痛み、熱。

痛み、熱。


ある程度の治療や、今後の方針を聞いたあと、部屋に一人でいたウタは突然のノックにまた身体を強張らせるが、その後聞こえた声に気が抜けた。


「おーい、ウター?入るぞ?」

「…ルフィ?…うん、いいよ?」

「おじゃましまーすっと、具合どうだ?」

「具合……平気だよ。手当もされたし……久しぶりに寝れたから、頭も少しスッキリしてるし…」


ロビンから、寝起きにやはり悪夢を見ていた事は聞いている。今のウタは髪も下ろしている為、気分の上下は不明だが…しかし顔色が最初に再会した時と比べれば多少マシになっているのは事実だった。


「そうか!!ニシシッ、腹減ったろ?これサンジが作ったんだ。美味えぞ」

「サンジ…?さん?」

「ウチのコックだ!」


そうルフィにベッドのサイドテーブルに乗せられたのは、湯気の立つあたたかそうなミルク粥だった。


「ほれ、スプーン」

「あ、ありが……い゛っ」


差し出されたスプーンを受け取ろうとするが、手に走る痛みで取り損なって落としてしまう。指先や、手の甲には痛々しく治療を受けたあと…悪夢を見ることを拒む為にした自傷行為。普段は鈍く熱さを感じる程度だったが、きちんとした処置を受けたからか正しい痛みを今更自覚した。


「おっと」

「ご、めん…」

「いいよ、一応予備のスプーンも持ってきてたしな!」


…まさか自分が食べきれなかったら食べる気だったのだろうか。この食い意地はった幼馴染は…。ウタは呆れと、少しの懐かしさで苦笑した。


「よっと…ふぅ…ふぅ…ほれ」

「……?」

「うまく持たないんだろ?口開けろ」

「……そこまでしなくても…」


断ろうとするが、一度スプーンを落とした身としては強く拒絶できない。ほんの少しだけ葛藤してから、せめて髪がスープにつかない様耳にかけつつ口を開けた。


「んむ……」

「うまいだろ?」

「…ん、そ、だね……おいしい」


本当に美味しい。あたたかくて仄かに甘い味のする粥は精神的に参って食事もろくに取れなかった身体に沁みる程だ。

だが、昔は自分が面倒を見ていた歳下の幼馴染にそれを食べさせてもらわないとならない現状は中々に情けない気がして…そして、申し訳なかった。

それでも、作ってくれた人と、こうして介助してくれているルフィに残すのも失礼だとそのまま食べ進めていった。そうして完食した頃…やはり疑問が浮かぶ。


「…ねえ、ルフィはどうして……ッ!!」


どうして此処に、エレジアにいるの?そう聞こうとして、彼に目を向けた時だった。


「ひっ!!」

「ウタ?」


いる。ルフィの後ろに…影が…自分が殺してしまっただろう人達が…あの日の罪が…また、また…私を責めに来た。

私みたいな化け物に、早く消えろと告げに来た…!!


「ぅあ゛…!や、やだ…!!」

「!?どこ見てるんだ、ウタ…おい!」


見たくない。怖い。何も聞きたくない。必死に、またいつもの様に蹲って下を見て、耳を塞ぐ。瞼の裏にはあの日が鮮明に浮かぶから、目を瞑る事さえ許されない。


『人に迷惑をかけることしか出来ないな』

『その子も殺すのか?その子の仲間も殺すのか?化け物』

『いい加減死ねばいいのに』


「ふ…は、ヒュッ…ご、めんな…さ…!」


『生きている事が罪なのに…なんでまだ生きてるんだ』

『私達を殺しておいてよくも』

『消えろ、きえろ、キエロ…!!』


「あ゛、ゔぅっ…いや、いやああ゛!!もうやめてよ゛ォ…ッ!!!」

「ウタ!!!!」


唐突にルフィに肩を掴まれてハッと顔を上げる。心配そうにこちらを見ているルフィに少しだけ気取られる。


「何もいねェし、誰も何も言ってねえ!!落ち着け!!!怖がることは、何にもねえから…!!」

「は…はっ……い、ない…?」


恐る恐る、もう一度ルフィの背後に目を向けると、確かに何もいない。元々幻覚や幻聴なのは分かっているが、それでも…自分にはアレらはとても恐ろしい。夢も、現にも侵食してくるから。


「おれに、おれには今、ウタが何を怖がってて、嫌がってるか分からないんだ…でもウタには無理して話して欲しくねえ…だから、ウタが言える範囲で…ちゃんと言ってくれ…「助けて」って」

「………ぁ、う…」

「ウタ…」


モゴモゴと、口を開いては閉じるを繰り返すウタ。何もないならきっぱり「そんなのいらない」と言うはずだ。そうじゃないなら…そうじゃないから、今ウタは苦しんでるのだとルフィは確信していた。


「…ぃ、えない……いい、たく…ない」


だが、何が見えているか話せば、ルフィに過去を話さねばならない。そしてどうしてこうなったかも…言いたくない。ルフィにまで軽蔑されてしまえばもう自分を支える過去がなくなってしまうから。

恐れに負けて、ウタは閉口した。


「…言わなくていい。でも助けてェんだ」

「た、すけても……意味、ないよ…こんなやつ……」


エレジアを滅ぼして、シャンクスを信じられず逆恨みしたやつなんか…そしてそれを嫌われたくないなんて理由でルフィなら隠している私なんか……


「意味はある…!」

「?」

「おれは、お前の歌聞くのが好きだ。また聴きてえし…それに、一緒に、新時代つくろうって、言ったじゃねえか…!!」

「……」


例え、ここで自分がどれほどルフィの手を振り払ったとしても…彼は諦めないだろうという自信がある。10年以上経とうが…変わらず……彼は、すごいのだと、知っているから。

肩を掴まれているところが熱い。涙が流れているところが熱い。そして


「…いたい」

「え!?あ、ごめん!!肩掴むの強すぎたか?それとも怪我か?」


ルフィの言葉に首を横に振り、ウタは熱くて痛い場所をおさえた。

それによってルフィはウタが【どこが一番痛い】のかを察して、隣に座り、またポロポロと涙を零し始めるウタの背中を摩る。


「…ひ、うっ…く……い、たい……痛い…いたいよぉっ…うわぁあ…ッ」


折角治療して貰ったのに、ガーゼにまた痛々しく血が滲み、服がシワになる程…ウタは自身の胸をおさえて泣いた。

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