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 少年が大男の愛によって生かされた後に辿り着いた島では、結論から言えばトラファルガー・ローは多大なる恩恵を受けた。

 今にして思えば、みっともなく泣き喚いていただけのガキの一体何処に島の人間はその神性とやらを見つけたのだろうと不思議でならない。だが少し考えてみれば、人間とは海の泡を見てそこから女神が生まれたのだと想像する生き物だ。ひっそりと彼らの間で言い伝えられてきた神とガキの見た目が一致していれば、生き神だ何だと言いたくなるのもまあ、分からないでも無い。

 例えそれが、人の悪意によって生まれたその末だったとしても。


 ローが泣きじゃくりながら辿り着いた島では、他所からの人間は物珍しいことらしく、あっという間に人に囲まれた。漕ぎ出した先が無人島でないことにひとまずの安堵はあれど、他人が自分を見る目、というものがローにはまだ少しだけ怖かった。

 「白い肌だ……!」

 男が言った。

 また迫害されるのか、と思わず唇を噛む。病の体に鞭打ってここまで来たが、やはりダメかと諦めかけた。

「……さまだ。」

「にかさまだ。」

「ニカ様の再来だ。」

大人たちが口々に熱を帯びて囁く。初めて聞くその名前らしき単語、そして何よりもその異様な雰囲気に、ローは面食らった。

「……は?」

「頼みます、ニカ様。」

男がガシリとローの細い手を掴む。

「ニカ様、どうかこの地に留まって下さい。我らは貴方様に危害を加えるつもりはありません。」

 大の大人が、十を過ぎて間もない少年に対して躊躇うことなく砂浜に膝を付き、バカ丁寧に乞う。おかしいと思わない方がおかしいだろ。

 胸中のローは強かだった。怪しい気配はするが、害意がないのならば構わない。あればあったでさっさとトンズラすれば良い。

「……飯はあるのか?」

「ニカ様が滞在なさる!」

「やれ嬉しや、急いでお食事の支度をせねば!」

 ローの返事に大人たちが小躍りでもしそうだった。

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