白と黒の、はじまりの時代
『…つよく、なりなさい』
それだけを告げて、母は儚くなった。
生まれた時代も、なった種族も信じたくないものだったけれど、【僕】を命懸けで産んだ彼女《はは》に応えたくて走り出した。
『お前が"シロノナデシコ"か?』
『そうとも。そういうアナタこそ"スミノヤマト"かい?』
『如何にも』
死ぬ気で、二代目三冠馬になった。
こうなれば母に報いたと言えるだろうかと。
だが、それだけでは納得できない理由があった。
それが目の前の…漆黒の大柄な馬-"スミノヤマト"。
【僕】より一年歳上で、それでいて三冠馬になった【僕】の先達。
そう、"スミノヤマト"は初代三冠馬だ。
『…負けはせんぞ』
『こ、こっちこそ、負けません!』
【僕】は体が華奢だから、抜け出しをかけるのもひと苦労。
そのため逃げ戦法をとっているのだが、
『見えたぞ"シロノナデシコ"ォ!!』
『負けるか"スミノヤマト"ォ!!』
"スミノヤマト"は【僕】とは逆の追込み戦法で。
あの大きな体をもって、猛スピードで突き進んでくるわけだから結構怖いんだよな。
…いや、それでも勝つつもりしかなかったけれど。で、
『な、んでお前がここにいる…!?』
『…そりゃあ【僕】、…ううん、[私]が牝馬だからですよ"スミノヤマト"』
引退すると、母の血を継ぐ作業に入った。
そんな[私]のハジメテの相手として連れてこられたのはあの"スミノヤマト"。
『よろしくお願いしますね、"スミノヤマト"』
・
・
・
…やっぱり、自分もあの母の娘《こ》なのかと苦笑する。
ボヤけてきた視界の傍には、仲睦まじく寄り添う小さな我が子たち。
『ぅ、う〜…』
『か〜、しゃま〜…』
擦り寄ってくる我が子の体を、動きが鈍りつつも必死に舐めてやる。
どうしてもこの二頭を、[私]は産みたかったのだ。
自分の腹の中にいる我が子を、みすみすコロさせるなんて…。
『かーしゃま、かーしゃま!』
『かーしゃまー…』
自分に擦り寄ってくる子たちに、[私]は、
『つよく、いきなさい』
と。
どこかで聞いたような言葉を、告げて。
……あぁ、なんだか、ひどく、ねむい、な。
***
IF世界線定期、一応戦時中想定
シロノナデシコ:
元現代のヒトミミ♂。芦毛の二代目三冠馬。
病弱で自分一頭を命からがら産んで儚くなった母の血を繋ぐため頑張った。
体格はそれなりだが華奢な牝馬。
引退後は一年歳上の初代三冠馬スミノヤマトをつけられ受胎したが、双子であるシロノキボウ・シロノユメ兄妹を産み落とし儚くなった。
後の世では娘であるシロノユメから生まれた牝馬が牝系を繋いで、現代でも有名馬の血統表を見たら名前がある…ぐらいの立ち位置になる。
スミノヤマト:
青鹿毛で大柄な初代三冠馬。
はじめはシロノナデシコのことを華奢な牡馬だと思っていたので引退後牝馬だったと知ってびっくり。
実はシロノナデシコに一目惚れしていた。
なお後の世も生き続けて40歳前後で亡くなる模様。
シロノナデシコのことを一日たりとも忘れたことはない。
キボウ・ユメ兄妹以外にも結構有能な産駒を出した。
キボウ・ユメ兄妹:
シロノナデシコの命を引き換えに生まれた双子。
兄のキボウは競走馬に、妹のユメは繁殖牝馬にと道は分かたれたが非常に仲の良い兄妹だった。
だが時勢が悪く、《《三冠馬になれた》》はずのシロノキボウは空襲で焼死。その後を追うかのごとくシロノユメも心臓発作で…。
でもシロノユメの牝系をヒトミミが死ぬ気で繋いだ結果、現代でも直系が残る血筋となっている。