白い羽帽子の子と偽物の価値
ブラックマーケット近く、野良の量産型アリスたちが暮らす廃工場。
普段は残された設備を使って細々と製品の生産を行っているアリスたちであったが
今日は全員広間のような場所に集まり今後の方針を話し合おうとしていた。
「会社を興しましょう!!」
白鳥を模したかのような羽帽子を被ったアリス、1236号は意気揚々と壇上で声を張り上げる。
会議が始まった途端発せられたその発言に誰もが戸惑いの表情を浮かべざるを得なかった。
「…そこまでする必要はないんじゃないんですか?」
黒いアーマーを着込み他のアリスより一回り大きい586号が1236号に問いかける。
元々586号が己独自の活動している中で寄り集まったのがこのアリスたちの集団だ。
そこまで営利を追求する必要はない。そう考えていたのだが1236号は小気味よく人差し指を振る。
「これは今後の安定のための計画なんです!今はブラックマーケットとかで依頼を受けて
品物を作っていたりしてるけれど、正直相手は無法者。
平気で代金踏み倒したり納品を拒否されたりするがしばしばあります!そうでしょう!?」
「あー、結構ありましたねそういうこと…」
「突っ返された在庫が倉庫に残ってて困っています…」
「そう、そんな暮らしをしていたらいつかは破綻してしまいます!
1236号たちは586号ちゃんのためにどこまでもついていきたいのです!
だから!ここらで本格的に安定を手に入れる必要があるのです!」
「……まぁ安全を考えたら今のその日暮らしの生き方よりマシかも」
1236号の勢いに押され586号は納得しかける。
そんな586号に対し、下着姿のアリスが肩に登り586号の耳に息を吹きかけた。
「ひゃあん!」
「そんな簡単に納得しちゃ駄目ですよ。起業するリスクだってあるんですから」
「息吹きかける必要ありました!?」
下着姿の875X号はクスクスと笑いながら自分の席に戻っていく。
交渉の窓口として働いている875X号としてはなにか思うところがあるのだろう。
「まぁ考えることは必要だと思いますね。1236号はなにか案でも?」
「もちろんです!!」
1236号は待ってましたと言わんばかりに近くにあったホワイトボードの表裏をひっくり返す。
そこにはボードいっぱいに”キャラクタービジネス!!”とモモフレンズのキャラと一緒に描かれていた。
「……キャラクター?」
「はい!このキヴォトスは学生が主体となる学園都市!
それはつまり学生向けのアイテムは非常に需要があるということです!」
「1236号自身もそういうの好きだよねー」
1236号が被っている羽帽子もモモフレンズのペロロを模したファングッズだ。
寝るときですら外さない筋金入り。外そうとした子が烈火のごとく怒られてたのが記憶に新しい。
「……つまり自分が好きだから作りたいだけじゃないですか」
安定感のない提案に少し怪訝の表情を浮かべる875X号。
そもそもホワイトボードに事前に書かれていたということは最初からこの企画を押し通すつもりだったのだろう。
「いやいや、これは経験談でもありますよ?
今まで作った物品でもキャラクターグッズは結構需要あったじゃないですか」
「あー、モロモロンのやつですね!」
「いや、モロロンじゃありませんでしたか?」
「モロロンすきー!」
「……今考えてみるとあれ海賊版のグッズでしたよね」
「売上良かったけれど突然取引中止になって……
まぁネットワークで他のアリスたちに売れたから良いんですけれど」
ブラックマーケット相手に取引している関係上作る品物も結構危なげなものも多い。
そういったものから脱却するための起業でもあるのだろう。
「…………」
「586号ちゃん、どうですか?結構行けると思うんですけれど」
「確かにいいとこは行けると思うんですけれど……やっぱ博打じゃないですか?」
その発言に1236号は笑顔で固まる。
定期的に需要がある生活用品や工業製品と違い、創作物は人気が出なければそれでアウトだ。
それを理解していない1236号ではないだろう。
「モモフレンズを作ったところだってスランピアみたいなとこ作ってるしどうしてもね…」
「あそこきらーい、こわーい」
「あそこのアリスたちよく根城に出来ますよねー」
「ごほん!それはつまり企業力にかかわらないイマジネーションで勝負できるということです!!
アリスたちのような零細でもチャンスは有るということです!」
「そこまで自信があるんですか?」
事前にこの企画を考えていたということはそのキャラクター自体も考えてる可能性が高い。
その875X号の予想が的中したかのように、1236号は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「ええ!そうです!この1236号はもう考えついてあります!これはもうバカウケ間違いなしです!」
「そこまで言うのなら見せてもらいましょうか!」
「はい!ではこちらを御覧ください!これが私達の新しいマスコットです!!」
ホワイトボードを移動されるとそこには1236号が描いたキャラクターが描かれていた。
間抜けそうな表情で、丸々としてて、長くだらしなく舌を出していて、白い羽がふわふわとしてそうで。
それを見たアリスたちは、すぐさま1236号の頭に視線を移し、そして再び絵を見返した。
「名付けて”ペロペロ様”です!」
「パクリじゃないですか!!」
どう見てもその絵はモモフレンズのペロロであった、いや細かく見比べればペロロそのものではない。
だがファンではない普通の人から見ればどちらも同じようにしか見えない。
いわゆるパクリ、モロロンと同じ海賊版キャラであった。
「偽物売って恥ずかしくないんですか!!結局危ない橋渡るだけでしょう!!」
「うるさいですね!!あなた達だってモロロン好きなくせにそれを言う権利はないでしょう!
パクリキャラ作ってアウトならアリスたちはもうすでにアウトですよ!」
「委託されて作るのと自分から作るのは違うでしょう!?こんな偽物認められませんよ!」
「にせもの……だめー?」
「あ、非正規品のあなたのことを言っているわけじゃなくて」
「偽物駄目ですかぁ?」
「875X号は何を言っているんですか?」
「まぁそんなこと言ったら自分たち量産型アリスもパクリ品ですけれどね」
「なんてことを言うんですか!!いや、オリジナルに許可は取っているでしょう!?」
「でも作った人に許可は取ってないのでは……?」
1236号と他のアリスたちの喧騒に586号は頭を抱える。
そして言い争いの熱が最高潮に達しようとした時、586号は床に一気に踏みしめ破壊音が部屋中に響き渡った。
「ご、586号ちゃん……」
その一撃により1236号を始め他のすべてのアリスが言葉を失う。
586号は一つ大きくため息を付いて1236号に向かい語りかける。
「1236号、アリスたちは安定のために起業するといいました。
しかしパクリグッズを売るということは信用を切り売りするということですよ?
騙されてパクリグッズを買った人はどう思いますか?あなただって偽物グッズ手にしたら怒るでしょう?」
「あ、うう……」
「それに海賊版を売るということはオリジナルにも迷惑がかかるということです。
モモフレンズをスランピアのマスコットみたいにしたいんですか?
1236号……あなたはモモフレンズこんなにも好きなのになんでこんなことをするんですか?」
他のアリスたちも黙って頷く。本来1236号はこういった偽物を許さない側のアリスのはずなのだ。
1236号は神妙にうつむき、ぼそぼそと申し訳無さそうにつぶやく。
「1236号は……他のマスコットを考えようとしました。でもどうしてもモモフレンズっぽくなってしまうんです」
「人工知能故に創作ってのは難しいですからねー、どうしても学習したものに近くなります」
「自分のイマジネーションに従っても……売れなさそうなものしか作れなかった。
私達は586号ちゃんのために稼いでいます。だからそれでは駄目だった……」
「だったらキャラクタービジネスにこだわらなければいいじゃないですか」
「……1236号は……作りたかったんです。モモフレンズのような可愛いキャラたちを……
それに……それに……」
「私はペロロ様の産みの親になりたかった!!」
その一言で部屋の中の空気が一気に凍りついた。
言っている意味がわからない。
「ペロロ様の特別な存在になりたかった!お腹を痛めて産みたいくらい愛していた!
でもそんなこと時間を超えなければ無理だった!!
アリスがペロロ様の母になるんです!それが……夢だった……決して叶わぬ夢……
だから!!アリスは……偽物でもいいから……産み出して……」
悲しげな表情を浮かべて叫ぶ1236号。
それとは対称的に他のアリスたちは困惑することしか出来なかった。
「586号ちゃん、1236号ちゃんってなんで野良になったんでしたっけ?」
「詳しく知らないけれど……なるだけの理由はある気がする…」
1236号の口から発せられる愛とジレンマの言葉を586号はもう理解することが出来なかった。
ただその想いは計り知れないものだろう。否定し尽くしたら何が起こるかわからない。
586号はため息を付いて1236号を肯定した。
「わかった、わかりました。そこまで言うなら試しに作ってみましょう。」
「ほ、本当ですか!?586号ちゃん!!」
「1236号には色々世話になってるからね……でも問題起きたらそれでおしまいですから!」
目の洗浄液を拭って586号の手を取り小躍りする1236号。
これからの自分たちの行く末が少し不安になったが、この笑顔は代えがたいものであった。
アリス・ネットワークニュースです。
先日ブラックマーケット付近でモモフレンズの海賊版を販売していたアリス集団ですが
謎の覆面水着団のリーダーであるファウストによって鎮圧されました。
品物は処分され、アリスたちは数時間に渡る説教を受けたとのことです。
では続いてのニュースです…