんで炎天下のビーチで厚着なんだろう……兎にも角にもどこからか氷を作り出してかき氷屋さんのお手伝いをしているらしい。
「ヴェラさん、かき氷食べますか?」
「ありがとうございます……はぁ、にしても、どうしてこんな……」
海の方を見てため息をつく、うん、気持ちは分かる。せっかくプライベートでクランカラティンのみんなと遊びに来たのに、着いた先のビーチは恐ろしい上位存在だらけとか、ため息もつきたくなるはず。
「あはは……私から見たらクランカラティンのみんなもすごいですよ」
「私達なんてあれらに比べれば小動物もいいところです。……先に、軽くあれらについて考察でもしておきましょうか。何も知らないエリスが迂闊に近づいたりしたらほんの不機嫌で存在ごと潰されかねません」
「あ、はい……」
「まず……そうですね、あちらで泳いでいる……まぁ、あの人はいいでしょう。カリュー氏は私たちの協力者ですし、後で飲み物でも差し入れに行きましょう」
「ふふ、そうですねぇ……あの人のケーキ、とっても美味しいですよね」
カリューさんの作ってくれたケーキを思い出して頬が綻ぶ。
「……次、あの方は……聖堂教会の代行者でしょうか。死徒でも時計塔の所属でもない貴方なら狙われることは無いと思いますが……」
「フィロメナさん、いい人でしたよ。部下の人がかき氷作ってくれたし」
水色の髪をした聖女。
今は少し離れたところでカリューさんとビーチバレーに勤しんでいるらしい、綺麗な人だよなぁ……。
「というかあの使い魔らしき者……死徒、ですよね。ジョンの腕を奪ったのと同じ……」
眉間に眉を寄せるヴェラさん。
「えっ、死徒……って、あの、人の血とか吸う……ジョン君の腕を食べた怖いやつ……」
「そうですね、近づかない方がいいでしょう」
「……はい……」
「くーん」
後ろからつつかれた。
……犬だ、可愛い!
「……犬?」
「犬ですね……」
しっぽを降っている犬の頭を撫でる、なんだか不思議な感覚だけどなんでだかは分からない。
可愛いわんちゃんだなぁ……誰かの飼い犬だろうか。
とにかく、犬は犬だろうし……まぁ可愛いからいっか!
「……あの、ヴェラさん……あの人流されてません?」
「あぁ……」
赤髪の魔術師さん、ぼーっとして沖に流されているけど……。
「……大丈夫でしょう、おそらくカリュー氏と同格の実力者ですから」
「そ、そうですか……」
そんなことを話している間に、すぐ前を恋人らしき男女が歩いている。
「はい、あーん。ほら、早く食べて、ね、どうぞ?」
「いや、待っ、わかった、わかったから……」
綺麗な女の子と群青の髪の男性だ、なんだかお姫様みたいな女の子……。
「あら、どうしたの?そんなに見られたら恥ずかしいわ……」
女の子は頬を染めて群青の髪の人と腕を組んでいる、恋人同士なのかな?
「あ……ごめんなさい、綺麗な人達だと思って……」
「あら、嬉しいわ」
女の子は穏やかに返してくれる。
「……でも__あなたは、いらない」
女の子の目が、きらりと輝く。
あ、これヤバい奴だ。
直感的にそう思って逃げようと考えたけど、きっとこの少女から逃げられる場所なんて存在しない。
「__エリス!」
叫んでいたのは、多分ヴェラさんだ。
最後に聞くのが大好きな人の声じゃないのは悲しいけど、嘆く程度には私の事、仲間だと思っていてくれたなら、嬉しいな。
パン、と手を叩く音が響い、て__
彼女の頭蓋は、まるでティッシュのように圧縮されて肉片となった。
「な……に、を」
ヴェラ・レヴィットは先程まで話していた同僚の、首だけが原型をとどめない程に壊された遺体を見て呆然と呟く。
「あら、だって……可愛い子だったから、私の可愛いあの人が惚れてしまわないか心配で、ね?」
「っ……」
休暇であると思い、しまい込んでいた宝具を構える。
「まぁ……可愛いおもちゃね、それで?そんな退屈なものでどうするのかしら……」
少女は微笑む、まるで女神のような微笑みに気圧されそうになるが、止まる訳にも行かない。
「__な、んで。エリス!」
先程まで泳いでいた青年が、赤い水溜まりに気付いて駆け寄ってくる。
「ジョン!クランカラティンを収集して下さい!」
「……あれ、恋人がいたのね?なんだ、じゃあ悪いことをしたわね、綺麗に繕って直してあげる!」
「は?」
「……あ、あれ?わ、私……何、して……」
周りを見渡す。
青い空、美しい海。
先程までと何一つ変わらない風景。
「エリス!」
「わふっ!?」
隣から飛びついてきたジョン君に押し倒される。
「あれ、ジョン君?ど、どうしたの?」
「……生きてる」
「……ホントだ。わ、私、あれ?1回、死んで……」
抱きしめられたまま、何かを確かめるように頬に触れられる。
「あぁ、綺麗に繕っておいたわ。早合点でごめんなさいね!それじゃあ私、愛しのあの人とのデートがあるから!」
「は、はぁ……楽しんで……?」
「うわー……こわ……」
慌てて招集されてかけてきたらしい、手袋をはめているクランカラティンの人。
「あ、スパイ」
「やめてくださいってその呼び方!」
「でも元時計塔のスパイですよね。なんなら今も聖堂教会の手先で……」
「本業は警察官ですよ、マジ、マジです。つか私じゃなくてほら、エリスさんはせっかく水着着てきたんだし、彼氏に見せに行ったらいいじゃないですか」
「あ、いや、その……」
「じゃあ私虫取り行ってくるんで。初心なのはいいけど、せっかくの海なんですから帰ってくるまでにキスのひとつでもしといてくださいよー」
虫かごと網を持って上機嫌でどこかへ行ってしまった……結局なんなんだろう、あの人。
「……はぁ、エリス、体の調子は?」
「大丈夫ですけど……絶対死んだと思った……」
「奇遇ですね、私もです。……さて、と。それと言われなくてもわかるでしょうが、あそこでオレンジ髪の少女と黒髪の少年と戯れている大きな蜘蛛には近づかないように」
「はぁい……なんなんでしょうね、あれ」
「……私が聞きたいくらいです。とにかく、エリスはジョンの方に行ってきてあげてください、署長と荷物は私が見ておきますから」
「は、はい!」
……実際のところ、この後もなんやかんやでトラブルはあるし、波乱万丈な夏となったのですが……それはまた別のお話。
__眩い夏の行方は、はたして。