白猫、黒猫、勘違い

白猫、黒猫、勘違い


マダラさんの場合

庭先に猫が来るようになった。弟が好きだった蝋梅の木の下でみゃあみゃあ鳴く白い子猫を放っておけなくてつい温めた牛乳を差し出したのがきっかけだった。幼い頃、猫なんて愛らしいがなんともか弱いし犬のような忠誠心もないし鷹のように一緒に狩りを楽しむことも出来ないと父と懇意の武器商人に言ったことがある。忍猫使いでもあった武器商人は小一時間猫の事を語られた。その後ことある事に猫の素晴らしさ、忍猫を育てるコツのようなものを聞いていた為か猫の世話の粗方は知っていた。本当は猫に牛乳は駄目なのはわかっていたが猫用の乳など持ち合わせがないので人肌で温めた牛乳で我慢してもらった。


その後も猫は縁側に来るようになった。武器商人に猫の話をするといつも懇意にして頂いてるからと猫用に改良された乳をおまけに付けてくれるようになった。猫の成長とは早いものですくすくと育ち白猫は大分大きくなっていた。猫は雌猫で武器商人曰く猫の成長は早いからもし避妊させるなら早めに連れてきてくれと言われているがまだ半年程度の子猫だから連れて行くのは当分先だなと思っている。白猫は大層素早くまた賢かった。人の言葉がわかるのか指示をすれば鼠を取ってくるし無くした苦無を見つけ出したりする。そしてとても悪戯好きで寝ている間にオレの髪でじゃれるのか、朝方とんでもない髪型になるのは大抵白猫のせいだった。


「悪戯っ子め」

「なおん」


普段は人懐っこい仕草などみせないのに此処ぞとばかりにすりすりと擦り寄ってくる。許してとでも言うように。こんなことをされては許すしかない。しょうがないなと頭を撫でれば物珍しい赤い瞳を細めて更に愛らしく鳴くのだ。


「にゃあ」


猫が来てからは一族や里からの疎外感があまり気にならない。家には猫がいる。ちょっとした愚痴も弟を失った悲しみも白猫は何も言わずに聞いてくれた。猫の癖に川魚が好きで尚且つ焼いた魚が好きだった。焼いた山女魚に目を輝かせ、みゃうみゃう言いながら食べるのだ。手ずから渡せば喉を鳴らして美味しそうに咀嚼する。猫が来てから楽しみが増えた。ただ一つ難点があるとすれば、白い毛並みとその赤い目は弟を殺めた女によく似ていたことだった。


孤立していたオレを案じて散歩でもしないかと柱間に誘われた日のことだった。アカデミーの生徒が転んでしまったので起こしてやる。この学び舎で教鞭を振るっているのが弟を殺めた女である柱間の妹だ。正直余りこの建物に近付きたくはない。同じ白い女でも白猫と大違いの可愛げのない女の事など考えたくないからだ。かつて語り合った岩の上で柱間とまた語り合う。


「里の皆を家族と思って……」

「いや、心配するな柱間。オレにはもう新しい家族が出来た」


この際だ、柱間にも家族が増えたことを教えておこうと思った。きっと柱間のことだから猫を気に入る。名前を決めかねていたから柱間にも相談したかった。柱間は驚いた顔をする。


「えっ!?そうか……それは良かった。本当に良かった。しかしいつの間に……お前も隅に置けんの」

「つい最近の事だ」


半年前に出会った白い子猫を思い出す。弟の誕生日が過ぎて庭の蝋梅もそろそろ見頃が終わる、そんな時期に降りしきる雪の中真っ赤な目で必死に鳴いていた。気まぐれに蝋梅を眺めていなければ雪の中で凍死してもおかしくなかった。本当に偶然の出会いだった。


「どんな感じだ?その……上手くやっておるのか?」

「ああ。白くて身軽でやたらと素早くてイタズラっぽい、小生意気な小娘だが甘えたがりで愛らしい。オレが頭を撫でると赤い目を細めて喜ぶんだ」

「…ん?んん?んんん???」


柱間は何故か疑問符を頭に浮かべている。突然猫を拾ったなんて言ってもびっくりするよな。


「お前にもちゃんと言おうと思っていたが、なかなか機会が無くてな……今日こうして話が出来て良かった」

「初耳過ぎてびっくりぞ。…その、聞いてもいいなら馴れ初めとか聞かせて欲しい」

「あれは二月の中旬頃にな、雪の中で寒そうにしていたからつい話しかけた」

「二月の、中旬。そうか…。その気まぐれだし気難しい性格をしているが大丈夫か?」


個体差によるんだろうが猫なんてみんなそうだ。そしてその気まぐれと気難しさが愛らしいんじゃないか。


「たまに腹が立つこともあるがそこも愛らしいと思う」

「あばたもえくぼって奴か…」

「気が強いのがいいよな」

「そのどうやって、仲良くなったのだ?警戒心が強いから懐くまでは大変だったろう?」


猫は警戒心が強い生き物だ。確かに懐かせるまでは一悶着あった。懐くまでは焼いた魚を解した皿を置いて遠くから猫を見守っていたし武器商人から買ったまたたびボトルで誘いだしてノミ取りをするために風呂に連行した。


「胃袋を掴んだ」

「胃袋を…」

「あいつ、川魚が好きみたいで火遁で焼いてやったんだ。そしたら喜んで」

「川魚が……好き……」

「懐いてからはあいつ用の布団用意したってのにオレの布団に入ってくるんだよ。可愛いだろう?」

「あー!あー!そういう生々しい話聞きたくないんぞ!」

「生々しいか…?」


猫と触れ合うだけの話の何処が生々しいというのか。やっぱりこいつよくわからん。


「お前達が所謂イチャイチャチュッチュキャピキャピラブラブって感じなのはよく分かったぞ…。仲がいいことは良い事だ。最近のお前は生き生きして明るくなったと評判でな。良かった良かった」

「イチャ…?まぁ、あいつが家に来てからは楽しいからな。白くてすべすべで撫でると愛らしい声で鳴くんだ。一日中見てても飽きない」

「…恥ずかしげもなく惚気られて俺はちょい困惑ぞ」

「まぁ、今度改めて顔合わせしたいから日程教えろ」

「待ってくれ!それはまだ心の準備が!」


扉間♀さんの場合


アカデミーでは犬を飼っている。兄者によく似た忍犬はハシラマと生徒に名付けられアカデミーの番犬として可愛がられていた。その忍犬ハシラマが校庭の隅でコソコソと黒い毛玉と戯れていた。よく見れば黒いハチワレの長毛の猫だ。そのモフモフとした毛並みは何処ぞの誰かさんにそっくりなものだからつい私は声をかけてしまった。


「マダラ……?」

「ナォン…!」

「くぅーん」


猫は低い声で鳴いて返事をした。ハシラマは番犬としての仕事中に友達と遊んでいたことを見られたのが気まずいのかしょんぼりとしていた。黒猫との出会いはこれが始まりだった。


あまりにも知り合いに似てるものだから面白くて、アカデミーに来る度に私のお昼の魚を分けてやったり遊んでやったりするようになった。その知り合いとは折り合いが悪かったからこうしてよく似た猫と仲良くなるのは新鮮だった。黒猫はご飯を分けてくれる私に懐いたのか術を記した巻物を食い荒らす鼠を退治してくれたり、自分の狩りのお零れを窓際に置いていくようになった。黒猫は最初に呼んだマダラという名前を自分の名前だと思っているのかマダラと呼ぶとナォンとよく通る声で返事をする。黒猫のマダラは賢くて狩りも上手だ。私が暇潰しに簡単な術を教えてやったらすぐに習得した。ハシラマと術比べをして戯れていたりと中々の天才猫だ。私は黒猫のマダラを引き取り、研究室で飼っている。


「にゃあ」


マダラは気の利く猫だ。朝は新聞を持ってきてくれるし、私が研究に夢中になって寝食を忘れているとにゃあにゃあ鳴いてご飯にしろ、もう寝ろとばかりに世話を焼いてくれるのだ。


「お前はまるで兄者のようだな」

「ゔなー」


お前がちゃんとしないからと叱るような顔で鳴き、次からはちゃんとしろとばかりにすりすりと長い身体で私にじゃれつく。妹猫とでも思われているのかもしれない。


「…お前とは違うマダラともお前とのやりとりのように平穏に話が出来たらいいのだがな」

「……にゃん」


無理な話だろう、人間のマダラにとって私はたった一人になってしまった弟の仇なのだから。兄が私と奴の関係に気を揉んでいるのは知っている。仲良くなろうとは思わない、せめて表面上普通に会話できる間柄になって兄を安心させたかった。しかし戦争中にこびりついたうちは一族への警戒心はどうしても薄れてはくれない。私はどの一族も平等に里の脅威にならないか警戒をしている。しかしうちは一族への警戒心は他の一族より一際大きいのは事実だろう。それを感じ取っているらしいマダラは余計に私へ不信感を募らせ仲が拗れる。悪循環だった。私は兄者ほどマダラの人となりを知らないからこそ余計怖いのかもしれない。未知とは恐怖だ。何かきっかけがあれば、奴の人となりを知れるきっかけさえあれば。このトラウマとも言えるうちはマダラへの警戒心が薄れてくれるかもしれない。猫のマダラを撫でながら溜め息をついた。


「そろそろお前も去勢をと思ったが捕まえようとする度逃げるんだものな。そんなに嫌か?」

「ゔぅー」

「病気を貰ったり喧嘩したりしない為にも必要な事なんだがな」

「ゔ~~」

「嫌か。お前も子供が欲しいか」

「なぁぁ~…」

「よしよし、そうだな。お前は賢いから変な女に引っかからないものな。私もお前の子を見たい」

「にゃーう!」

「お前も私の家族だからな。色々考えないと。家族と言えば、そろそろお前にも人間の方の千手柱間と会わせてやらねばな」

「なう?」

「兄者の奴驚くぞ、何せそっくりだものな」


善は急げだ。昼からは火影塔で書類仕事がある。そこで兄に黒猫の話をしよう。


火影塔で出会った兄は開口一番に問うてきた。


「お、お前…その、いい人が出来たりとか…」


どうやら兄はこっそり黒猫に餌をあげに行く私が恋人と逢瀬を重ねているように見えているらしい。勘違いだと訂正してやろうと思ったが、いつぞやの幼い頃を思い出す。マダラとこそこそ会って楽しそうにしていた兄を思い出し無性に意地悪をしたくなった。よしからかってやろう。


「なんだバレていたのか。…少し前にな」

「いつの間に!いや、それはいい。…うまくやっているのか?」

「いつもムスッとしていながらこちらの事をよく見ていて気遣いが出来る奴だから心配には及ばない。仲良くやっている」


兄はその言葉を聞いて安堵した顔になっている。完璧に勘違いしているようだ。まぁでも嘘は言っていない。黒猫マダラは気遣いのできる賢い猫なのだから。


「仲良くやっているようで安心ぞ。お前は少し気難しいところがあるから」

「失礼な。私だってもういい大人だ。兄者に心配されんでも」

「そ、それはそうなんだが…。しかしまぁお前にいい人が出来るとは。何処に惹かれたのだ?」

「面倒見が良いところだな。妹のように世話を焼いてくれるのが嬉しくて」

「ほぉ…妹のようにか…」

「眠れない夜は私が眠くなるまで寄り添ってくれるんだ。ぎゅっと手を握ってくれてそれがとても温かくて」

「あー!物凄くきゅんとするエピソードなのに身内の恋バナだから物凄く微妙な気持ちになるんぞ!きゅんとするのに!」


勘違いして叫んでいる兄が面白いのでさらに追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「狩りが趣味でな。私に狩りの獲物を分けてくれたりする。狩りをする時のしなやかなでありながら力強い動きは忍として惚れ惚れしてしまうな」

「狩りが趣味…やはりそういうことか…」


兄は更に勘違いを深めていく。誰と私を恋人なのか勘違いしているのかこれでわかった。兄者の周りで狩りが趣味なのはうちはマダラだ。鷹狩が趣味の彼は良く山に入って狩りを楽しんでいる。兄はマダラと私の関係を恋人同士と勘違いしているらしい。いやいや、有り得んだろう。随分愉快な勘違いをしているじゃないか兄者め。これは勘違いさせたまま、黒猫マダラに会わせたら凄く面白いことになるに違いない。私は更に畳み掛けた。


「そろそろに兄者にも紹介しようと思っていたんだ。見たらきっと驚くぞ。何せ…。いや、やっぱり内緒だ。きちんと顔合わせの場は設けるからその日まで答え合わせはお預けだ兄者」

「い、いけず…」


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