百兄貴特異点
ある日特異点へと赴いて開口一番、
「……ウォーリーかな?」
マスターはそのように呟いた。
視界のほとんどを占める紫色。
綺麗だが見慣れない都市の、賑わう市場。その市場を賑わせているのは、どれもこれも同じ顔だった。
言ってしまえば、大勢のドゥリーヨダナと、彼の弟たちだった。
思わず、マスターは己と共にカルデアからレイシフトしてきたドゥリーヨダナを見上げた。そして、ドゥリーヨダナが今回ダ・ヴィンチから強く勧められて現代服を纏っているのを確認して少しだけ安心した。こんなところでドゥリーヨダナとはぐれたら二度と合流できない自信がある。マスターはダ・ヴィンチに感謝しながら、ドゥリーヨダナの服の裾を握り締めた。
「……なん、…え、何だこれ?」
さすがのドゥリーヨダナもドン引きで、服に縋るマスターの手を解くと、ぎゅっとそれを握った。端的に怖い。
だって、カルデアで出逢いまくる別側面ではないのだ。自分が何人も、何十人もいるのだ。普通に怖い。恐怖だった。
「──あ、兄貴だ」
やがて、弟たちのうちひとりが気付いて、ドゥリーヨダナの手を引いてマスターたちの前に駆け寄ってきた。
「ドリダクシャトラ、これは一体どういう事態だ?」
「え。もうカルデアにバレちゃったの?」
「おまえたちが残らず消えたのだから当たり前だろう。わし様、宝具が使えんのだぞ?」
まぁ、軍勢とならずともわし様なら単騎で鏖殺など容易いことだが。そう補足しつつ、ドゥリーヨダナが眉を顰める。
「あ! みんなの兄さんだ!」
「今度はビーマヴァラか。これは一体どういう事態だ?説明せよ」
やはりドゥリーヨダナの手を引いて現れた弟に、ドゥリーヨダナは事態の説明を求めた。
「俺たち、聖杯を拾ったんだ!」
「まぁ、そうだろうと思ったわ。で、何を願ったのだ?」
「俺だけを褒めてくれて、俺だけを愛してくれる兄ちゃんが欲しいな!って」
「うむ。突然入ってきたな、ナーガダッタ。それで、この有様か?」
「そう。みんな自分だけの兄上と暮らしてるんだ!すごく楽しい」
「……パドマナーパ。そうか、楽しいか」
きらきらと満足そうな顔で言う弟たち(どんどん増える)が状況説明をしていく。周りを厚く取り囲まれていくにつれて、マスターは現代服のドゥリーヨダナに抱きつきはじめた。夢に見そう、怖い、とぶつぶつ言っている。
そのマスターの肩をぽんぽんと叩き、ドゥリーヨダナは
「あー……マスター、カルデアから誰か呼べるか?できればカルナとアシュヴァッターマン、ビーマ以外で」
と訊ねる。
「アルジュナなら平気?」
「あぁ、あやつなら多分問題なかろう」
ドゥリーヨダナが頷いたのを確認し、マスターはアルジュナを追加召喚する。降り立って早々、彼はスペキャ顔を晒した。
「……何ですか、これ」
「おう。よく来た。一言で説明するなら、我が弟たちがいたずらに作ったわし様特異点だ。すぐに解決させるから、マスターの側で目と耳を塞いでおいてくれんか」
「は?」
頼まれ、よくわからないながらも指示に従うアルジュナ。マスターに目を閉じさせ、マスターの耳を塞ぎ、ついでにちょっと魔力を用いてマスターの感覚が外界からきちんと隔離されたことを確認すると、ドゥリーヨダナへと視線をやった。
「できましたが?」
「うむ。仕事が早くて良いな、おまえは」
手早く済ませたアルジュナを素直に褒め(集まった弟たちは嫉妬の眼差しをアルジュナへと寄越す)、ドゥリーヨダナは弟たちが連れたドゥリーヨダナたちへと質問をひとつ投げかけた。
「なぁ、ドゥリーヨダナよ。おまえが一番愛するきょうだいは誰だ?」
「「「「それは勿論────」」」」
「「「「解釈違い!!!!!」」」」
自身が連れたドゥリーヨダナがこちらの名前を上げるのを聞いて、弟たちは絶叫した。そして、次の瞬間、繋いだ手を振り解いて己の連れを肉片へと変える。
「兄さんは私たち弟妹を平等に一番に愛してるんだよ!」
「そこに差を付けるわけがないだろ!」
「兄貴のツラしてるくせにそんなこともわからないのか!?」
至るところから響く怒声。それを耳にして、アルジュナはあまりにも理不尽だな、と思った。
あと、これを百人分見せられるとして、私のメンタルのフォローは考えてくれているのだろうか、と遠い目をした。
こうして、特異点はものの数分で崩壊、解決したのだった。