百年分の涙

百年分の涙


―――― 「あのね、8がつ、…んと、14ね、しゅうのおたんじょうびなの!だからね、けんせ、おしごとおやすみで、ケーキつくってくれるの!」

8月11日、2年かけてようやく九番隊の人は大丈夫、と思ってくれた幼子は満面の笑みで3日後の楽しみを、周りの人みんなに語っていた。

 嬉しくて嬉しくて仕方がないと全身で語り、子供特有の柔らかでまろやかな空気は、周りの人も幸せにする。

そしてそれが、俺が見たその子の最後の笑顔だった――――。




―――― 「六車拳西だ。今日から九番隊の隊長になる。よろしくな。……ああ隠してあとから変に勘ぐられても面倒だから言っとくが俺と修兵…、檜佐木は100年前、親子の関係だった。だから俺達が親しげにしてても気にすんなよ。ていっても修兵が本当に小さい時の話だけどな」


帰ってきた六車隊長はそれだけ言った。

たしかに彼らが共に暮らしていたのはほんの僅か100年も前の話で檜佐木副隊長の実質的な育ての親は東仙隊長だ。

そしてその関係も周囲に知られていたからこそ先に親子関係だったのは自分たちだと告げたのだろう。

 でなければ、檜佐木副隊長が、育ての親の東仙前隊長に対して不義理だと言い出す者がいないとは言い切れない。

もちろん表立ってそんなことを言う者はいないだろうが東仙要は九番隊では慕われていた。それもこれも檜佐木副隊長の東仙隊長への献身的な尽くし方によるものが大きい。

 数十年そうやって過ごしていた以上、東仙は謀反人ですと言われて、全員がハイそうですかと東仙要を蛇蝎のごとく嫌うことなどできはしないのだから―――。


※※※※

――――「見事だな…」

そう漏らしたのは俺にとっては後輩で檜佐木副隊長にとっては先輩に当たる八席だった。

檜佐木副隊長が院生の頃に官吏になったコイツは東仙隊長の養い子として九番隊に顔を出し『修兵くん』と呼ばれていた頃の副隊長を知っている。

いわば子供の頃から知っている俺と、檜佐木修兵が席官、副隊長と一気に昇りつめて以降に入ってきた檜佐木副隊長の後輩との『間』にあたる。

「そう、だな…、そう思うよ」


ほんとうに見事な立ち回りだった。

 六車隊長のやり方は東仙隊長とは全然違う。

 どちらが正しいか、というよりも東仙式のやり方に慣れている今の九番隊は六車式のやり方に戸惑うこともある。

おそらくは官吏としては檜佐木副隊長自身も東仙式のやり方しか経験がないから戸惑いはあるだろうに、見事に六車隊長を立て、間に入って少しずつ隊長と隊士が馴染めるようにしている。そして何より虚を内包することになった隊長への戸惑いを隠せない隊士の話をよく聞いて、六車隊長は強い人だから大丈夫だと微笑んで安心させて取り持っている。

だけど……。


***


―――― 「六車隊長…」

「なんだ?」

「俺、100年前はまだ席官になる直前くらいだったから隊長の記憶にはないと思うんですけど100年前から九番隊に居たんです」

「―――っ、そう…、か」


 今日の午前中は副隊長会議があるため副隊長はここにはいない。

「六車隊長…」

「なんだ」

「隊長は、強くなったんですよね、100年前よりも…」

「……っな、にを言って…」

「強くなったって言ってください。言ってくださいっ!」

「俺は…っ、」

「俺、席官になる前、修兵くんに2回だけ、話しかけられたんです。修兵君が普段接するのは一桁席官の人がほとんどだったから一桁どころか席官ですらなかった俺なんて話しかけられること無かったですから。でも2回だけ話しかけられて。その1回は、8月11日。嬉しそうにね、みんなに何度も言って回ってたじゃないですか。『けんせーがしゅうのためにケーキつくってくれるのすごいでしょ』って。」


「――――ッ、ああ、……ああ、そうだったな……」

 目を伏せ、額に手をやった隊長の声が、震えている。

この人は解っている。わざとではない。何よりもその笑顔を望んでいたのもこの人だ。それも解っている。

わかっているけれど。


「2回目は…あなた方がいなくなってほんの少し経ってからでした。『けんせーいつかえってくる?しゅうがいい子にしてたらかえってくる?しゅう、ケーキいらないよっ、なんにもなくていいもん、いいこにするから!』」


 目を閉じるとその時の表情まで浮かんでくる。不思議なほど、鮮明に。

とーせんさんもおじいちゃんも、みんなおしえてくれないの、と泣いた声

『えらい人』に訊き尽くして誰も答えてくれなくて、席官ですらない俺に、涙をいっぱいためて問いかけてきた。

それにこたえてやることは俺には当然できなくて。


そうして気がついたら修兵君は、ほとんどは表情を動かさない子になっていた。

いや喜怒哀楽がなくなったわけではない。親しい友人副隊長間では嗤ったり誂われたり、東仙隊長とも穏やかに微笑むことも楽しげにしていることもあった。


それでもいつもどこかに諦めと寂しさがあった。

 今回の件で檜佐木副隊長が最も動揺せず副隊長のやくわりを全うしたことを、東仙の裏切りを知っていたのではないか協力したのではないかなどと言うものがいたが、多分、違う。


 知っていたのでも協力死ていたのでも、予感ですらなく、多分覚悟していただけなのだ。

 大好きな人がいつかいなくなってしまうかもしれないことを。


 東仙要という養い親がくれた幸せ『も』永遠ではないかもしれないことを…。


だから…

「帰ってきたのならもう二度と…、どうか、…お願いですから…」

「わかってる」


 短く応えた六車隊長が、言葉を続ける

「わかってる。今度俺が置いていったら修兵は壊れちまう。置いていかねぇよ。それと、」

 アイツをちゃんと泣けるようにしてやる。もう我慢しなくていいんだってな。

 必ずする。それから、笑えるようにもしてやる。




そうしてその宣言通り、六車隊長はちゃんと檜佐木副隊長と話し合い、そのことで去勢の崩れた副隊長は心身のバランスを崩し療養に入ったけれど、よかったと思った。

ちゃんと、泣けたのだ。

 療養中に隊長の誕生日も副隊長の誕生日も来てしまいそうだけれど、二人で祝えるのならそれもいい。


『けんせーいつ、かえってくる?』

その記憶の中の問いに、

修兵君が独りにならないように、ちゃんと返ってくるよ…と、今になって返した―――。



100年間ずっと、きっと泣いてたあの子へ。




Report Page