病んだ金糸雀
生きてる、会えるってだけで、嬉しかったのだ。確かに、心配もないわけではなかった。ウソップ達からは「急に活動を停止した」と聞いていたから…
病気でもしたか。海賊か何かに襲われたりしてないか。
でも、ルフィの中で、ウタはとても強い少女だったのだ。人にいつも心をさける優しさと、負けん気の強い気丈さ。シャンクスの娘として、赤髪海賊団の音楽家としての自信や自負をとても大事にしていた。
何よりシャンクスが言っていたのだ。「歌手になる為に船を降りた」って。事実、ウソップやチョッパー、ナミがファンになるくらいには有名な歌手になってた。
だから、だから会ってみたら案外大したことはなくて「風邪を拗らせてた」くらいの理由を話して、また…一緒に笑えたり出来ると……思っていた。
「ウ…タ……?」
「ひ…ぃ、いやぁああ!!来ないでっ、来ないでぇえ!!」
なのに、これはなんだ。彼女は…本当にあの時、共に過ごしたウタなのか?
ゴードンと言う男に案内されて通された部屋にいた彼女はあまりにも異様だった。部屋の隅ですっぽりと頭からシーツを被り、その隙間から見える彼女の手や顔は恐らく健康的に痩せているとは言い難く、パサついた髪は振り乱される度に部屋にある灯りを鈍く反射していた。
そうしてコチラを見ている瞳は警戒、恐怖と絶望を映して、震えている。酷い顔色とろくな睡眠を取れていないのがよく分かる濃い隈が痛々しさすらあった。
歌う為の喉に負担をかけそうな悲鳴をあげて、少しでも部屋に入ってきたルフィから距離を取ろうと、ズルズル身体を引きずる様に逃げる彼女にルフィは少しの間、どうすればいいのか分からなかった。思考が、真っ白になっていた。
「ウタ…ウタ…おれだ。分かるか?」
「ごめ、なさっ…ごめんなさいごめんなさい…!!…やめてェ……来ないでよぉ……っ、ぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」
「ウタ!!」
分からない。否、ルフィが見えていない。昔は綺麗な紫陽花色だった、今はドロリと暗く濁った瞳はルフィを通して彼女を怯えさせる何かを映している様で、堪らず絶叫している彼女に駆け寄り抱きしめる。
それこそ最初は全力で抵抗された。といっても、衰弱しているウタでは碌な抵抗は出来ず、寧ろ力加減を間違えれば逆に怪我をしそうな彼女に、何度も、何度も名前を呼び、ルフィは名乗った。
「ウタ、おれだよ…!ルフィだ。ウタ…!フーシャ村で遊んだりしてたルフィだよ…頼む!聞け!…ウタ!!」
「!………」
そうしていると、ハッとした様に、ウタの身体から力が抜けていく。もう体力がほとんどないのか、荒くなった息を整えようとする彼女を手伝う様にルフィは彼女の背中をさすった。すると…
「…る、ふぃ…?」
「!あ、ああ!そうだよ!!ルフィだ!」
「ほん…も、の…?ゆめ、じゃ…ない?」
「おう!正真正銘、モンキー・D・ルフィだぞ!!シシッ、ひっさしぶりだなァ!!ウタァ!!…よかった。よかった゛…!」
泥の中の砂金を掘り起こしたように、ウタの目に小さくも光が宿る。間違いなく、今目の前のルフィを認識出来ている。
それだけじゃない。ちゃんと、彼女は覚えていた。忘れていたわけじゃなかった。
嬉しさと安堵で、先程とは別の理由で抱きしめる。壊れきったわけじゃない。何が理由か、檻の外に出る翼も折れ、歌う鳴き声もあげなくなったカナリアの様な幼馴染…でも、今こうして生きている。きっと、きっとまだ助かる。まだ…また歌える様になるはずだ。
未だ楽観的な思考をしているルフィには、彼に抱きしめられているウタが流している涙の理由をまだ理解できていなかった。